関節を動かす際、ポキッとしたりボキボキっといった音がすることがある。この時痛みが生じるのならば、漫然と放置できず、痛みの原因を調べることが重要となるので、ここでは論じない。音はするが、痛みはないが、音がするといった状態について、一般的には関節包内にある関節液内に生じた泡が弾ける際に出る音だという見解が主流である。しかしそれ以外にも原因があるようだ。
1.指関節をコキッと鳴らすこと
軽く握った指に対し、もう片方の手で関節を強く過屈曲(あるいは過伸展)させると、指関節がポキッと鳴らすことができる場合が多い。これは英語で crack knuckles(直訳で
ヒビが入った手指の関節)という。
1)関節が鳴る機序
どの関節も関節包で覆われている。関節包内部は透明な関節液で満たされていて、関節の摩耗を防ぐ潤滑油として機能している。関節のコキッとする音の発生する機序は次のように説明されている。
指を過屈曲または過伸展させると瞬間的に関節包内部の容積の増加 →内圧の減少 →これまで関節液中に溶け込んでいた空気が溶け込めなくなって気泡を発生 →次の瞬間には気泡は破裂してポキッとする音を発生 →関節を鳴らすと気泡は分散して小さくなり再び関節液中に溶け込む。
なお気泡が完全に溶け込むまで20分ほどかかるので、その間指関節を鳴らそうとして力を加えても鳴らすことはできない。
2)キャビテーションは関節に悪い影響を与えるか?
船のスクリューの羽で勢いよく水をかき回すと、スクリューの周りに気泡(水が沸騰した状態すなわち水蒸気)が生じ、次の瞬間に気泡は破裂する。この気泡の発生と破裂の現象をキャビテーション cavitationとよぶ。キャビテーションでは気泡破裂時に音を発し、またエネルギーがスクリューを傷つけて寿命を縮める原因をつくる。キャビテーションによるスクリューの音を発するのは、指の関節を鳴らす時の音と同じ機序である。キャビテーションが船のスクリューを傷つけることから、欧米では関節を鳴らす行為は、関節が太くなったり関節炎になるから、避けた方がよいとされてきた。
指の関節を頻回に鳴らしても関節にダメージを与えないことの証明は、不可能ともいえるいわゆる悪魔の証明である。しかしながらドナルド・L・アンガーは60年以上にわたり、毎日左指の関節を計36500回鳴らす一方で、右の指関節は決して鳴らさないという生活を続けたが、左右どちらの手にも関節炎の症状はなかったと発表した。ドナルドはその「功績」により2009年イグ・ノーベル賞(医学賞)を受賞した。
指関節はどうして鳴るのか? - エレナー・ネルセン
Youtube https://www.youtube.com/watch?v=IjiKUmfaZr4
3)なぜ指関節を鳴らそうとするのか?
普通の人にとって、指の関節を鳴らすことは特別な意味をもたないので、関節がダメージを与えるかどうかを心配する必要はない。しかし中には習慣的に指を鳴らす者がいる(ビートたけしのように首を捻って頸椎を鳴らす者も結構多い)。指を鳴らすことがスッキリ感につながるからだろう。
指関節を鳴らすと、関節可動域が少し広がるといわれている。関節の動きが悪いと、筋力を使って無理に関節可動域を広げようとするので、筋コリが生じやすくなるのだろう。関節を鳴らすと、関節可動域を広がるので、以前よりも筋収縮の程度を減らすことができるのだろうと推察する。
※関節鳴らしとカイロプラクティックの理論
関節とくに背骨をポキポキと鳴らす行為で有名なのが、カイロプラクティックである。
カイロプラクターは背骨のズレをアジャストメント(=矯正する)目的で、背骨に微妙な外力を加えて、ボキボキ・バリバリといった音を出すようにする。カイロにおける背骨のズレとは脱臼や亜脱臼といったものではなく、サブラクセーションsubluxationとよばれている。これはカイロ独自の概念で、「関節面の接触が保たれつつ、運動分節の配列、動きの一貫性さらには生理学的機能が変化している状態」と定義されている。いずれせよ関節音は、関節包内部の気泡の破壊音に過ぎないので、これをもってアジャストされたとはいえない。
2.関節部以外で発する音
指関節を動かす際に生ずるポキポキ音は、一度音を出すと20分間は音が出ない状態が続く。しかし上腕や肩甲骨を大きく回すたびに、肩関節周囲や肩甲骨周りがボキボキと音する者がいる。これはキャビテーション音では説明できず、滑液包の問題として捉えることが多いようだ。
その他の要因として、骨に接続した腱や靱帯部分は、動きに対応してクリック音を出すこともあり、これは膝関節および足関節にしばしば発生するとされる。
1)Snappping scapule syndrome 弾発肩甲骨症候群
本症は、肩甲下滑液包炎の一部である。肩甲骨は元来可動性に富むので、肩甲骨下組織との間(正確には肩甲下筋-前鋸筋の間と肋骨-前鋸筋の間)に肩甲下滑液包が存在し、摩擦を防いでいる。肩甲下滑液包内の滑液量が減れば摩擦量が増えるので、滑液包炎が生じ、肩甲骨の動きにより音が生ずるようになる。音がすると申告した部位に術者の手掌をあて、音がするという運動をさせると手掌に震動を感じることが多く、これが治療点選択の目安となる。
この治療として、医師の中には肩甲下滑液包に対する局麻注射を行っている。鍼治療でも同様な処置を行うことが可能である。この肩甲下滑液包は肩甲骨上角と下角それに肩甲骨内縁の奥(天宗穴の裏あたり)に存在するので、これらを目標に刺針する。肩甲骨内縁と肋骨間に入れる鍼は長鍼が必要になる。肋骨内に刺針しないよう注意を要する。筆者は患側上の側臥位にて上記の刺針を行い、置針した状態で上腕の外転運動をさせることで肩甲下筋に対する運動鍼法を行うことが多い。
肩甲骨の裏側が凝るという者に対して、上記方法で肩甲下筋の筋緊張をゆるめるようにするが、症状が頑固な症状を訴える者に対しては肩甲骨を体幹から剥がすような運動を指示するとよい。ちなみに肩甲骨内側が体幹から離れることで知られる翼状肩甲は、長胸筋運動麻痺で生じた肩甲下筋収縮障害である。
2)肩峰下滑液包炎
上腕をぐるぐる回すと、そのたびに肩峰の奥あたりがコキコキあるいはジャリジャリ音を発するという者がいる。音がするというあたりに術者の手を当てると、震動を感じることができる。これはおそらく肩峰下滑液包の炎症で上腕骨頭の過度の動きにより、滑液の減少をもたらし、滑液包炎を起こしたものだろう。
肩峰下滑液包は、上腕骨頭と肩峰の間に挟まれた空間で、回旋腱板は上腕運動に応して肩峰下滑液包に摩擦力が作用する。もし滑液不足で辷りが悪い状態では肩峰下滑液包炎を発症しやすい。筋の滑りが悪くなることは、動きに際して音が出るようになることもある。針灸治療は、回旋板の筋緊張を緩める目的で、巨骨穴を刺針点とし、肩峰下滑液包を通過させて棘上筋へ刺針した状態で、少し上腕の外転運動を行わせるとよい。
なお肩峰下滑液包の炎症が拡大すると肩関節関節包炎に拡大し、凍結肩に移行することもなる。