上肢に神経痛様の痛みがある場合、腕神経叢の興奮を疑い、腕神経叢への刺針を行うことになる。これには腕神経叢直接刺激と、前斜角筋に刺針して間接的に腕神経叢に影響を与える方法がある。これらの刺激と、よく似たものが現代医学的にも、いくつか知られているので、比較検討してみた。
1.腕神経叢ブロック鎖骨上法
神経ブロックでは、腕神経叢ブロック鎖骨上法が、針灸で行う腕神経叢刺に類似のものであろう。鎖骨左右中の中点、上下の骨幅の中点から上方1.5㎝から刺入するもので、腕神経叢を直接刺激する。本法は直下に肺尖があるので、深刺することはできないという意味で危険性がある。
2.モーレー点
腕神経叢ブロック鎖骨上法の部位より、わずかに内側にあるのはモーレー点であり、鎖骨上縁の前斜角筋部を直接圧迫するものである。モーレー点に圧痛や上肢への放散痛がある場合、(前)斜角筋症候群との診断になる。モーレー点を直刺すると、前斜角筋に命中するので同筋の緊張緩和に有効だが、腕神経叢ブロック鎖骨上法と同じく、深刺すると気胸を生ずる危険性がある。
3.エルブ点
モーレー点の、少し上方にはエルブ点がある。頚部が伸展され,肩甲部が下方に牽引されると、上位型麻痺(C5C6神経=エルブ麻痺)が起こり、上肢が挙上位のまま牽引されると下位型麻痺(=クルンプケ)麻痺となる。エルブ麻痺は分娩時に新生児の肩が産道にぶつかって生じやすいので、とくに分娩麻痺との別称をもつ。なおオートバイ事故など強大な外力が加わると全型麻痺となる。エルブ麻痺では、手首から先は動くが肩や肘が動かない。C5神経麻痺では肩の挙上困難(三角筋麻痺)、C6神経麻痺では前腕屈曲困難(上腕二頭筋麻痺)を生じるためである。エルブ麻痺などの頸神経損傷は、強い力が短時間に加わった結果、すなわち急性症という特徴がある。
エルブ点は、仰臥位、治療側の反対に顔を向かせる。鎖骨内側1/3で、鎖骨上縁から3㎝上方の頸側にある。
4.木下晴都の扶突傍神経刺
木下晴都は、前・中斜角筋の痙縮による腕神経叢や鎖骨下動脈の絞扼に対し、扶突傍神経刺を考案し、扶突傍神経刺と称した。腕神経叢を直接刺激するには、もっと下位頸椎レベルから刺入する必要があるが、腕神経叢を直接刺激せず、前・中斜角筋には刺入できるので、筋を弛めることで神経絞扼障害を改善するという、傍神経刺の原則にのっとったもであろう。
下図(着色は似田による)は木下の「最新鍼灸治療学」に載っているものである。この図では扶突の高さをC6棘突起と説明しているように見えて疑問に思っていたが、木下の講義を受けた方(現在鍼灸学校教員)がいうには、「点線は水平線ではなく、針の方向を示している」との説明を受けたとのご指摘を頂戴した。斜角筋緊張を緩める目的で、扶突からC6棘突起を狙って刺針する。
5.天鼎の位置(日本式と中国式)
腕神経叢刺を行う経穴といえば中国式天鼎を思い浮かべるのだが、日本製天鼎と比較してみたい。
1)日本式天鼎
東洋療法学校協会の経穴教科書の天鼎は、「喉頭隆起の高さで胸鎖乳突筋前縁に扶突をとり、扶突の高さで胸鎖乳突筋後縁にそって下方1寸の部」としている。喉頭隆起の高さは、C4,C5棘突起(仰臥位時でマクラを使用しない時)なので、天鼎の高さはC5,6棘突起ぐらいになってしまう。腕神経叢を刺激するのであれば、高すぎる部位である。
2)中国式天鼎
甲状軟骨と胸鎖関節の中点の高さで、胸鎖乳突筋後縁から下方1寸にとる。だいたいエルブ点より2㎝下方(エルブ点とクルンプケ点の中点あたり)になると思う。
6.中国式天鼎への刺針法(実際に筆者がやっている方法)
筆者が腕神経叢刺針を行う場合、中国式天鼎あたりを使用している。ただし上記の取穴法では、解剖学的位置関係が不明なので、この方法をとっていない。胸に刺すのではなく、頸筋に刺すという気持ちで行うことが大切で、これが気胸事故の回避になる。中国式天鼎あたりに1~2㎝以上刺入すると、上肢に電撃様針響が得られる。通常は仰臥位で行うが、響かせにくい場合には、側臥位で行うと、さらに響きを得やすくなる。
とりあえず筆者の普段やっている腕神経叢刺の方法を示す。
1)治療側上の側臥位にさせる。肩甲上部と頸部の境にあたる部の高さから、左手母指を伸ばす。
2)左手母指IP関節のつくる掌側横紋を下部頸椎横突起位置に固定する。
3)母指頭を固定し、母指IP関節を屈曲させつつ、母指頭を徐々に皮膚面に対して直角にもっていく。
4)母指頭を針にみたて、針を刺すつもりで、皮膚面を軽く押圧する。
5)上肢への放散痛が得られることを確認し、寸6で#2以上の太さの針で直刺し、上肢への放散痛を得る。そのまま5~10分間置針する。