毎年春秋に開催されている現代鍼灸科学研究会は平成30年春、ゲストとして萩原芳夫先生をおよびした。萩原先生は、かつて日産玉川病院第2期鍼灸研修生で、研修後に地元埼玉県で灸専門治療院として長らくご活躍されていたが、ついに昨年閉院されるに至った。
何しろ、この治療院は、『名家灸選』に基いた灸専門院であって他に類がなかった。是非ともこの方法を学習したいという意見が当研究会内部で持ち上がり、招待する運びとなった。
まずは、鍼灸院でおそらく最も多いと思える<「腰痛」に対する名家灸選の治療>というテーマで一時間強の講義と実技を行っていただいた。
1.名家灸選と名家灸選釈義
『名家灸選』は文化2年(1805年)要するに江戸時代後期に越後守和気惟享が第1巻を著し、続いて2年後に同志の平井庸信が続2巻を編著した。日本の民間に流布されている秘法、あるいは名灸と称賛されているものの中で、実際に効果のあるものを収集・編集したものである。
なお昭和の時代に灸治療家として名を馳せた深谷伊三郎には多くの著作があるが、同氏最後の著書で最高の書とされる『名家灸選釈義』は、『名家灸選』を現代文に訳し、現代医療と照合し実際の効果を検証したものであったが、今回の萩原先生の講義は『名家灸選釈義』とは、直接的には関連がない。
萩原先生が提示されたのは次の内容だった。
2.名家灸選にみる腰痛の治療「帯下、腰痛および脱肛を治する奇愈(試効)
現代文訳:稗(ひえ)のクキを使って、右の中指頭から手関節掌握横紋中央の掌後横紋までの長さをはかり、この寸法を尾骨頭下端から、背骨に上に移し取り、その寸法の終りの処に印をつける。またその点から同身寸1寸(手の中指を軽く折り曲げた時にできる、DIP関節とPIP関節の横紋の橈側側面の寸法)上がる処にさらに印をつける。合わせて2穴で、この2穴の左右に開くこと1寸ずつ。合わせて6穴に灸すること各7壮。
3.萩原先生の治療デモ
1)ヒモを使っての取穴
原著ではヒエのクキを使うが、現在では入手困難なので、ホームセンターで直径2㎜の紙ヒモを購入し、それを洗濯ノリをつけて乾燥させたものを使用した。始めて目にするものだったが、黄土色をしていることもあり、一見すると細めの線香のような外見だった。線香にしてはきわめて真直ぐで、さらに軽いこと、皮膚に触れても冷たく感じないこと、安価なので、必要に応じてハサミで簡単に切ることができるのが特徴。
ヒモ状にひねったモグサ入れ
椅坐位で、肘をベッドにつけ状態を前傾姿勢にする。名家灸選の記載に従って、4点灸点を取穴。取穴には細めのフェルトペンを使用。前傾姿勢にするのは、脊柱の棘突起や棘突起間を触知しやすくするためとのこと。
2)艾炷をたて次々点火
紫雲膏薬をツボに薄く塗り、艾炷を6個立て、線香の火で次々に点火(同時に何ヶ所も熱くなる)。艾炷は中納豆粒(米粒大と小豆大の中間)くらい。初めて灸する者は1カ所15壮くらい、経験者は30~50壮行う。何ヶ所か灸していると、場所によっては熱さを感じにくい場所があり、このような時には、そのツボだけ余分に壮数を重ねる。
事前にモグサ(普通の透熱灸用)をコヨリ状に細く長くひねっておく。太さは、直径3㎜、4㎜、5㎜ほどの3種類で、臨機応変に太さを選ぶ。長さは20㎝ほど。1本のモグサのヒモで30個前後の艾炷をつくれる。
3)腰下肢痛を訴える患者に対しては、上記の腰仙部への灸治療にプラスして下肢症状部にも施灸したのだが、次第に下肢症状部には灸することはなくなった。
4)普通の鍼灸院にかかるつもりで、萩原鍼灸治療院にかかる患者はあまりいない。ほとんどは患者からの紹介なので、覚悟して灸治療されに来院したとのこと。まれに熱いので灸治療中止することはあるが、基本的には当方に考え通りの壮数を行うことができる。
4.現代鍼灸からみた名家灸選
いろいろな症状に対する灸治療について書かれているのは、「名家灸選」にしろ他の古典書にしろ大きな違いは見られない。ただし項目によっては、記載通りの灸治療を自分が行ってみたところ、効果あった(試効)という記載がところどころにみられる。江戸時代の灸治療を知ることができ、興味深いものであった。
とはいえ、当然ながら現代的な病態分析、治療効果に対する分析はみられない訳で、記載されている行間を読み取ることで、どうして古人はそのように考えたのか、その真理なり誤謬なりを追究する姿勢が必要となるだろう。
勉強会後の恒例の懇親会
☆中国の柴暁明先生が、本ブログを中国語に翻訳して下さいました。我很感謝