1.EDとは
勃起障害(ED Erectile Dysfunction)とは、「"勃起不全"によって満足な性交渉がで きない状態」と定義される。以前はインポテンツ(=不能)とよばれてきたが、あまりに愚弄する言葉であることから名称変更した。「中折れ」もEDに含める。
2.EDとなる原疾患
インポテンスの原因は、器質的23%、機能性72%、不明5%。脳が性的興奮をきたし、神経を介して陰茎に伝わっても、陰茎海綿体の動脈硬化などの障害がある場合(これを動脈性EDとよぶ)、陰茎海綿体に十分な量の血液が流れ込まないので、勃起力不足になる。加齢のほか、糖尿病、高血圧、高脂血症などの生活習慣病などが代表。
①糖尿病:糖尿病性末梢神経炎による勃起不全。糖尿病では血管障害と神経障害が出現するが、血流障害は陰茎への血液流入障害として、神経障害は自律神経障害として出現する。糖尿病者の3~6割が性機能障害をともなう。
②降圧剤:薬剤性では最も多いとされる。原因不明。
③前立腺摘出手術:前立腺のすくそばに勃起をつかさどる神経があるため、前立腺摘出手術で神経が障害を受けることがある。
3.勃起
1)勃起の起こる機序
大脳皮質の性的興奮→副交感神経を介して陰茎海綿体の細胞から一酸化窒素(NO)を血中に放出
→NOがセカンドメッセンジャーである陰茎中の血管拡張物質cGMP(サイクリックGMP)を増加
→陰茎を走るらせん動脈の平滑筋を弛緩させ、血管を拡張
→陰茎海綿体に血液が充満(=勃起の状態)
※一酸化窒素が体内で生成されることで血管拡張効果が生まれて血流改善作用をもたらす。1998年 ルイ・イグナロは、一酸化窒素が体内で生成されると血管拡張効果が生まれて血流改善作用をもたらすことを発見し、ノーベル生理学・医学賞を受賞した。
2)勃起が萎える機序
性的興奮が収まる→PDE5(ホスホジエステラーゼ5)というcGMPを壊す酵素が放出
→勃起消失
※要するに「cGMP」増加で勃起が起き、「PDE5」増加で勃起が萎える。この一連の反応を引き起こすのは性的興奮によるNO産生が引き金になっている。
4.ED治療薬
EDの鍼灸治療を希望する患者は、自分で相当調べてから来院する。薬物療法についても詳細に勉強している。このような患者の信頼を得るには、鍼灸師であってもED治療薬の知識が必要である。
1)バイアグラの作用機序
ED治療薬が登場するまで、泌尿器科医にとってもED治療は難しい問題だったが、1999年にシルデナフィル(商品名バイアグラ)が発売されてから治療できるものとなった。バイアグラは、 脳中枢で起きる性衝動から陰茎に至る神経経路に問題がなければ、即効的な効果が出せる。勃起障害の原因の一つとしては、海綿平滑筋内に豊富に存在するPDE5(ホスホジエステラーゼ5)が知られている。PDE5は cGMP(サイクリックグアノシン-リン酸)を分解してしまう酵素なのだが、前述のとおりcGMPは血管を拡張させる働きがあるので、それが分解されてしまうと血管は収縮して陰茎海綿体に血液が行かなくなってしまう。
勃起不全の治療としてはPDE5の働きを阻害することが重要で、PDE5阻害薬としてシルデナフィルが開発された。これにより海綿平滑筋内に血液が充満してくる。なおバイアグラはより上位による損傷、つまり脊髄損傷または他の神経支配の障害による勃起不全には効果がない。バイアグラの有効率は、約80%にのぼる。糖尿病によるEDであっても約65%の患者が効果ある。
ED薬には性欲増進作用はないはずだが、勃起することで男としての自信がつき、二次的にテストステロン分泌が増加する効果も認められる。
※バイアグラの副作用:
バイアグラは末梢血管拡張作用があるので、心臓発作の予防として ニトリグリセリンなどを服用している者がバイアグラを服用すると、血圧が急降下し命の危険がある。バイアグラ服用では、9割の者に副作用として「顔のほてり」と「目の充血」が出現する。他には「頭痛」「動悸」「鼻づまり」呼吸困難」といった副作用の症状を発症してしまう人も多い。
2)バイアグラとその類似薬
有効成分がどれもシルデナフィルであることに、変わりはない。ペニス挿入して5分も経つと、ペニスが軟らかくなり、中折れするという症状に対しても、下記のED薬は非常に有効である。勃起を維持できなくなるのも性的興奮を維持できなくなった結果である。
①バイアグラ
元祖ED治療薬として知名度が高い。25㎎と50㎎がある。食事の影響を受けやすく、満腹時とくに脂ものを食べた後には効き目が低下する(血中濃度が上がりにくい)。性行為の1時間前に服用するのが適切なので性行為時には空腹になりがち。効果は3~4時間持続。レビトラやシアリスに比べ、勃起の硬度は固くなる。
②レビトラ
10㎎と20㎎がある。バイアグラ50㎎がレビトラ10㎎に相当。バイアクラに比べ、食事の影響を受けにくく、速効性(30分で効果、1時間で血中濃度最大)がある。6~8時間持続。
③シアリス
10㎎と20㎎がある。強さはレビトラと同等。効き始めまで3~4時間かかるが、持続効果は36時間と長い。食事の影響を受けにくい。現在ED薬として世界で最も売れている。
3)サプリメント
性欲減退に効果あるとされる製品には亜鉛・エビオス(ビール酵母)などが知られている。精子をつくるにはその原料に亜鉛が必要であるが、日本人には不足しがちなので服用の合理性はある。エビオスを飲むと精液量が増すという報告は多数ある。EDに対し、マカ、ニンニク、まむしの粉、スッポンエキスなどが効いたとする報告はあるも、信頼のおける研究はない。
6.EDに関係する筋
EDに関係する筋としてPC筋(骨盤底筋)と骨盤底筋中のBC筋(球海綿体筋)が注目を 集め、これらの筋の筋トレが行われている。
1)PC筋
pubococcygeus muscle の略で骨盤底筋のこと。睾丸の後から肛門をはさんで伸びて仙骨をつなぐインナーマッスルの一部である。上部の内臓を支える機能がある。骨盤底筋は排泄(尿や精液)をコントロールする役割がある。排尿を止める時に動く。肛門を締めるとペニスが動くのも骨盤底筋の働きによる。
ペニスが外に出ているのは全体の3/4で、根元1/4は、骨盤底筋群の隙間に埋まっている。この根元がペニス全体を支えている。骨盤底筋群が強いと、ペニスの根元もしっかりしてくるので、上向きのペニスとなり、簡単には「中折れ」を起こさない。
2)BC筋
Bulbocavernosus Muscle の略で球海綿体筋のこと。ペニスの根元にある筋肉。精液の精射と排尿の調節に関与する。尿道から尿や精液を押しだすのも球海綿体筋の役目もある。球海綿体筋が鍛えられることで射精の勢いが強まり、射精時の快感が増すとされている。射精のタイミングもある程度コントロールできるので、本筋を鍛えることは、早漏治療にも適している。
7.EDの治療
1)加齢と性欲低下
男性ホルモンのテストステロン分泌は20才頃が最大で、それ以降はゆっくりと下がる。中年になると性欲も体力も低下するのは、自然なことである。この肉体条件下で、性交回数が多かったり、仕事がきつかったりすると、余計に性欲も低下するのはやむを得ない。なおテストステロン分泌が不足してる者に対し、テストステロンを投与しても、直接勃起とは直接関係はなく、ただし性欲がゆっくりと増す(短期間の投与では効果ない)。年令別の適正性交回数として、古来から9の法則というのが知られて一応の目安となってきた。
20才:20×9=18(10日に8回) 30才:30×9=27(20日に7回) 40才:40×9=36(30日に6回) 50才:50×9=45(40日に5回)
2)骨盤底筋の筋トレ
骨盤底筋体性神経で、勃起時のペニスを下から支える機能があるので、骨盤底筋の筋トレは行う価値がある。骨盤底筋を鍛えることは勃起力とその維持に貢献に関係している。
① 肛門の引き締め運動
PC筋・BC筋のトレーニングとして肛門を締める運動を行う。肛門を締め5秒間、緩めるを5秒間と10回1セットで毎日5セットを目安に続ける。
②スクワット
スクワット(上半身を立てたまま行う、ひざの屈伸運動)が効果ある。スクワットは、大腿内転筋と骨盤底筋を鍛える。PC筋・BC筋ともに鍛えるのに適している。
<クワットの正しい方法>
a.肩幅より少し広めに足を開き、頭の後ろで腕を組 む。 (背筋はしっかり伸ばす)
b.そのままの状態で、太ももが床と水平になる所まで腰を ゆっくりと下ろす。
c.今度は、逆に腰をゆっくりと上げていき、最初の姿勢へ と戻していく。
ここまでが、1回の動作。最初は10回から開始し、慣れてきたら20回、30回と回数を増やす。爪先立ちや腰をより深く落とすなどすると効果的。
③ヒップスラスト
腰を突き上げる運動。この動作はセックス時の男性の動きそのものである。
a.背中の上半分を椅子に載せ、膝を曲げて踵で下半身の体重を支える。
b.腰を上にゆっくりと突き上げ、ゆっくりと戻す。
c.1日15回×3セット行う。
8.鍼灸院で行う指導と施術
鍼灸はEDに直接働きかける力はないが、体調を整える一環の結果として、効果があることはあるだろう。これには半年間以上の長期的治療が必要である。
1)鍼灸とバイアグラの効果の比較研究
辻本孝司は、鍼灸とバイアグラの効果を比較し、「EDに対する中髎刺針で有効だが、効果はバイアグラに及ばない」との結論を得た。それは次のような内容である。
ED患者26名に対し、2寸#8の針を中髎に5㎝刺入し、回旋刺激を10分間施行。治療は週に1回で、平均11回施術した。著効と有効を合わせると有効率は62%だった。有効例は、心因性(著効33%)よりも、内分泌性(著効88%)や静脈性(60%)の方が高かった。
しかしバイアグラの有効性は50mgで70~80%で、重篤な副作用もみられないことから、針治療よりもバイアグラ内服の方が効果的である。バイアグラが効果なかったという者の大半は、内服方法に誤解(筆者註:薬物の量不足、満腹時の服用や服用して間を置かない性行為)があるからで、服薬指導と数回の針灸治療で改善させる。(辻本孝司:EDの治療-バイアグラと針 に求められるものは, 針灸OSAKA.vol.19 No.1.2003.Spr)
2)陰部神経刺激
EDの鍼灸治療は昔から試みられてきた。亀頭など性器の触覚を支配しているのは陰部神経なので、以前から陰部に電撃様針響を与えられる陰部神経知覚枝刺激がする目的で使われてきた。膀胱炎や尿道炎などの陰部の痛みに対して、陰部神経刺針が効果があった例は何例か経験したが、EDに対しては効果があったという印象は殆どない。
骨盤底筋を鍛える目的で、大腿内転筋トレーニングのつもりで陰包や足五里を刺激することも行われている。
①曲骨から下方にむけて深刺
陰部神経の終枝である陰茎背神経は、陰茎から亀頭に達するので、針響も陰茎先端まで得られやすい。陰茎にまで響かせる方法としては、ゆっくり斜刺して硬い処(=筋膜)まで針先をもっていく → 針尖を筋内に入れたら雀啄をする → 雀啄しつつ針全体の動きとして深度を深くする、といった手技を行うとよい。
②曲骨の針響と治療効果(日野勝俊:「はりきゅう」治療でしぜんな妊娠あんしん出産、2006年11月)
日野勝俊氏は「正常男性に曲骨から刺針をすると、ペニスの先まで針響を感じるが、重いEDでは針を刺入した部位のみの刺激感のみになる。しかし繰り返しの治療で、ペニス先端部近くまで針響が届くようになる」記しているという。一般的なEDの場合には症状に応じて、1週間に1~2回程度の治療を4ヵ月間続けて経過をみると記した。効果がすぐに現れるケースでは、初回の治療直後から遅い時でも2ヵ月ぐらいで症状の改善が認められる。
※筆者註:十症例ほど追試したが、確実な治療効果は得られなかった。
③正座位にて、関元、中極、腎兪、裏合谷の多壮灸(陽不起の標治灸 柳谷素霊選集下より)
裏合谷とは、「掌中、母指球の尺側、合谷穴と相対するところ、之を按ずれば極めて痛み透るところ」とする。 正座させ、関元・中極・腎兪には最初小灸にして漸次灸壮を増やし、腰腹部春陽の如くポカポカと温暖となるまで施灸する。温暖にならざれば効果が薄い。裏合谷には灸7壮。
※筆者註:下腹部正中に施灸するのに、仰臥位で行うのに比べ、座位で行った方が腹筋に力が入る。骨盤底筋に対する治療効果だと思われた。裏合谷の灸治がEDに効果あるというが、アセスメント不足である。
3)PC筋・BC筋の押圧
ペニスの硬化を直ちに実感できるので、治療室での指導に向いている。
①固い椅子に開脚で座らせる。
②背筋を伸ばして上半身を前傾させ、会陰穴をボールで圧迫刺激する。
③これを繰り返すと、ペニスが充血感が得られる。
④陰嚢と肛門の間(会陰穴)に、野球のボールなどを置いて圧迫すると強い刺激になる。