1.胸椎椎間関節症の症例(40才、男)
最近、5年来の腰背痛を訴える40才男性患者に施術する機会を得た。医師の診断名は、胸椎椎間関節症だという。その時は医師が胸椎椎間関節症という診断をつけるのは珍しいことたと思った。その医師の治療は、胸椎椎間関節にブロック注射を行うというものだが、薬物副作用の関係からか、ブロックは一回の外来につき、2カ所しかできないという。そのためか、大した効果しか得られないいう。
私はすでに35年以上前から腰痛の何割かは胸椎椎間関節症に由来していると考えていた。そしてその治療には針治療が非常に効果があると確信しているので、この患者も迷うことなく、いわゆる一行への刺針(=夾脊針)を行った。
具体的にはこの患者は大きな大柄で肉付きもよかたので側臥位で、一行の圧痛硬結を調べると、多数見つかった。そこに二寸中国針でTh1~Th12椎体棘突起傍点から、椎弓根部に針先がぶつかるまで10本ほど深刺、5分間置針。その後、反対側の側臥位にして同様の刺針手技を行った。術中、症状に一致した響き(=再現痛)も得られた。
残存症状に対しては、立位前屈位で一行の反応点に二寸中国針を何本か速刺速抜し、症状ほぼ消失した。この患者は経過が長いので、再び症状は出現するだろうが、何回か同様の治療を行えば、大幅な症状の軽減が得られ略治にもっていけだろう。
2.本症例を通じて、考えたこと
1)胸椎椎間関節症で医者も患者も困っている
「胸椎椎間関節症」のワードをネット検索すると、多くの件数がヒットできた。結構困っている患者がいることが確認できた。患者の「どうすればよいか」との質問に対し、あるドクターは「椎間関節ブロックをすればよく効くが、この技術を持っている医師は少ないのが現状」と回答していた。現代医学では案外困っていることを改めて知った。さぞかし患者も困っていることだろう。ここで繰り返し指摘しておくが、こうした患者に鍼灸(ただし現代鍼灸)が非常に効果的であることを指摘しておきたい。
2)胸椎椎間関節の治療法
胸椎椎間関節症の痛みは、脊髄神経後枝の走行に沿って痛みが出現する。何度も本ブロクで書いたように、患者の訴える症状を起点として斜め上内方45~60°の背部一行線上に圧痛を見出し、そこに深刺するのが効果的な治療になる。たとえば志室(L2棘突起下外方3寸)穴附近の腰痛を訴えた場合、Th12棘突起の傍点への深刺で改善できるのが普通である。しかし志室部の痛みを、起立筋や腰方形筋の筋緊張による結果だと捉え、志室局所に行う施術は、あまり効果ない一見すると腰部の痛みであっても、その原因が胸椎部椎間関節にあるとは思いもよらないのである。
ドクターが日常臨床でこの現象を把握し、治療に応用したことは進歩なのだが、先の症例のように、一回の外来治療で2カ所までしかブロックできないのであれば、特に慢性の椎間関節症には対応できないだろう。その点、針治療は薬物を使わないので、数十カ所に施術できるメリットがある。(ドクターもステロイドではなく塩水でブロックを行えばよい)
http://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/edd3b1f0a86da4657600b324b87c4b3d
3)椎間関節症との診断は妥当なのか?
周囲筋の過去数縮
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椎間関節の力学的ストレス → 椎間関節症性変化
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脊髄神経後枝興奮
椎間関節の力学的ストレスは、関節症性変化、周囲筋緊張、脊髄神経後枝興奮といった変化が生ずる。どこを問題視するかによっって、診断名は椎間関節症・筋筋膜症・脊髄神経後枝神経痛といろいろ出てくる。椎間関節性変化の原因が力学的ストレスだということで、椎間関節をとくに重視するとの立場をとれば、椎間関節症の診断が妥当なのだろうか。
そうであるならば、椎間関節ブロックが効果的になる筈である。
しかし今回の症例もそうだが、胸椎棘突起から5㎜~1㎝から椎弓根に当たるほど深刺すると再現痛を得やすく、治療効果が高い。これは他裂筋・長短回旋筋・半棘筋等の過緊張が症状をもたらしていると見なすべきだろうと思う。したがって私的な病態把握としては、胸椎椎体傍筋の筋々膜症とした方がすっきりするのではないか?
筋々膜性腰痛と椎間関節症は、同時に両者の症状所見が日常的に同時にみられることが多いので、要するに「鶏が先か卵が先か」の問題になるだろう。ただし、棘突起傍筋への深刺が有効となるか、椎間関節部への刺針が有効となるかについては、二者択一的に治療効果がクリアーに限定されるようなので、治療的診断的方法から、両者を区別することはできるように思う。