1.「秘法一本鍼伝書」上肢内側痛の鍼(肩貞)
1)取穴法
後腋窩紋頭の内上方約2寸を下からナデ上げると、内上方から外下方にむかって太い筋肉が指に触れることができる。この筋の下縁に指頭を突っ込むように強圧すると有感的に響く処がある。本穴はここに取る。いわゆる肩貞穴である。
2)用鍼
寸6ないし2寸の3番の銀鍼または鉄鍼を用いる。
3)患者の姿勢
正座して手を下垂させ、拳を握らしめ、閉目させて呼吸を静かにさす。
4)刺針の方向
鍼尖を穴の部から内上方に向かうように刺す。取穴の時に述べた筋層の下に鍼を刺すように心構えて刺入する。硬物につき当たったならば、瀉法を行う。
5)技法
患者をして吸息させる同時に、鍼を進退しつつ左右に動揺させながら刺入する。鍼の響きが小指側に響けば刺入をやめる。
6)深度
約1寸3分ないし2寸近く刺入。鍼尖、硬結物に当たり、小指側に響く程度でやめ、弾振する。
7)注意
針響強劇にして患者圧重倦怠感ありといえば直ちに退け、皮下まで鍼尖を抜き上げ、患者をして呼吸させて抜除する。補助法として鍼尖を缺盆穴に水平にあて、やや外方に向かうようにして刺入する。これまた小指側に響くように刺すべし。首の側面、肩背に響く場合は、鍼尖を転向させて上肢に響くようにすべし。
2.現代鍼灸からの解説
1)後方四角腔の局所解剖
後腕と肩甲骨間にできる陥凹を、後方四角腔とよぶ。後方四角口腔は、上腕三頭筋外側頭・上腕三頭筋長頭・大円筋・小円筋が四辺を構成していて、腋窩神経が深層から浅層に出てくる部である。
後方四角腔に直刺すると腋窩神経を刺激できるが、腋窩神経には知覚神経成分がないので、響きを生じることはない。
内上方に向けて斜刺すると、小円筋に刺針できる。一本鍼伝書<上肢内側痛の鍼>は、小円筋に対する刺激になるだろう。しかし小円筋刺針は上肢外側に響くことはあっても、上肢内側に響きは得られにくい。
しかしながら肩貞から、小円筋を貫通して、肩甲骨と肋骨間に入れるような深刺をすると、肩甲下筋を刺激できる。肩甲下筋トリガーポイント活性時、その放散痛は、上肢内側に放散する。なお、肩甲下筋は、肩甲下神経の運動支配である。
肩貞穴から肩甲骨と肋骨間に入れるような深刺で上肢内側痛に効果があるのならば、膏肓など肩甲骨内縁の穴から、肩甲骨内と肋骨をくぐる深刺も効果あるに違いない。
ということで実際にやってみる。3寸鍼を使い、2寸以上深刺すると、ズキンというような響くポイントに命中し、その直後からつらい症状が改善することを何例も経験できた。
実際の臨床にあたっては、患側上の側臥位で、肩甲骨の可動性を改善することを目標として、肩貞または膏肓から深刺し、介助しながらゆっくりと上腕の外転運動を行わせるようにすると効果的になる。
※肩甲上神経:棘上筋・棘下筋を運動支配。知覚神経支配なし。肩関節包上部と後部を知覚支配
※腋窩神経 :小円筋・三角筋を運動支配。上外側上腕皮神経として上腕外側を知覚支配。肩関節包下部を知覚支配