久しぶりに医道の日本誌500回記念号をめくっていると、森秀太郎氏発表「運動分析と瞬間脱力法」と発表が目にとまった。森秀太郎は、かつての針灸本のベストセラー「はり入門」の著者としても知られた方である。
筆者はかつて次のブログを報告した。
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/59095952791641dd7da8222827b5327b
今回はその続編で、森秀太郎と類似内容のものを併記して検討することにしたい。
1.森秀太郎「運動分析と瞬間脱力法」からの部分抜粋
(補助として用いる療法 「 現代日本の針灸」、医道の日本、500回記念、昭和44(1969)年5月1日)
身体のひずみの治しかたには二つの方法がある
1)整復法
関節の仮脱臼を他力的に整復する。(カイロプラクティックのことか?)
2)瞬間整復法
痛みがある方向とは、相対的な反対方向に運動を行い、その時に術者が適当に抵抗を加えながら、ある角度に達すると急に患者自身に脱力させる方法をいう。
たとえば「寝違い」で、前屈すると非常に痛いが、後屈にはそれほど苦痛がないとする。このような場合、あらかじめ前屈せしめて痛みの起こす寸前で止め、次に術者は患者の後頭部に手を当て、患者自身に後屈するよう命じて患者自身の後屈運動に抵抗を加えながら徐々に後屈させ、前屈と似たような角度になったときに号令を与えて患者自身に急速に脱力させるようにする。この間、患者と術者のイキが合うとうまくゆくが、患者が脱力のタイミングを間違えると十分な治療効果が得られない。脱力が完全に行われた場合は、つぎに前屈すると運動前の痛みがまったくなくなっていることもある。
瞬間脱力法は、筋緊張性の痛みにはとくに勝れた効果があり即効性がある。頸痛、肩関節痛、腰痛、膝痛など、その応用範囲が広い。
2.操体法
森秀太郎の記した瞬間脱力法は、橋本敬三医師が創案した操体法に似てる。橋本が操体法を始めたのは、函館病院勤務の頃(1926~1941)なので、森が医道の日本に発表した原稿よりも前の話ということになる。
操体法とは、橋本が高橋迪雄・奥村隆則に正體術など民間の健康法・療術を習い実践する中で、創案した手技療法であって、痛みやつっぱりを感じるとき、痛い方向・つっぱる方向から、痛くない方向・つっぱりを感じない方向にゆっくり動かし、最後にすっと力を抜くと歪みが解消されるという方法が基本原則になる。
橋本の初期の代表的著書には、「万病を治せる妙療法」や「からだの設計にミスはない」
などであるが、エビデンスに乏しかった。これらは一般向けの実用書だからなのであって、医療専門家が読む医歯薬出版社発行のものならば大丈夫だろう思って、国分壮、橋本尊敬三共著「鍼灸による速効療法 運動学的療法」(昭40年4月20日)の古書を探して読んでみたが、状況に変わりはなかった。ただ序文には、運動学的療法は操体法と同じ意味でわが国で用いられるようになり、間中喜雄はこの運動力学を経筋療法と称して海外に公開していることを知った。
3.伸張反射
1910年頃から中枢神経が末梢神経を制御していることが知られるようになった。求心性(上行性)の神経である「感覚線維」は、次の分類で表現される。
Ⅰa・・・筋紡錘
Ⅰb・・・腱紡錘
Ⅱ・・・触覚・圧覚
Ⅲ・・・痛覚・温冷覚
Ⅳ・・・痛覚
操体法の理論敵裏付けとなるのは、上記のⅠa神経の抑制である。Ⅰa抑制とはスムーズな関節運動を行うためのしくみで、主動作筋が収縮する際は、拮抗筋が弛緩する生理的機序のこと。この機能がないとスムーズな関節運動はできない。たとえば肘屈曲ので上腕二頭筋が収縮する際、上腕三頭筋が弛緩する現象などである。
傷害ある筋は筋緊張(=収縮)して痛みをもたらしているから、その拮抗筋を収縮させることで、傷害筋の筋収縮を緩和するというのが治療原理になる。その際、この反応を強めるため、拮抗筋を収縮させる際に術者が抵抗を加え、最終動作段階で患者・術者ともにタイミングを合わせて脱力させるのが効果を生む秘訣になる。
1910年というと百年も昔ことになるが、このような海外の生理学的知見が、日本に入ってきてさまざまな医療者に理解され、臨床応用されるまでになるには、現在と異なり、10~20年の時間を要するだろうから、橋本敬三や森秀太郎が海外の最新知識として参考にしたとしても不思議ではない。