1.歯周炎の局所鍼灸治療
江戸時代以前の中世日本の歯科治療は、耐え難い歯痛では抜歯し、歯茎の腫れや出血では歯肉を切って血を出すことが行われたという。麻酔などなかった時代のこと、歯を抜くことは今以上に恐怖だった。そこで何とか痛みだけでも止めたいということで、漢方薬を塗布したり、鍼灸も行われた。
要するに、歯痛を止めたり、歯肉の腫れ出血を止めたりする鍼灸は、単なる対症療法とはいえ、当時の人々にとっては、悩みの解決手段だった。鍼灸治療効果の明暗がはっきり出やすいので、針医はさぞ苦労したことだろう。
2.現代の歯科鍼灸
1)歯痛の鍼灸
歯痛の治療としてよく知られているのは、柳谷素霊著「秘法一本鍼伝書」の内容である。上歯痛では三叉神経第2枝の分枝である上歯槽膿神経の興奮ととらえ、客主人から下顎方向に水平刺する。下歯痛では三叉神経第3枝の分枝である下歯槽膿神経の興奮ととらえ、大迎から下顎骨の裏側に水平刺するというもの。
歯科に行ってたが原因がよくわからなかったといった場合、適応となる。歯科に通院するまでのつなぎとしての用途もある。
歯痛の針灸治療は、痛みが虫歯(齲歯)由来であれば、あまり効果が期待できない。しかし放散性歯痛のように、歯周囲組織に痛みの原因があれば、効果が期待でいる。そしてこのタイプの痛みは歯科が苦手としている。
2)歯周炎の鍼灸
歯周炎に対する歯科での治療は、歯石の除去と、自宅での歯ブラシでの入念な歯肉マッサージであって、現代に至っても特効的な治療方法があるわけでない。
相対的に鍼灸の価値は高いのだが、一歯周炎の鍼灸が適応だということはあまり知られていない。歯肉に対する鍼灸局所治療は、1番針を使い、顔面の口周囲から、症状ある歯肉部に刺入。歯肉の血行促進を目的に、単刺するか、雀啄により患部に軽く響かせた後、置針するなどの施術を行うのが普通である。
3.歯周炎に対する女膝の灸
1)女膝の位置
歯周病に対する特効穴としては、女膝(じょしつ)が知られている。このツボの位置は、意外なkとにアキレス腱停止部にある。
女膝穴については、江戸後期の浅井惟亨著『名家灸選』の中に記載がみられる。現代文に訳すと次の通り。
骨槽風(=歯槽膿漏)を治する法:足の後かかとの赤白肉の際で、女膝(本書では女室と記載)とよばれているところ。左右に各50壮灸すると、一ヵ月にして効き目がある。かって歯茎に孔があき、膿血がだらだらとたれていた者を救った経験がある。
2)女膝の取穴と施灸体位
女膝施灸時の体位は、患者を伏臥位にさせ、足関節を最大限に底屈、踵後方にできる皺あたりを指で探ると、踵骨の上際中央付近に小さな凹みがあって、症状を持った患者であれば、顕著な圧痛があるので、ここが灸点になる。毎日10壮ずつ施灸すると炎症が治まってくるという。(山本俊男「鍼灸特効穴一発療法」源草社 1999.5)
上記文章から女膝の位置を推定したのが下図である。伏臥位で足関節を底屈すると、踵骨後部にる凸部やアキレス腱停止部である踵骨隆起が触知しやすくなる。
3)女膝の考察
①「膝」とは
今日でいう膝関節に留まらず、折り畳んだ部分を「襞(ひだ)」とよびどの関節であっても膝とよんだという説が有力である(ネット「語源辞典」より)。女膝穴は足関節部にあるが、ここを膝と呼んでも差し支えない。
②「女」とは
歯周病は、女性の方が男性よりもかかりやすい。掛かりやすい。その原因として考えられているのが、プロゲステロンやエストロゲンなどの女性ホルモンである。
女性ホルモンには、歯茎の腫れや出血を起こしやすくする性質がある。女性ホルモンの分泌が増えるのは、初潮を迎えた頃や妊娠中で、ホルモンバランスが乱れるという点からは更年期も歯周病にありやすい。特に更年期は、口内での唾液の分泌量が低下して口の中が乾きやすくなるので、歯周病の進行がより一層進みやすくなる。
③女膝が効果ある理由
女膝は水毒を治すとされる。歯茎が腫れている状態を浮腫と捉えると、女膝の適応症と考えることもできる。
肩が凝ると歯が浮く感じかする者がいるように、頸肩のコリの治療が歯肉に対する治療に関係する場合がある。この場合は肩井や天柱などに対して鍼灸を行う。しかし頭蓋骨高後面と踵骨後面を相似形と考え、天柱の代わりとして崑崙に施術するという考え方もある。崑崙と女膝は非常に近い部位にある。