1.胸痛を起こす原因
冠状動脈の虚血と、肋間神経の興奮が胸痛の2大原因である。
1)冠状動脈の虚血
冠血流量が不十分→心筋虚血→心臓を支配する交感神経(Th1~Th5)興奮
→心臓痛となる。ただし強い痛みの場合、交感神経興奮は交通枝を介して脊髄神経にまで興奮が漏れるので、同じレベルの脊髄神経すなわちTh1~Th5胸神経の後枝と前枝(=肋間神経)を二次的に興奮させる。つまり虚血性心疾患による胸痛とは、交感神経性と肋間神経痛の混合性である。
なお、虚血性心疾患で左上肢尺側に放散痛がみられるのは、Th1脊髄神経の興奮によるTh1デルマトーム領域の反応である。この代表疾患には、狭心症と心筋梗塞がある。
2)肋間神経の興奮
胸部の体壁知覚は肋間神経支配なのは当然だが、その深部にある壁側胸膜も肋間神経支配である。そのすぐ下にある臓側胸膜と肺実質に知覚はない。ゆえに肺癌や肺結核の初期に自覚症状が乏しいが、次第に進行して病変が胸膜に及ぶと痛みが出現してくる。
2.肋間神経痛のおさらい
1)原因
特発性は比較的若い女性に多く、左側の第5~第9肋間領域に多い。特発性は少なく大部分は症候性である。症候性の原疾患には糖尿病、脊椎疾患、帯状疱疹、単 純性疱疹、胸部内臓疾患(胸膜炎、自然気胸)などがある。
2)肋間神経の走行と神経支配
①第1~第6肋間神経
肋間を胸骨縁に向かって走行し、前胸の肋骨に相当する部の肋間部の筋運動と、深部知覚を支配する。その皮枝は前胸壁皮膚知覚を支配する。皮枝には外側皮枝の外側枝と内側枝、皮枝の外側枝と内側枝がある。
②第7~第12肋間神経
途中までは肋間部を走行するが、腋窩線あたりから内腹斜筋と腹横筋の間を走行し、腹白線に至る。腹壁筋の運動と深部知覚を支配する。その皮枝は鼡径部を除く腹壁の知覚を支配する。
3)症状
肋間神経が深層から表面に出る部に圧痛がみられ、次の3ヵ所が代表的圧痛点。
①脊柱点:脊柱外方3㎝の処。胸神経後枝が表層に出る部。
②側胸点(外側点):前腋窩線上。前枝の外側皮枝が表層に出る部。
③前胸点(胸骨点):胸骨外方3㎝。前枝の前皮枝が表層に出る部。
※第6肋間神経以下は腹部肋間神経痛として現れ、前胸点に相当する圧痛点は腹直筋外縁に出現し、「上腹点」と称する。
3.肋間神経痛の鍼灸治療
特発性(原因不明)の肋間神経痛は、これまで神経の刺激によるものと考えられていた。そして神経が深層から表層に出る部が治療点だとされていることから、脊柱点・外側点・間前胸点を取穴するのが定石だった。しかし生理的に上流の知覚神経が興奮しても、下流にその興奮を痛みを伝達することはない(ベル・マジャンディーの法則)ので、中枢側の筋々膜症症状 が末梢側に放散痛を生ずる状況を、肋間神経痛と呼んでいるのが真実である。これはMPS(筋膜症候群)の考え方で説明できる。だたし帯状疱疹性の肋間神経痛ならば知覚神経興奮が生ずる。
肋間神経絞扼障害を生ずる脊柱付近の筋膜症とは、具体的にどの筋なのかが模索されている。
①肋横突関節附近への刺針(長尾正人:「一本針四題」医道の日本、H12.6)
ほとんどの肋間神経痛、胸痛、背部痛、側胸痛などの原因は、椎間孔から肋横突関節付近の脊髄神経の障害による放散痛と考えられる。つまり棘突起下、外方1㎝~2㎝の範囲内になる。針はここに有効深度(3㎝程度)だけ入れればよい。針先は椎間関節、回旋筋、多裂筋付近(=短背筋と総称する)。結果はただちに反応する。
以上が長尾先生の説明だが、このやり方で私は過去に何度も本態性肋間神経痛症例に施術してきたのだが、あまり良い結果が得られなかった。効果の出せない理由を自分なりに考えてみたが、長尾先生の刺針は脊髄神経後枝を刺激するもので、確かに背部一行にある短背筋の筋膜性腰背痛に効果はあるが、前枝走行とは関係がないためだと結論するに至った。
②肋間神経痛の傍神経刺
(木下晴都:肋間神経痛に対する傍神経刺の臨床的研究、日鍼灸誌、29巻1号、昭55.2.15)
木下先生が肋間神経痛に対して傍神経刺をされていることは以前から承知していたが、原著論文を見ていなかったので詳細は不明だった。この度、ネットで上記論文を発見した。難治性肋間神経痛に対してこの方法を追試すると、十分な効果が得られた。
肋間神経が上位肋骨の下縁に沿って外方に走り、その肋間隙の後方には外肋間筋が走っている。その深部には内肋間筋とその続きである内肋間膜があって、肋間神経はその間に挟まれている。このあたりの筋緊張が肋間神経痛症状を生むのではないかと考察した。
2寸#5鍼使用。棘突起の外方3㎝から脊柱に向けて10°傾けて静かに4㎝刺入。約5秒とどめて、静かに抜針する。棘突起の外方3㎝から直刺すると、多くの場合肋骨または胸椎横突起にぶつかり4㎝も刺入できない。しかし胸椎棘突起4~10の高さにおいては、およそ棘突起下縁の高位に取穴すれば、鍼は胸椎横突起間に刺入でき、目的を達する場合が多い。鍼を脊柱に向けて10°傾けるのは、気胸防止の意味がある。治療感覚は、初めての2~3回は毎日、その後は隔日、または1週間に2回程度とした。
102例の肋間神経痛患者に対して傍神経刺をおこなったところ、91%が優、6%が良、3%が不変、悪化例はなかった。うち優の結果を得た93例をみると、発症1~7日の52例では平均2.9回治療。8~15日の18例では4.6回、16~30日の12例では7.9回、3ヶ月以上経過した4例では11.5回だった。
4.本態性肋間神経痛に対する傍神経刺の追試症例(66才、女性)
当院初診3週間前から右側胸部から前腹部が痛くなり、上体を左右費ひねる時に痛む。寝返りも非常に苦痛だという。現代医療にかかるも検査で異常はなく、痛み止めの薬は処方されるも十分に効かないという。
当初は、上体をひねると痛むという点と背部一行に圧痛あるということで、右中背部胸椎傍の短背筋群の筋膜性背痛と解釈して、中背一行に深刺するもあまり効果がなかった。圧痛ある中背部起立筋に運動鍼すると少し上体の回旋ができるようになった。
その頃になると背痛ではなく、上体をひねる時に右側胸部から右側腹部の痛みを強く訴えるようになたことから、胸椎部短背筋群の筋筋膜性背痛ではなく、右T9中心の肋間神経痛を疑うようになり、木下晴都氏のの肋間神経傍神経刺を追試してみた。その1回治療の直後から上体の左右の回旋痛が大幅に軽減した。