私の膝関節治療の方法は、現在ではi以下の 1~4 のように場合分けされシンプルになってきた。これまでブログで発表してきたことなのだが、個々の技術の誕生には時間差が相当あるので、まとめて紹介することはできなかった。以上に加え近頃、膝蓋骨両縁(内膝蓋、外膝蓋)の痛みを訴える患者に対して効果的な方法を発見したので、5・6の項を追加し併せて説明する。
同種の内容に、筆者が3年前に発表した「膝OAに対する鍼灸治療 Ver.2.0」がある。これも併せてご覧いただきたい。
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/870c279ba4b953cc9c8193fa0b273992
1.鶴頂の圧痛(+)時 <大腿直筋停止部症>
診察:膝蓋骨あたりに痛みを訴えた場合、仰臥位で膝を立てた状態で、膝蓋骨上縁(鶴頂穴)をさぐってみる。
治療:強い圧痛があれば、この姿勢で鶴頂に速刺速抜+施灸する。
(体位的に不安定なので置針は難しい)
治療効果:多くの場合、治療直後から痛みは半減する。
アセスメント:大腿直筋の膝蓋骨停止部の筋膜症が、膝蓋骨前面の痛みを感じている。大腿直筋をできるだけ伸張させた体位で、その圧痛ある停止を刺激することで、大腿直筋が緩む。この治療機序は、生理学的にⅠb抑制を利用している。
2.内膝眼、外膝眼の圧痛(+)時 <膝関節包過敏>
診察:膝蓋骨下縁と脛骨がつくる左右の陥凹(内、外膝眼穴)を、押圧して痛む場合。
治療:立位にして圧痛ある内外膝蓋に直刺し、膝関節包を刺激。速刺速抜する。
(体位的に不安定なので置針は難しい)
治療効果:多くの場合、治療直後から痛みは半減する。
アセスメント:内、外膝眼の直下には筋組織がない。直刺すると、皮膚→膝蓋下脂肪体→膝関節関節包と入る。しかしながら仰臥位で内、外膝眼に刺入しても針響はあまり起きない。というのは仰臥位では膝関節包はゆるんだ状態にあるため。立位にすると上体を支持しようとして四頭筋は収縮し、膝蓋骨が上に移動する。この時膝関節包も緊張する。
この状態で内外膝蓋に刺入すると、膝関節の奥に響くようになり、再現痛が得られ治療効果があかる。
3.鵞足の圧痛(+)時 <鵞足炎>
診察:仰臥位で鵞足部をつまんで(撮診して)、明瞭な撮痛がある場合
治療:撮痛点数カ所に印をつけ、この部に円皮針数カ所を置く
治療効果:多くの場合、治療直後から痛みは半減する。歩こうとすると鵞足が痛くて、実際には歩けない者であっても、治療直後から歩行可能になることもある。
アセスメント:鵞足部皮膚を走行するのは伏在神経(大腿神経の分枝で皮膚を知覚支配)で、この皮膚の痛みが症状をもたらしている。皮膚の痛みの有無は、押圧するより撮診するほうが把握できる。また皮膚の痛みなので、皮内針・円皮針の方が適している。
4.委中の圧痛(+)時 <膝窩筋腱炎>
診察:膝裏部中央が痛む者に対し、膝関節90度屈曲位にして膝窩(委中穴)あたりを深々と押圧した際、委中付近に2~3カ所膝窩筋の硬結があり、硬結を押圧すると非常に痛がる。これをもって膝窩筋腱炎と判断する。
治療:膝関節90度位(四つん這い、または膝立ち)にし、圧痛ある委中あたりの膝窩筋の硬結数カ所に刺針。速刺速抜。(体位的に不安定なので置針は難しい)
伏臥位で、症状部である委中に刺針してもスカスカした感じになり、筋緊張部に刺入したという感触は得られず、当然治療効果もない。要するに膝窩筋を収縮させた体位で見いだした圧痛硬結に刺入すべきである。
治療効果:多くの場合、治療直後から痛みは半減する。
アセスメント:膝窩筋の機能は、膝関節完全伸展位(体重は骨で支持しているので、筋への負荷は少ない)から膝屈曲動作へチェンジする際のスターターである。もし膝窩筋が存在しなかったらスムーズにひざが曲がり始めないので歩行動作はギクシャクしたものになる。膝窩筋が緊張した結果、膝の完全伸展しづらくなり、立位を保つために四頭筋の緊張を強いられることになろう。逆に四頭筋が過緊張状態にあれば、代償的に膝窩筋も筋腸することになる。
5.膝蓋骨内縁の圧痛(+)時 <内側広筋付着部症>
※30年ほど前、出端昭男氏が「診察法と治療法」という本を医道の日本社から出版した。これは現代医学をあまり勉強してこなかった鍼灸師向けに書かれたようであって、初学者が独習するには適した本だったと思う。しかし当時の本にありがちだか、本書にも取穴根拠には触れていなかった。すなわち疾患ごとの病態生理の次にどこそこに鍼灸治療をするという結論を示すにとどまっていた。この膝蓋骨内縁の圧痛部への刺針は、<大腿膝蓋関節の間隙に入れるように刺針する。ただし直刺すると骨にぶつかるので、斜刺するようにする>と書いてあった。そういうこなのかと思い、大腿膝蓋関節内へ斜刺してみたが、大した効果は得られなかった。
※私が出端先生に最初にお目にかかったのは、私が医道の日本社新宿支店に勤務していた頃で、戸部雄一郎専務(当時)に渋谷区宇田川町の「宇田川針灸院」に連れて行ってもらい、オートクレーブの使い方を見せてもらった時だった。鍼の滅菌にはオートクレーブが必要だという認識が生まれた頃だった。すでに戸部雄一郎・出端昭男両氏ともお亡くなりになってしまわれた。
なぜ今頃になってこのようなことを思い出したのかというと、今では膝蓋大腿関節の内側中央間隙部の痛みは、この部の関節包に由来する痛みではないと考えるに至ったからでである。これも結局のところ大腿四頭筋とくに内側広筋の過緊張に由来すると思うようになった。
診察:膝蓋大腿関節の内側中央の間隙部(内膝蓋穴)が痛み、圧痛がある。大腿骨圧迫テストでガリガリした感触を感ずる。
治療:仰臥位で、膝屈曲位にし、大腿四頭筋を伸張状態にする。この姿勢で内側広筋の圧痛を調べる。なお内膝蓋穴は内側広筋停止部と考えることにする。調べる圧痛は、下血海・血海。陰包など。圧痛点を術者が強圧し、強圧した状態で、膝関節の自動運動を10回速度で行わせる。その後立たせ、治療前の痛みとの違いを比較させる。軽くなっていれば、強圧した部に運動針を実施。変化ないようであれば、内側広筋上の別の圧痛を見出し、同様の施術を実施。
治療効果:本治療は最近発見し、実施したのは一例であるが、治療直後に痛みは消失してた。この患者の以前の治療は、内側の膝蓋大腿関節の間隙に置針(いわゆる局所治療)したが効果を感じなかった。
アセスメント:内側広筋の部分的筋緊張により、内側広筋が短縮して膝蓋骨内側縁を引っぱり上げた状態。これにより膝蓋骨の位置がずれ、大腿膝蓋関節の不適合に発展した。
上記治療により、その逆の機序が働き、大腿膝蓋関節が適合するまでになったと推察した。
外膝蓋の圧痛の場合も、これと同じ考えが適応できるだろう
6.打撲直後に生じた膝関節外側裂隙(外隙穴)の痛み(66才、男 自験例) (追加)
2週間ほど前、自転車の運転操作を誤って左側に転倒。転倒の際、左外膝部を擦過傷を生じたが、他に症状は感じなかった。しかし翌日から、左膝を深く屈曲した時や、下腿を左右にひねった際(あぐらをかこうとして膝を曲げた際)、左膝外側の深部にひきつれ様の痛みを感ずるようになった。膝関節周囲の圧痛を調べたが、弱い圧痛を外隙穴部のみで他に圧痛は発見できなかった。この痛みは受傷後14日経ても軽減しなかった。
①外傷後に発症、②圧痛が外隙穴部にあった、③筋肉痛様ではなく、14日経っても症状は軽減しなかったことなどから、当初は外側半月板断裂を疑い、憂鬱になった。
とりあえず、左外隙へせんねん灸(強)を3壮行ってみた(透熱灸を自分でするのは部位的に困難だった)が、症状に変化なし。外膝蓋部の痛みに外側広筋への鍼灸が有効なことを思い出し、外側広筋の圧痛を探ってみると、梁丘から伏兎にかけて胃経に沿って10㎝ほど筋走行に沿って強い圧痛のあることを発見。椅坐位で、それらの圧痛点を強圧しつつ、膝屈伸運動を10回ほど行った。するとその直後から、左膝屈曲時の痛みや、左右にひねった際の痛みは半減した。このことから外隙奥に感じる痛みの真因は外側半月分損傷ではなく、外側広筋のトリガー活性であることがわかり、ほっとした次第である。また外膝蓋の痛みと外隙間の痛みは、ともに外側広筋のトリガー活性で生ずることのあることを認識した。