これまでの公表された症例報告から、嗅覚障害の針灸治療は結構効果があることは知っていたが、なかかな症例に遭遇することはなかった。しかしここにきて念願の嗅覚障害例に遭遇し、しかも成功裏に治療を終えることができたので報告する。
1.嗅覚障害の原因
嗅覚は鼻の天蓋部分で感知して、嗅神経を通じて脳の嗅球へ行き伝導される。
1)中枢性嗅覚障害
自動車事故などで頭部外傷をすると、嗅覚受容器と脳を連結している脳神経である嗅神経の線維が、鼻腔の天蓋位置で損傷したり切断されると嗅覚が失われる。永久的に嗅覚を失う原因で最も多い。加齢による嗅覚障害も中枢性嗅覚障害に属する。
2)末梢性嗅覚障害
インフルエンザウイルスによって嗅覚受容器が一時的に障害されることがあり、感染後数日から数週間にわたって、においや味がわからなくなることがある。まれに嗅覚や味覚の消失がそのまま一生続く人もいる。
3)呼吸性嗅覚障害
副鼻腔炎、鼻中隔弯曲など。においを感じる嗅細胞のある鼻腔天井部まで吸気が到達できないことによる。このタイプには、スチーム吸入、スプレー状点鼻薬、抗生物質などで治療。ステロイド薬の点鼻および服用は、たった一つ確立された嗅覚障害に対する薬物治療である。ステロイドなので長期投与には問題がある。使用中止すると症状再発することもある。
2.針灸治療
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)治療方針
針灸治療が効果的かどうかは、原因により異なる。呼吸性嗅覚障害に対しては、鼻の通りを良くすることで、嗅細胞にまで臭気を届けさせることを目標とする。要するに鼻閉改善の治療をする。
2)治療内容
鼻腔と副鼻腔は三叉神経第1枝と第2枝により支配される。とくに上鼻甲介付近の炎症や腫脹では、三叉神経第1枝が知覚支配する
三叉神経第1枝を刺激すれば、交感神経を緊張させ、鼻甲介や鼻粘膜の血管収縮を引き起こすので、鼻閉や鼻汁に対しても効果がある。
三叉神経第1枝を刺激するには挟鼻穴、攅竹穴の針や上星の灸などが知られている。
①攅竹から睛明方向への水平刺
刺針:眉毛内端を取穴。左右2本の針を用いる。ある程度刺入していくと鼻に刺針側の鼻に響く。深刺しすぎると針先は睛明に近付き、上眼窩内刺針と同様に皮下出血を起こしやすい。
印堂から鼻根方向に刺入しても同様の意味がある。ただし両側性に響かせるのは難しい。印堂穴には隔物灸も多用する。
②挟鼻
刺針:鼻翼の上方の陥凹部で鼻骨の外縁中央を取穴し直刺。
鼻毛様体神経:知覚神経で鼻背、鼻粘膜(嗅覚部を除く)、涙腺に分布。揮発成分を含むワサビを食べると鼻がツーンとし、涙が出るのは、鼻毛様体神経刺激による。
③迎香 →使用せず
取穴:鼻孔の外方5分。鼻翼の外側にできる皺中にとる。直刺。
外鼻枝は、鼻前庭粘膜に分布するが、鼻腔には分布しない。迎香刺激はキーゼルバッハ部からの鼻出血には効果的だが、鼻炎や副鼻腔炎に対する治療効果に乏しい。
3.症例報告(72才、男)
子供の頃から蓄膿症があった。現在でも時々黄色の鼻汁が出る。1年程前から臭いが感じないことに気づいた。耳鼻科に相談したら治療法はないといわれた。食物の味を感じにくいということはあまり意識しない。
治療は、とりあえず寸6#2針で挟鼻と攅竹に低周波置針5分間実施し、また寸6#2針で座位で風池・天柱手技針を実施した。なお天柱・風池を刺激したのは、大後頭神経刺激→三叉神経刺激という回路を考えたため。
ずると治療中から鼻の通りが良くなることを自覚し、アルコール綿の臭いが分かるようになった。
本患者は、治療回数を重ねるほど嗅覚障害が改善して順調な経過をたどった。当初週に2回ペースで治療を3週間行い、後は週1回ペースで治療を3週間継続して治療を終えた。