変形性膝関節症(膝OA)は、従来から針灸の適応症とされてきた。事実、整形での理学療法や神経ブロック療法と比べても、よく効く。しかしながら高度な膝OAでは、針灸治療直後でもあまり症状軽減しないか、軽減しても翌日から痛みが元の状態に戻ってしまうことが多い。やはり高度な膝OAでは骨切り術や膝人工関節への手術が必要なのであって、針灸という保存療法の守備範囲を超えたものになる。この意味で、一般に75歳以上の膝OAは鍼灸でも効きが悪い印象を受ける。
1.関節包の痛み
知覚神経が興奮すると痛みを感じるが、知覚神経はどこも均一に分布しているわけではない。骨は痛まないが骨膜は痛みを感じる。関節部においては、骨膜は関節包に移行するので関節包も痛む。関節包は腱筋につながって関節と連動して牽引収縮されるので痛む。
関節包は外層と内層に区分され、外層を線維膜とよび、内層を滑膜とよぶ。線維膜は強靱で知覚神経が分布する。滑膜は血管に富み関節液(=滑液)を産生分泌する。この関節液は、関節の潤滑油および栄養液として機能している。
関節包は当然ながら関節部にあるので、関節裂隙への深刺が関節包刺激となる。針灸臨床で多用されるのは、内膝眼、外膝眼、内膝蓋(大腿膝蓋関節内側中央)といった穴で、これらの穴へ刺針すると関節全体に針響を与えることができる。
1)膝蓋大腿関節の痛み
膝蓋大腿関節の典型的な障害は、膝蓋骨軟骨化症であるが、膝OAの部分症状としても膝蓋大腿関節面の変形をみることが少なくない。膝蓋大腿関節の不適合の原因としては、大腿四頭筋の緊張または大腿膝蓋関節面面における関節軟骨の摩耗と関節滑液不足、内外の膝蓋支帯の緊張があげられる。
針灸治療法は、筆者ブログ「膝蓋骨軟骨化症の針灸臨床」に記した同内容、すなわち大腿四頭筋の膝蓋骨付着部や内・外側の膝蓋大腿関節面に行い、かなり有効である。
2)膝蓋骨内下縁、膝蓋骨外下縁の痛み
膝蓋骨下縁で膝蓋腱の両側部は、大腿骨と脛骨の隙間で、内外の半月板や前十字靱帯が存在する部である。膝伸展位で、この部の圧痛点から直刺すると、針は膝蓋下脂肪体→関節包(関節線維膜と関節滑膜)→関節腔と入る。その時、針先が線維膜を刺激すると、関節全体に響 きを感じる。またすく下の滑膜を刺激すると、滑膜は血行豊富であり滑液を分泌する処でもあるので、治癒機転が働くと筆者は考えている。
ときに膝蓋下脂肪体が増殖し、隆起している者がある。これは膝関節を防衛するためのクッションの増強だと筆者は考えており、この所見をもって、逆に膝関節が脆弱であることを示唆するものと考える。
3)内側関節裂隙の痛み
直下に内側側副靱帯があるので、この靱帯障害の可能性がある。内側側副靱帯の障害は、外傷を除けば、O脚との因果関係が深く、膝OAもO脚となりやすい。内側側副靱帯は内側半月と連結固定されているので、内側側副靱帯の外傷は、内側半月板障害を生ずることもある。要するにの内側関節裂隙の痛みは、側副靱帯部の痛みであれば局所の灸+安静で改善するが、半月板まで損傷した場合には、局所に施術しても治療効果があがりにくい。
2.筋腱の痛み
膝関節が腫脹したり、軟骨が摩耗したりを繰り返すうちに、膝の動きが悪くなり、また無理して動くために、膝のROMは狭くなり、かばうために筋の柔軟性が減少してくる。とくに筋の骨付着部に痛むようになる。膝関節周囲の関節包や関節周囲に付着している腱、筋肉の異常、傷害による問題は、痛みをたらすという意味で、重視すべきである。このたぐいの硬結圧痛は、膝蓋骨周囲の外縁、内外関節裂隙、鵞足部に出現しやすい。
1)立位での診療
膝痛の鍼灸治療は、一般的には臥位で行うことが多いが、膝痛は臥位時ではなく、立位や歩行で生ずることが大部分である。であるなら、反応点(≒筋硬結)を発見する体位は、臥位よりも立位が適切であることに最近になって気づいた。ある膝OA患者で、仰臥位で圧痛点を探して刺針施灸を6回したが、思うような効果が現れなかった。そこでベッド上に立たせ、改めて膝関節周囲を触診してみると、これまで分からなかった圧痛点を多数見付けることができ、その都度単刺を行ってみる(片膝あたり計5~10カ所)と、治療直後に歩行時痛が軽減したのだった。膝OAは、「軟骨変形が病像の中心なので、治療効果をすぐに求める必要はなく、毎日施灸することで3週間程度経ってからゆっくり効いてくる」との思いが常識となっていただけに、このような体位で行う治療が即効的に効くことがあることに驚かされた。
2)筋個別の治療
①大腿部周囲の硬結圧痛
膝蓋骨の上縁に筋付着部症が出現しやすい。四頭筋腱の緊張は、その上部にある四頭筋緊張により二次的に生じた結果なので、四頭筋筋腹にあるトリガーポイント(モーターポイントと一致)へも施術したほうがよい。単に刺針するよりは、運動針手技を行うと効果が増す。大腿四頭筋-膝蓋骨-膝蓋腱-脛骨粗面は、膝関節の伸展機構として一体として捉えることができるので、膝蓋骨下縁の膝蓋腱付着部の圧痛も同時に診察し、圧痛あれば施術した方が効果的になる。
<運動針の方法>
・硬結をめがけて刺針。そのまま膝関節屈伸の自動運動を片膝につき5~10回実施した後、抜針する。この時術者は、患者の踵を支え、スムーズな膝屈伸運動ができるように支持する。
・膝が痛まない程度の屈曲にして被験者の足底をベッドに密着させる。術者は足背を押さえ、四頭筋の伸張状態を保つ。術者は指頭で、膝屈曲部の頂部分(大腿四頭筋の腱になる)にある圧痛硬結を調べる。圧痛部(数カ所見つかることもある)あれば直刺雀啄してただちに抜針する。
※膝屈曲位にすると、膝蓋骨は予想以上に下方になる。いわゆる膝頭は伸張した四頭筋腱になるので、膝頭への刺針は、四頭筋腱付着部刺針になる。(下図参照)
・通常の治療は上記段階まででよい。しかし正座できることを目標にするならば、追加施術を行うことになる。すなわちベッド上で正座を試みさせる。(痛くて正座できないのであれば、大腿と下腿の間にマクラを入れて深くは膝屈曲できないようにする。)
・正座状態で、痛む部を指で示させる。または術者自身の指頭で圧痛点を探して、圧痛硬結に雀啄手技を行う。
②鵞足部の圧痛硬結 →「鵞足炎」に準じる
③膝窩部の痛み
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3.痛み以外の主な所見と対処法
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1)関節の熱感・腫脹
老化や外力により関節の軟骨が摩耗→摩耗の際にでた軟骨の破片が関節液中を浮遊→滑膜内の細胞を刺激して関節内に炎症→熱感・腫脹→この反応時、知覚神経を刺激→膝関節痛
熱感が強ければ、針灸を行うと症状を悪化させやすいので、避けるべきである。さほどでな熱感であれば針灸してもよいが軽刺激にとどめるべきである。基本的には安静を指示し、熱感が軽減するまで数日~数週間待つこと。
2)関節水腫
加齢などによって関節表面の軟骨が摩耗し、軟骨表面の辷りが悪くなる→滑膜が炎症を起こし、基準量以上の関節液を分泌→関節液の吸収が追いつかず関節包に関節液量が増加→関節水腫→水腫により関節包内圧増加→膝関節痛(膝蓋跳動テスト陽性)
軽度の関節水腫は、施灸の適応になり、施灸することで水腫は軽減する。しかし水腫が大きい場合、整形外科等で水を抜いてもらい、その後に針灸治療をした方が効果出現が早くなり、再度水が溜まることもない。
3)関節包の肥厚
慢性反復性刺激から関節包を守るため、関節包が肥厚関節包は次第に肥厚してくる。この結果、柔軟性に乏しくなり、ROMが制限される。膝蓋跳動テスト正常
関節包肥厚は、関節裂隙への刺針や、筋腱の骨付着部に刺針することで、可動域が増し、すると自然と関節包肥厚も軽減してくることが多い。
4.治療期間
針灸医療推進研究会の「鍼灸News Letter 2009.11」には、膝OAに対して、A群:針治療+鎮痛剤内服群とB群偽針+鎮痛剤内服群との効果比較の研究報告結果(スペインのJorge Vasによる)が載っている。週に何回治療したのかは不明だが、治療開始一ヶ月後はA群の方が勝るが、B群も比較的健闘している。ところがそれ以降の治療継続は、A群がさらに症状改善しているのに対し、B群は改善停止しているという結果になった。またこの報告は、A群も治療4ヶ月になると、3ヶ月経過時点とあまり変化がない。この結果から膝OAに対する妥当な針灸治療期間は、3ヶ月程度だと考えられる。