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いわゆる胃に響かせる鍼の正体と技法 ver.2.0

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一般的に針響の多くは、体壁に針響を与えるものであり、内臓には響くような響きはめったにないことである。しかしとくに督兪・膈兪付近からの刺針は、横隔膜に分布する知覚神経(=肋間神経)に影響を与えるとされ、いわゆる胃に響く針として使われることも少なくない。「胃の具合が悪い」と訴える患者に対し、刺針して胃のあたりに響かせることがでれば、患者にとって非常に説得力をもつ治療になる。ただし横隔膜に影響を与えるという話は真実なのだろうか? 

1.督兪穴刺針の響き

私の師匠であったD先生は、督兪(教科書的にはTh6棘突起下外方1.5寸だが、実際の取穴はTh6棘突起下外方1寸前後をとる)からの刺針で、横隔膜~胃あたりに確実に針響を誘導することができる人だった。私みずから被験者となって何度となく督兪刺針を経験させていただいた。1寸前後の一定の深さまで刺入した直後は、何も響かない。しかし鍼を細かな雀啄を続けているうちに次第に横隔膜中心部~胃あたりにするが気持ちよいチクチクする感じが出てきて、次第に広がる感じがするものだった。

このような督兪刺針の針響は、針響過敏者に対する響きとして記録された(長浜善夫・丸山昌朗による)。これほど極端ではないが、通常体質者でも、心窩部~胃に響く感じが得られる。
        

 

 2.柳谷素霊<五臓六腑の鍼>の膈兪の鍼

督兪の響きと同様の内容は、柳谷素霊著「秘法一本鍼伝書」中の<五臓六腑の鍼>の<膈兪一行の鍼>(Th7棘突起下で、棘突起から外方1寸)に似ている。督兪と膈兪の場所自体も1寸しか離れていない。

 

 

3.森秀太郎による膈兪・肝兪・脾兪から心窩部~胃に響かせる針(森太郎「はり入門」医道の日本社より)

膈兪以上の高さの背部兪穴は正座させて取穴刺針し、肝兪以下の高さの背部兪穴は、伏臥位で取穴刺針している。胃部の痛みがはななだしいときは、背を丸めて膈兪・肝兪・脾兪などの経穴で圧痛のはなはだしいものを選び、刺針し雀啄法を行う。内側に向けてやや深く刺入すると心窩部に響き、胸がすいてくる。(以下略)
胃部に突然急激な痛みが起こり、しばらくしていると一時楽になるが、また痛くなるのを一般に痙攣性胃痛という。胆石疝痛、胃炎、胃潰瘍、回虫症などがあって原因はさまざまだが、(中略)まずは痛みを止めることが先決である。
止める方法は急性胃炎の場合とよく似ているが、脊柱の両側とくに膈兪、肝兪・脾兪などの経穴で圧痛の顕著なところを選び、5~6号のやや太い豪針で胃部に響くような雀啄法をしていると痛みが和らいでくる。


4.どうしたら胃に響かせることができるのか。

胃に響かせる鍼の技法は四十年にわたる私の課題だったが、最近自分なりに納得できる結論を出すことができたようだ。

1)実際は胃に響いているのではなく、横隔膜外周を支配するTh7~Th12肋間神経に響いている。しかし正確な表現をすれば、肋間神経の興奮ではなく、短背筋トリガー活性による放散痛を肋間神経痛だと誤認した結果である。短背筋群は脊髄神経後枝支配であるが、これらの筋膜を刺激すると、あたかも前枝領域に響くような放散痛を生ずる。

 

2)要するに短背筋筋膜(半棘筋、多裂筋、長・短回旋筋)に刺入すればよい。それには棘突起の外方2㎝(1㎝でも3㎝でも不可)から直刺し、短背筋群の筋膜の重積部(筋が固く感じるところ)あるいは胸椎骨膜にぶつかるまで刺入する。響きを確実に得るには、次の技法を使う。

①胸椎や上部腰椎では寸6鍼でよいが、下部腰椎では2寸針が必要になる場合がある。太い鍼の方が響かせやすい。初心者は#4~#8の鍼を使うとよいが、熟達すると#2程度の鍼でも響かせることができる。

③腹臥位よりも座位で施術する方が響かせやすい。これは上体支持のため短背筋群も緊張しているからだろう。

③固い筋にぶつかったら、その筋にビブラートをかけるように細かな雀啄を10秒間以上行う。雀啄直後はあまり響かないが、波紋が広がるように、次第に広範囲に響いてくる。

 

3)MPSの第一人者として知られる木村裕明医師は、根症状の発痛源の多くは、ギザギザ底部の筋膜の重積(筋膜の厚い積み重なり)によるかもしれないという見解を示した。
たとえばL5の根症状がある場合、L5/S1椎間関節の上か下のギザギザの底部に筋膜の重積が見られることが多く、そこに圧痛が現れる。
MPS治療は、上下の椎間関節を結ぶ、棘突起から外方2㎝のギザギザの底部の筋膜に針をもっていき、そこを緩めるようなブロック注射をすると下肢に関連痛が出る。
  

 

5.典型症状に対する短背筋群への深刺の適応例

これまで脊髄神経前枝症状だと考えられた病態も、実は後枝支配の短背筋刺激で解決できる場合がある。
ただし神経根症状への施術はさすがに無理で、対症療法として神経叢刺針を行うほかないようだ。上肢症状であれば天鼎、腰~殿~大腿症状であれば外志室から刺針し、症状部に響かせるようにする。神経支配領域の筋力低下や腱反射などに異常が認められないような神経根症状もどきに対しては、短背筋刺針は効果がある。

1)特発性肋間神経痛
座位。寸6#4程度の針を使い、肋間神経痛を生じている前枝と同じ高さの、棘突起外方2㎝にある短背筋へ深刺雀啄し、症状部へ響きを送る。

2)大腿前面痛
座位。2寸#4程度の針を使い、L1~L3レベルの棘突起外方2㎝から深刺雀啄し、症状部に響きを送る。

3)上肢痛
座位。大椎穴(C7、Th1棘突起間)の外方5分。(実際には外方2㎝の方がよい)
※現在では治喘よりも定喘の方が知られるようになった。定喘は大椎の外方1寸とする説が有力だが、外方5分とする考え方もあり、治喘の位置と区別がつかなくなった。

#3~#5針にて、治喘から3㎝刺入し強刺激の雀啄。この間、患者に命じて軽く数回呼吸させる。

代田文誌の自験例として次のエピソードが記載されている。感冒による咽頭痛と咳で非常に消耗していた文誌が、ご子息の代田文彦(当時医学生)に針をしてもらった。この刺法は、中国の<快速刺針法>に載っていたもの。治喘から刺入し、針を脊柱にって下方に向けて1.5寸ほど刺入すると、響きは脊柱と平行に5寸ほど下方にとどいた。抜針して今度は1寸直刺すると頚の方から咽の方に達した。その後まもなく咽が楽になり咳が鎮まってきた。(代田文誌「針灸臨床ノート④」)   

似田のコメント:大椎や治喘の治効は、頸部交感神経を興奮させることで副交感神経亢進を是正することに意義があると説明されてきた。これは気管支喘息で喘鳴状態の際、患者は呼吸苦を少しでも和らげようと、上半身をベッドから起き上がる(起座呼吸)。これは無意識的に交感神経緊張状態にしようとする行為である。

大椎外方2㎝から深刺して短背筋群中に刺入することは、短背筋に上肢へと放散痛を生ずる。これはあたかも天窓刺針のように腕神経叢を刺激したかのようになる。

   
   


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