60歳女性で、片方の膝を曲げる度にバキンバキンと骨が折れるのではないかと思うほど大きな音がするとのことで来院した。タナ障害と診断したが、治す方針がたたず四頭筋をゆるめるような施術や四頭筋を鍛える運動法の指導をしたが、意外なことに3回治療2週間程度で自然に音がしなくなってしまった。以前に診たタナ障害は半年程度治療が必要だったので、これはうれしい誤算なのだが、反面残念でもあった。というのは、今度来院した時、試してみようと準備していた運動法があったからだ。今回、その運動法も紹介する。
1.タナ障害の概要
1)タナとは何か
膝関節は発生途中でいくつかの滑膜による隔壁で分割されているが、生下時には単一の関節腔となる。この滑膜隔壁のなごりを滑膜ヒダ(=棚 タナ)といい、この障害をタナ障害(=滑膜ヒダ症候群)という。成人でも約半数の者の滑膜はヒダ状になっている。これがタナだが、押圧しても痛まない場合、治療の対象とならない。タナの存在自体は障害の原因にならない。
これまでタナ障害かもしれないと思った病態を何例か診てきたが、もうひとつ診断に確信がもてなかった。タナのイメージがつかめない。まあこれが独学の欠点になる。そうした思いでいた時、何となく自分の右膝蓋骨の内下方縁の下方一横指の部の大腿骨関節面を指頭で圧をかけながら上下に動かしてみると、圧痛はないがグリグリとした可動性のある膜を触知できた。タナとはこのことなのかと思った。ただし圧痛はないので悪さはしていない模様。
2)病態生理と症状
軽微な外傷(打撲や捻挫など)や膝の過使用によるタナの慢性反復刺激により、滑膜ヒダが肥厚し、膝の曲げ伸ばしの際に関節の間に挟まったり摩擦されたりして炎症を起こすことがある。これが誘因となって、膝の屈伸でタナが膝蓋骨と大腿骨間に挟み込まれた時、バキッという音(必発)が生じる。痛みを伴う場合、「タナ障害」と診断される。確定診断は関節内視鏡による。
3)タナ障害の整形治療
保存的治療が原則。鎮痛剤、温熱療法、大腿四頭筋のストレッチを指導(筋力増強を目的としてない)。これで改善しない例では関節鏡視下でのタナ切除術を検討するが、関節滑膜切除の外科手術に至るケースはまれ。
2.治療院でのタナ障害の運動療法
1)関学氏の運動療法
関学氏(柔整師)は、独自のタナ障害改善の運動療法 を考案した。
①立位、痛い側を前にして股を大きく前後に開く。
②患側の下腿と床は直角(上体は前へ行き過ぎない)。膝を軽く屈曲。健側の後足は踵を浮かす。この時、患側の大腿軸の延長上に膝蓋骨が位置するようにする。膝蓋骨が内旋(内側に寄る)しないように注意する。
③両手指を重ねて膝蓋骨の上を押さえ体重をかける。この時腰をやや低くし、上半身の重体重を乗せて前方に移動する。(膝を後に引かない!)
④後足を半歩前へ移動。再び③の動作を実施。③④の動作を1回として、計5回実施。
⑤直後からひっかかり感が軽くなることが多い。2週間は集中的に行わせる。
日常生活の中にも、こうした動作を組み込み、何回と なく行うようにすること。
2)私の考察
この運動は四頭筋の筋力強化を目的とせず、膝蓋骨を足方向に強く圧迫することで、大腿四頭筋を伸張しているようであった。この筋が伸張すると、膝の曲げ伸ばしの際にも、膝蓋骨間に挟まったタナに加わる力が減少すると思えた。
このアイデアは、かつて代田文誌が昭和8年に発表したバネ指に対する運動療法に似ていると思った。以下は本からの引用。
屈曲した指関節を補助することなく自分で再伸展できるのであれば、鍼灸治療効果が期待できる。手関節掌側部の腱のところを、術者の母指で強く圧迫し、その状態で患者に指を全力で十回~数十回屈伸(グーパー)するよう命じる。
すると今まで自力では屈伸できなかった指が、突然に自力で屈伸できるようになる。
関学氏はこれと同じことを大腿四頭筋で実施しているのではないだろうか。大腿四頭筋は強大な筋力をもっているので、両手で四頭筋の停止部を圧迫しつつ、同筋のストレッチをするのでなければ間に合わないのだろう。