経穴書には、つぼ名の位置と局所解剖、主治症などが記載されているが、なぜこの症状に使うのかといった根拠は書いていない。しかしこれをブラックボックス化してしまうと、効かなかった場合、反省のしどころも分からないので、自分の治療を改良させることもできない。
「ツボは効くのではなく効かせるもの」という格言がある。結局効かせることのできるツボ、すなわち「手に入ったツボ」の数を増やすことが臨床の幅を広げることにつながる。
ここでは私がこれまでに、手に入ったつもりでいるツボと、その実用的意味を記す。長くなるので、3回シリーズ程度に分けることにする。
1.手三里
1)解剖と取穴
肘を曲げ、肘関節横紋の外側端に曲池をとり、その下2寸で、長橈側手根伸筋と短橈側手根伸筋の筋溝にとる。深部に回外筋がある。なお長橈側手根伸筋の外側には腕橈骨筋がある。
2)臨床のヒント
①腕橈骨筋は、大部分は前腕にあるが、上腕屈筋群に分類され、その作用は肘の伸展なので、テニス肘治療には使わない。長・短側手根伸筋は前腕伸筋群に分類され、その作用は手関節の伸展である。回外筋は前腕を回外させる機能がある。
バックハンドテニス肘の痛みは、長・短橈側手根伸筋とくに短橈側手根伸筋に出現するので、腕橈骨筋に刺針しても効果ない。
②雑巾絞りの動作の過剰負荷では、回外筋の痛みを起こしやすく、やはり手三里から回外筋に刺針する。
橈骨神経深枝は、フロセ Frohse のアーケード(前腕部回外筋入口の部)=手三里を通る。この部は狭いトンネルであり、可動性が少なく、神経絞扼障害が起こりやすい。
2.合谷
1)解剖と取穴
標準的な合谷は、母指中手骨と示指中手骨の間で第一背側骨間筋中に刺入する。
2)臨床のヒント
①合谷は、面疔に対する多壮灸(桜井戸の灸)で有名である。これは顔にできた膿を、合谷を化膿させて膿の出口をつくってやるという解釈だろうと推察する。なので合谷に鍼しただけでは効果が出ない。
②合谷深部の鈍痛があれば母指内転筋症を疑い、第一中手骨内縁に擦りつけるようにして第一背側骨間筋の奥にある母指内転筋に運動鍼を行うのがよい。
③脳血管障害時の手指の痙性麻痺時、合谷を刺入点として小指中手骨方向に深刺水平刺して、掌側骨間筋の緊張を緩める方法があり、これは醒脳開竅法の一技法として知られている。
3.陽谿
1)解剖と取穴
手関節背面の橈側、母指を伸展してできる長母指伸筋腱と短母指伸筋腱の間の陥凹部。
皮膚支配は橈骨神経皮枝。
2)臨床のヒント
長母指外転筋と短母指伸筋は共通の腱鞘に入っている。母指自体の可動性が大きいこともあって、構造的に狭窄性腱鞘炎を起こしやすい。母指に起こる腱鞘炎を、とくにドケルバン病とよび、腱鞘炎のなかで最も高頻度。
腱鞘炎での痛みは腱鞘に起因するが、症状自体は皮膚に放散された橈骨神経皮枝の興奮に起因すると思われる。痛みを訴える部の撮痛点へ局所皮内針が効果的である。
4.郄門
1)解剖と取穴
手関節前面横紋の中央に大陵穴をとる。大陵から上方5寸。長掌筋と橈側手根屈筋の間。
深部に浅指屈筋、深指屈筋がある。
2)臨床のヒント
①浅指屈筋、深指屈筋はともに指の屈曲作用がある。比較的大きな物を握る時は深指屈筋が働き、握力計や比較的握りやすい物を握る時は浅指屈筋が働く。ただ実際には独立して働く事はほとんど無く互いに協調して握力を生み出す。
②母指を除く4指のバネ指は、浅・深指屈筋腱にできた結節が、両腱共通の輪状靱帯を通過できなくなった状態である。もし浅・深指屈筋が弛緩・伸張した状態では結節が腱鞘に入らなくても指伸展が可能となると考え、前腕屈筋側中央に心包経の郄門をとり、その高さの心経ルート上を刺入点とし、浅指屈筋または深刺屈筋中に至る斜刺を行ない、置針した状態で、母指を除く4指の屈伸運動を行わせる。
③母指バネ指は、長母指屈筋腱にできた結節が、輪状靱帯を通過できなくなった状態である。
本腱の過伸張は、長母指屈筋の過収縮によると考え、郄門の2~3㎝橈側から長母指屈筋へ刺入し、母指屈伸運動を行わせると効果的である。ただし長母指屈筋に刺入することは、深浅指屈筋に刺入するのと比べ、マトが小さいので難しい。