1.天柱と上天柱
1)解剖と取穴
天柱:C1後結節-C2棘突起間の外方1.3寸。直刺では僧帽筋→頭半棘筋に入る。
上天柱:後頭骨-C1後結節突起間の外方1.3寸。直刺では僧帽筋→頭半棘筋→大後頭直筋に入る。
※後頸部の僧帽筋は薄いので、頸部運動にはあまり関与せず、臨床上は無視できる。僧帽筋の主作用は肩甲骨を動かすことにある。僧帽筋は肩甲骨を引き上げるためにある。
2)臨床のヒント
天柱
①大後頭神経(C2後枝)は上後頸部の筋を広く運動支配し、また後頭~頭頂を皮膚支配する。天柱から深刺すると時に後頭~頭頂に響くのはこのため。
②頭・頸半棘筋は後頸部にある太い筋で、頭の重量を支える働きがある。本筋が弱ければ、前を見ることもできない。頭・頸半棘筋は、後頭骨から頸椎後部を縦走しているので、天柱だけでなく、頸椎~上部胸椎の一行刺針でも 頸部痛の治療として有効になる場合がある。
上天柱
①後頭下筋(大・小後頭直筋と上・下頭斜筋)群の役割は、頸椎に対して頭位のブレの調整である。この機能により歩きながらでも前方を注視することが可能になる(デジカメの手ぶれ補正機能のよう)。
②後頭下筋の特徴的な動きは、C1-C2間の大きな左右回旋(左右とも45°)と、後頭骨-C1間の顎引き・顎出し動作である。これらの可動性低下の場合、後頭下筋に刺針する。
③C1後枝(=後頭下神経)は後頭下筋を運動支配し、知覚神経は支配しない。ゆえに後頭下筋は凝ることはあるが痛まない。しかしすぐ浅層に大後頭神経があるので、これによる痛みやコリが出現することはある。
④三叉神経の一部(三叉神経脊髄路)は橋から出て、いったん上部頸椎の高さの脊髄まで下ったのち、再び上行して三叉神経節に至る。このような解剖学的特性により、C1~C3頚神経後枝(主に大後頭神経)が興奮すると、それが三叉神経(とくに眼神経)を興奮させる。これを大後頭三叉神症候群とよぶ。ほぼ上天柱深刺がトリガーポイントになる。
⑤天柱から緊張した大後頭直筋を刺入するためには、この筋を伸張させた肢位にして行うと効果が増大する。この対応として頭蓋骨を抱きかかえての天柱刺針することを思いついた(下の2枚目の図)。患者を椅坐位にさせて床を見させる。治療者は患者の頭を施術者の前腕内側と心窩部でスイカを抱きかかえるような格好で頭蓋骨を保持する。その姿勢のまま、天柱・上天柱などから深刺する。強刺激したい場合、術者の膝の屈伸をしつつ、針を雀啄するようにする。
2.風池と下風池
1)解剖と取穴
風池:後頭骨-C1棘突起間の外方2寸。上天柱と同じ高さ。直刺では頭板状筋に入る。上頭斜筋はかなり深部にあるので刺激するのは難しい。
下風池:C3棘突起の外方2寸。直刺では頭板上筋に入る。
2)臨床のヒント
①風池の深部には小後頭神経(C2C3前枝)がある、小後頭神経は筋を運動支配せず、側頭部皮膚を知覚支配。ただし小後頭神経痛患者が来院することはまれ。
②頭板状筋は、C1-C2間が大きく回旋させる機能があって、これにより顔を左右に回旋させることができる。「首が回らない」という症状には、まず頭板状筋の緊張を考える。
③頭板状筋への刺針では、解剖学的に風池よりも下風池が適している。
④首の回旋障害に対しては下風池に刺針するが、これには頭板上筋を伸張させた体位にさせて刺針すると効果が増す。たとえば右の下風池に刺針する場合、左に顔を最大限回旋させ、術者の肘と前腕で頭を抱える。この状態で刺針する。
3.天鼎
1)解剖と取穴
喉頭隆起の外方3寸。胸鎖乳突筋中に扶突をとる。扶突の後下方1寸で胸鎖乳突筋の後縁に天鼎をとる。(最新の学校協会教科書では別位置)
2)臨床のヒント
①頸椎部からは頸神経が出る。頸神経前枝はC1~C4が頸神経叢に、C5~Th1が腕神経叢にグループ化される。頸神経前枝障害における代表刺激点は天窓になるが、臨床的に天窓を刺激する機会は多くはない。腕神経叢の障害は臨床でよく遭遇するので、天鼎刺針を使う頻度は高い。
②上肢症状があれば、腕神経叢(C5~Th1)症状の有無を確認する。上肢症状がデルマトーム分布に従っていれば神経根症を、末梢神経分布に従えば胸郭出口症状群をまず考える。
なお胸郭出口症候群では前斜角筋症候群の頻度が高く、本症では前斜角筋刺針を行うが、鍼灸臨床で両者は同じような刺針になる。
③天鼎から腕神経叢に刺針することは難易度が高いが、習熟するとまず失敗することなく上肢に放散痛を与えられるようになる。
4.大椎・肩中兪・治喘・定喘
1)取穴と解剖
大椎:坐位にてC7Th1棘突起間
肩中兪:座位にてC7Th1棘突起間に大椎をとり、その外方2寸。やや内方に向けて4㎝程度刺入すると腕神経叢を刺激できる。
治喘:大椎の外方5分
定喘:大椎の外方1寸。中国からわが国に入ってきた知識としては治喘の方が先だと思うが、学校協会の経穴教科書内容(定喘はあるが治喘は載っていない)のせいか、近頃は治喘よりも定喘の方が知られるようになり、定喘を治喘と同じく大椎の外方5分と取穴することがむしろ普通となった。
2)臨床のヒント
①大椎と肩中兪の刺激意味は似ているが、大椎は下にすぐ脊椎があるので施灸するのに適し、肩中兪は腕神経叢刺激する場合、刺針が用いられる傾向にある。
②ペインクリニック科では頸部交感神経興奮の鎮静化や頭頸部の血流改善の目的で、頸部交感神経節ブロック(=星状神経節ブロック)が行われているが、鍼灸治療では星状神経節刺針の代わりに肩中兪深刺を用いることがある。星状神経節と肩中兪の高さはほぼ同一であるから、肩中兪深刺は星状神経節に影響を与えている可能性がある。そうであるなら肩中兪深刺の適用は星状神経節ブロックと同様に広範囲となる。具体的には 頸椎疾患、頸肩腕症候群、胸郭出口症候群、顔面神経麻痺、三叉神経の帯状疱疹後神経痛など。
③大椎付近は心臓の交感神経反射が出やすい部位。心疾患の体壁反応は、交感神経興奮に由来するが、交感神経反応→交通枝→体性神経反応と連鎖し、Th1~Th4デルマトーム領域の体壁に、圧痛や硬結反応を重視する。針灸の治効機序は、脊髄神経刺激→交通枝→交感神経へ影響を与えるとされている。体壁を刺激することで心臓症状(動悸、左胸部圧迫感)は軽くなることもよくあるが、これで心疾患が真に改善したとはいえないだろう。
気管支喘息時にも大椎や肩中兪を使うことは多い。気管支喘息時、起座姿勢で呼吸が楽になることは多いが、これは交感神経緊張の姿勢をするからで、これが気管支拡張作用をもたらす。
これに術者は気をよくして上背部に強刺激を続けると、その時は楽になって患者から感謝されるが、その晩に激しい喘息発作が起きることに注意すべきである。これは玉川病院入院患者の治療にあたって幾度となく経験した。振り子を、意図的に大きく動かすと、その反作用として反対方向の振れ幅も大きくなる。すなわち強い副交感神経緊張が起きやすくなるので喘息発作を起こしやすくなる。振り子は小さく動かすべきだという教訓である。
④治喘や定喘も、大椎や肩中兪と同じく、気管支喘息時の喘鳴・咳嗽・呼吸困難に施術することが多い。坐位で強刺激を与えるのがコツで、交感神経優位に誘導することで気管支を拡張させるねらいがある。坐位で#3~#5針にて、3㎝刺入し強刺激の雀啄。この間患者に命じて軽く数回呼吸させる。
代田文誌「針灸臨床ノート④」を見ると、面白いエピソードが載っていた。代田文誌が風邪で、いつまでたっても咳と咽痛が続いている時があった。そこで1979年発行中国人民解解放軍瀋陽医院編「快速刺針療法」で知った治喘に刺針することを試みた。自分自身では針を刺せないので、息子の文彦氏に打ってもらった。すると針を脊柱にって下方に向けて1.5寸ほど刺入すると、響きは脊柱と平行に5寸ほど下方にとどいた。抜針して今度は1寸直刺すると頚の方から咽の方に達した。その後まもなく咽が楽になり咳が鎮まってきた、とのこと。