1.シビレのもつ三つの意味
患者の上肢や下肢がシビレルという訴えはしばしば耳にする。そうなると、そのシビレに関して、そのシビレは動きが悪い(運動麻痺)のか、感覚が鈍い(知覚鈍麻)のか、そともジンジン、ビリビリする(異常知覚)のかを分別しなくてはならない。
2.シビレの病態生理学
1)末梢神経の種類と機能のマトメ
有髄神経は無髄神経から進化した。有髄神経は動作がすばやい動物になって発達した。
有髄線維は随意運動に関与するA線維と自律神経に関与するB線維に分類される。A線維は太い方から順に、α、β、γ、δと細分化されているが、シビレを理解するたに必要なのは、Aβ線維→触覚、Aδ線維→速い痛み(fast pain)、および無髄のC線維遅い痛み(slow pain)の3種である。
2)触覚・痛覚の抑制機構(触ることで軽くなる痛み)
触覚を伝達する太いAβ線維は、痛覚を伝達する細いAδとC線維を、脊髄や視床のレベルで常に「抑制」している。「かゆい」ことは痛覚線維が持続的に、しかし「軽く」刺された状態と考えることができるが、掻くということは触覚を刺激することになり、痛系に抑制がかかり、痒みは軽減される。
※怪我をして痛い時に、その部分を思わず押さえたりさすったりするのは、触覚刺激をして痛覚が抑制できることを経験的に知っているため。
※深谷伊三郎考案の灸熱緩和器の原理が触覚刺激による灸熱感受性の緩和である。灸療中周囲皮膚を竹筒などで押圧すると熱さが減ったように感じる。
3)機械的圧迫刺激によるジンジン、ピリピリの抑制機構
長時間正座を続けると、まず足がジンジン・ビリビリ・ピリピリしてくる。さらに正座続けると足の感覚がなくなる。その時、立ち上がろうとすると、足が麻痺しているのにづく。正座を止めて足を崩して休んでいるうちに、またジンジン・ピリピリした感覚がてきて、次に正常の運動機能が戻ってくる。
混合性の末梢神経が機械的圧迫された場合、麻痺の起こり方として、太い神経ほどダメージを受けやすいという性質がある。
①まず脚の触覚を伝達する有髄線維Aβが機能停止し触覚が低下してくる。脊髄での、触覚線維Aβによる、AδとCの痛覚線維の抑制がはずれるので、A線維担当のチクチク感とC線維の担当のジワーっと感が出現する。実際にはAδ症状が前面に出てくるので、C線維症状は意識されにくい。
②正座を続けていると、Aδも機能停止するので、C線維のジワーっとする痛みだが出現する。
③最後に無髄線維も機能停止し、ジンジン・ビリビリという「シビレ」も消失し、まったく「無感覚」になる。
④正座を止めた場合には、この過程の逆を辿る。まず無髄線維が回復して「ジンジ・ピリピリ」が再発し、脚が少しずつ動くようになり、最後に触覚線維による痛線維の抑制機構が回復してくる。
※薬物による神経刺激の場合は機械的刺激と逆になり、細い神経から機能停止する。歯時の麻酔時、痛覚はなくなるが、腫れぼったい感じがする。これは触覚が残るため。
3.絞扼性末梢神経障害 Entrapment Neuropathy
末梢神経が生理的狭窄部位で絞扼されることによって生じる神経障害の総称をいう。
絞扼性ニューロパシーによって、痛み・シビレ感・感覚過敏・感覚鈍麻・脱力感・筋緊・筋力低下・筋萎縮・麻痺などをきたす。
機械的圧迫刺激なので、Aβ→Aγ→C線維の順番に機能停止し、末梢神経分布領域の知覚低下が出現するとともに、ビリビリ、ジンジンといった異常知覚が出現する。機械的刺激が起こるのは、生理的狭窄部であり、そこを押圧することでビリビリとた電撃感を与えられる部位でもある。経穴と一致する部位も多い。
鍼灸治療では、神経を絞扼している筋の緊張を緩める目的で置針することが多いだろう。
1)上肢の絞扼性神経障害の代表疾患と代表穴
前・中斜角筋部→天窓
過外転症候群→雲門
円回内筋症候群→孔最
肘部管症候群→小海
回外筋症候群→手三里
手根管症候群→労宮
2)下肢の絞扼性神経障害の代表疾患と代表穴
梨状筋症候群→坐骨神経ブロック点(=中国流環跳)
外側大腿皮神経痛→維道
ハンター管症候群→陰包
鵞足炎→鵞足部(陰陵泉移動穴)
総腓骨神経絞扼障害→陽陵泉
足根管症候群→照海
4.神経根症
1)神経根症でのシビレ
神経根症では脊髄神経根部の知覚線維と運動線維の両方が機械的圧迫を受ける。これにり神経根周囲の筋が緊張し、デルマトームに従った痛みと知覚低下が出現する。なおこ時の知覚低下は、ジンジン・ピリピリするような異常知覚とは異なり、知覚鈍麻になる。
2)好発する神経根症の部位
頸椎での神経根症は、頸椎椎間板ヘルニアによるものが多く、障害を受ける神経根は、5~Th1の高さのデルマトームに痛みと知覚鈍麻が出現する。腰椎での神経根症は、4~S1のデルマトーム(L5、S1が大多数)に痛みと知覚鈍麻が出現する。
3)神経根症の本治治療点の考察と問題点
症状から侵されたデルマトームが分かるので、障害神経根も推定できる。基本的に障害経根に刺針するのが本治治療になる。かし神経根刺針は腰椎の場合、L4神経根刺針はきても、L5やS1神経根刺針は腸骨の裏にあるので実施困難である。それに加え鍼灸ではX線透視下で神経根刺針を行うわけにいかないので、本当に神経根に鍼先が入ってるかどうかは分からないことである。
針治療でできることは、実際上は神経根周囲刺針だったり、腕神経叢、腰神経叢の筋膜への刺針だったりするだろう。しかしこうした不確かな刺針でも、神経根近くに鍼先もっていくと、上肢や下肢の症状部に放散痛を与えることができる場合が多い。
筋膜注射で有名な木村裕明医師は、根症状の発痛源の多くは、筋膜の重積のようだとい見方をした。「L5の根症状がある場合は、大抵L5/S1椎間関節tの上か下のギザギザ底部にfasciaの重積が見られ、そこに圧痛が出るという。上下の椎間関節を結ぶ、ギザザの底部の筋膜にに針をもっていき、リリースすると下肢に関連痛が出る。出ない場合はちょっと針先を外側にずらすとよい。そこに造影剤を入れると、たいてい神経根に沿っ広がるという。
4)坐骨神経症状の本治的治療点
腰臀部痛と下肢痛を訴える例では、まず坐骨神経痛を考えるが、これには梨状筋症候群椎間板ヘルニアや変形性腰椎症による神経根症の2つに大別できる。
梨状筋症候群の場合、下肢症状は、末梢神経分布に従った痛み+異常知覚である。腰部経根症の場合、デルマトームに従う痛みと知覚鈍麻である。状筋症候群は梨状筋緊張による坐骨神経絞扼膏薬障害なので、下肢症状は知覚麻ではなくジンジン・ビリビリといった異常知覚になる。鍼灸治療は梨状筋に対して刺するとよい。
神経根症には神経根周囲刺針を行う。これは患側上の側腹位にして、L5棘突起の高さ起立筋外縁から腰椎横突起に向けて深刺する。腰方形筋と大腰筋の境界である腰仙筋膜沿って刺針するとこの筋膜刺激による針響、横突起骨膜刺激による針響、神経根の周囲に対する針響などいくつかの要素が重なり、結局下肢症状部への響きが得られることを標にする。神経根症に対する坐骨神経ブロック点への刺針は、下肢症状部への鍼灸と同の対症療法としての価値にある。
参考文献:植村研一著「頭痛・めまい・シビレの臨床 病態生理学的アプローチ」医学院(1987年11月15日刊 )