以前、「筋膜(ファッシア)の問題点の整理 ver.2.0」題したブログを発表したが、鍼灸臨床にあまり関係ない内容を削除するとともに、臨床的側面を追加し、新たに、上記タイトルとして整理することにした。
1.ファッシアとは
これまで慣習的に筋々膜性疼痛という言葉が使われたが、筋肉は痛まないので現在では筋膜性疼痛という用語に変化した。そして筋膜性疼痛を起こす病態のことを筋膜性疼痛症候群(MPS:Myofascial Pain Syndrome)とよぶ。MPSは、筋膜トリガーポイント(TP:Trogger Point)によって引き起こされる知覚・運動・自律神経症状を呈する。筋肉から生じる関連痛は、1938年にケルグレム John Kellgren により報告された。1988年には、トラベル Janet G.Travellと共同研究者の David G.Simons がMPSの概念を書籍にした。
わが国の医学者は、fascia(ファッシア)を筋膜と和訳したものだが、これは後々誤解を生じる元となった。fascia はラテン語の fascis(ファスキス)「束」を意味する。意訳すると、人体における様々な構造物を「包むもの、隔てるもの」になる。その代表が深層筋膜であるが。皮下組織中には浅筋膜(浅層ファッシア)がある。
2.浅層ファッシア(=浅筋膜、皮下筋膜) Superficial fascia
「膜」といえば、筋を包む膜(=深筋膜 深層ファッシア)のみを考えがちであるが、皮下組織を包む膜もあって、これを浅筋膜(=浅層ファッシア)とよぶ。浅層ファッシアは、皮膚と筋の間にあり、互いに絡み合ってネットワークを形成しているので、どこか一か所を引っ張ること、全体的な緊張やバランスに影響をあたえる。
皮膚をオーバーコートと仮定すると、浅層ファッシアはコートの裏地のようなものである。皮膚と筋の間のスライドを援け、外部からの圧力に対して筋肉を保護する。もし浅層ファッシアがないとなれば、コートはゴワつくので着心地が悪いものとなる。
浅筋膜は広大な面として広がるので、個々の筋応じた深筋膜と箱となり。頭部・頚部・胸部とった身体区分で分ける。
3.浅層ファッシアへの刺激手法
1)挫刺針(塩沢幸吉著「挫刺針法」医道の日本社、1967より)
塩沢幸吉創案の挫刺針法は、この浅層ファッシアの癒着を剥がすので効果があると考える者がいる。塩沢は「挫刺針法とは、挫刺に適する針先が「J 」の字になっている特殊な針を使用し、表皮・真皮及び皮下組織の一部を極めてミクロな状況下において刺切し、挫滅することによって、‥‥」と記している。この治療は患者に強い痛みを与えるので、コリの強い者に対する最終手段として行うようだ。
塩沢の症例報告:右側の背部から肩頚部に強度の疼痛を発し、さらに右上肢に強い倦怠を訴えて通院する慢性胃炎の患者の鍼灸治療を1年2ヶ月色々な方法で治療してみたが疼痛は一向に軽快しなかった。しかし皮下組織とおぼしきところまで数回にわたって線維を引き出しては切除したところ、患者は今までの苦痛が一掃したとの治験を紹介した。
2)撮診
皮膚と皮下組織を一緒につまむと、痛みを強く感じる部とさほど感じない部があることに気づくが、この現象を治療に応用したのが成田夬助(かいすけ)が報告した撮診(=skin rolling スキンローリング)である。撮診の異常所見で、「撮痛」は皮神経の閾値低下部位であろうが、痛みの有無は被験者にしか分からないことである。しかし撮診時、他部位と比べて「皮膚と皮下組織が分厚く感じる」のが常だが、これは検者が感じる所見である。分厚く感じるのは、浅層ファッシアの反応を捉えていると思えた。
日常的鍼灸臨床で、よくみるのは深層ファッシアが存在しない腱・腱鞘部の反応である。腱鞘炎時にいける手関節背面の撮診反応は、撮診すると跳び上がるような痛みを感じ、また撮んだ皮膚が厚ぼったく感じる。 厚ぼったく感じる理由こそ、 浅層ファッシア反応なのだろう。鵞足炎時の膝関節内下方の撮診でも同様のことがいえる。
結合織マッサージやロルフィング(1930 年代にアメリカでアイダ・ロルフによって開発された浅層ファッシア癒着を解放する治療)は同様の意義をもつと思えた。
4)走缶法(スライドカッピング)
事前に皮膚面にオイルや石鹸水を塗り、滑りをよくしておく。 その上から吸玉を一つかぶせ、吸玉を手指で肌上で滑らす。陰圧が強ければ強刺激になる。陰圧が弱すぎれば、吸玉を滑らす際、空気が中に入って皮膚から外れやすくなる。通常の吸玉治療よりも短時間で皮膚を発赤/充血させることができる。
これは毛細血管を充血させ、浅層筋膜の緊張を緩めている。強い陰圧では吸玉痕が何日も残る が,これは毛細血管が破れ内出血した状態である。この内出血は自然と皮膚に吸収されるが、完全に消失するには何 日もかかる。痕が消失した後でなければ、再び走缶法をするのは痕が消退しにくくなるなどの医療過誤を生ずる恐れがある。
走缶法をエステやリラクセーションの場で行い、患者に満足感を与えるのであれば営業として行う価値があるのだだろうが、医療的価値は判然としない。
5)刮痧(かっさ)療法
「刮(かつ)」には削るという意味で、「痧(さ)」は滞って動かなくなった血液を示している。つまり、刮痧とは「肌をこすることで滞っている血液を刺激し、滞りをなくす」療法をいう。
専用の板や中華料理のレンゲを使い、不調を感じる部分をこすることで、肌の表面に瘀血を浮き上がらせると同時に、血流やリンパの流れが促進されることで、老廃物をスムーズに排出することができるとされている。これも浅筋膜刺激になるだろう。
刮痧療法で肌をこすると、皮膚が充血・発赤して痛々しいほどに見える。これは内出血そのもので、これが瘀血だとするのは科学的な見方とはいえない。
毛細血管が切れた状態となるのではないか?
しかし透熱灸すると皮膚が火傷し、これが疾病治癒に効能があるとする論法からすれば、内出血させることが疾病治療に有益な作用をもたらすという見方もある。問題なのは、皮膚をこすって充血・発赤させる行為が度を越える危険性があることである。事情を知らない者が見たら、ムチで打たれた痕のように思うかもしれない。 前述した走缶法にも増して皮膚に痕がつくから、事前に患者に覚悟してもらった上で行う。痕がつくという欠点以上にメリットがあれば行う価値があるというものである。