腹部のツボというと心下痞硬に対する中脘や巨闕、あるいは胸脇苦満に対する右期門などが代表的なところである。このようなツボを使って日常的に施術しているわけだが、実は「よく効いた」とする手応えがない。
自信をもって治療に使っているという腹部のツボは以下のようであるが、意外と少ない。
1.帯脈、淵腋、大包
1)解剖と取穴
①帯脈:中腋窩線の下で臍の高さ。L2棘突起の外方。浅層に外腹斜筋、中層に内腹斜筋、深層に腹横筋がある。
②淵腋:第4肋間。中腋窩線の下3寸。
③大包:第6肋間。中腋窩線の下6寸。
2)臨床のヒント
①上殿部痛で来院する患者は非常に多い。これはメイン( Maigne)症候群とよばれ、Th12/L1椎体接合部に生じた力学的ストレスにより脊髄神経後枝外側枝が興奮した結果、その走行上の痛みとして生じたものである。治療はTh12/L1棘突起直側に深刺して棘筋・回旋筋に当てれば速効することが多い。
これと同じ原理で、中背部の痛みを訴える患者で、帯脈に圧痛や撮痛がある場合(患者は,通常この部に圧痛あることを意識しない)、Th9椎体直側に深刺することで、この中背部の痛みを改善できることが多い。すなわち帯脈は治療点ではなく、診断点として役立つ。
②帯脈と同じ意味合いのものとして、淵腋や大包がある。淵腋や大包に圧痛を認めれば、C7/Th1棘突起直側(=治喘穴)に深刺すると、頸椎の可動域が増す。
2.秘結穴(左腹結移動穴)、便通穴(左腰宜)
秘結穴
1)解剖と取穴
秘結穴は、木下晴都『最新針灸治療学』医道の日本社刊に載っているツボである。左腹結部位(臍の外方3.5寸に大横をとり、その下方1.3寸)では効果が期待できないと記している。仰臥位、左上前腸骨棘の前内縁中央から右方へ3㎝で脾経上を取穴する。
2)臨床のヒント
3~4㎝速刺速抜する。この刺針は、鍼先が腹膜に触れるため、約2㎝は静かに入れて、その後は急速に刺入し、目的の深さに達した途端に抜き取る、と木下は記している。本穴は腸骨筋刺激になっているだろう。
※森秀太郎著『はり入門』には、左府舎から寸6#6でやや内方に向けて直刺すると10~30㎜ほど刺入すると、下腹部から肛門に響きを得る、と記されてる。左府舎からの直刺は下行結腸に入れるというより、その外方にある腸骨筋に入れて響かせることを意識していると思われた。腸骨筋は大腰筋の影にかくれて一見目立たない筋だが、骨盤内では意外なほど広い体積を占めている。
私は、弛緩性便秘に対して左府舎に2寸#4を使い、腸骨筋の筋緊張部に当て、腸骨筋を緩めることを目標に雀啄を行って抜針している。
便通穴
※本穴は腰部に?あるが、便秘の治療という効能をもつので、腹部編に入れた。
1)解剖と取穴
便通穴とは木下晴都が命名した。L4棘突起左下外方3寸。腰方形筋の外で、腸骨稜縁の直上を取穴。やや内下方に向けて3㎝刺入。
2)臨床のヒント
下行結腸(盲腸や上行結腸も)は後腹膜に固定されている。横行結腸・S状結腸は腸間膜を有し可動性がある。腰方形筋の深部にあるので腰部から直刺深刺すると内臓刺が可能である。
下行結腸を刺激する目的として、左腰宜(ようぎ=別称、便通穴(別名、左腰宜)を刺激する。
森秀太郎著「はり入門」には、「深さ50㎜で下腹部に響きを得る」とある。腰方形筋または下行結腸内臓刺になる。弛緩性便秘に有効。
上行結腸と下行結腸の内縁には腎臓(h12~L3の高さ)があるので、下行結腸に刺入する際には、腸骨稜(L4の高さ=腸骨稜上縁)から実施することで、腎臓に刺入するのを回避できる。
3.中極
1)解剖と取穴
下腹部白線上、臍下4寸。曲骨の上1寸。
2)臨床のヒント
中極から2~3㎝直刺すると、陰茎に電撃様針響を与えることができる。これは陰茎背神経を刺激していると思われる。陰部神経は、S2~S4 脊髄から出て、肛門・陰嚢・陰茎などを知覚・運動支配する。陰茎を知覚支配する陰茎背神経は、下腹部の白線あたりを上行しているのであろう。適応症は冷えによる膀胱炎様症状(排尿終了時痛、頻尿)に効果ある。(尿白濁、細菌尿があれば抗生物質使用)
中極から肛門に響かせるのは困難である。会陰刺針は別として肛門に響かせたいのであれば、3寸中国鍼を用い、陰部神経刺針(S2後仙骨孔の高さで仙骨外縁から深刺)を行うとよい。陰部神経刺針の適応は広く、痔疾、肛門奥の痛み(慢性前立腺炎?)、脊柱管狭窄症による間歇性跛行などに有効。