私はこれまで、何回か仙腸関節刺針についてブログに書いてきた。これは10年以上にわたる学習と臨床の段階的成果なのだが、今振り返ると古かったり、同じような内容を別のところで断片的に書いていたりで、まとめて見ることも難しくなってきた。そこで今回は、仙腸関節刺針について、これまでの報告を整理する一方、過去の断片的内容を削除することにした。
1.仙腸関節異常の概念
整体やカイロの治療で、たびたび仙腸関節の異常が指摘されるが、整形外科ではあまり注目されていない。一部の医師の間ではAKA療法(エイケーエイ療法 Arthr oKinematic Approach 関節運動学的手法)または、博多節夫医師によるAKA博多法が行われている。AKA療法は仙腸関節の隙間を手で広げたり、関節面同士を辷らしたりすることで動かなくなっていた仙腸関節の動きを回復させるようにするものだが、術者自身の手指の感覚で微妙な力加減を要するもので、独学で習得することは難しい。当院にもAKA療法を受けたという患者がこれまでに何人か来院していて、その治療法で改善はなかっととのこと。結局AKAとても万能でないことを示唆するものとなっている。
仙腸関節の遊びは3ミリほどあり、少しグラついている状態が正常である。このグラつきは中腰姿勢で最も大きい。中腰姿勢で腰を捻ったりして異常な外力が仙腸関節に加わると、関節の遊びを越え、関節面は少しずれた状態で固定してしまう。古い雨戸を引っ張り出そうと変に力を入れた途端、雨戸は中途半端な位置のまま、動かなくなるのと同じ状態である。
2.症状
関節のズレた状態そのものは痛みをもたらさないが、間もなく周囲の筋や靱帯が異常興奮し、仙腸関節部に鈍痛を覚えるようになる。人によっては下肢の大腿部や足首に関連痛を感じ、むしろ関連痛部位を苦痛として感じる者がおり、診断を難しくさせている。
3.診断
ただし関連痛部位には圧痛所見はないこと。仙腸関節部に顕著な圧痛(これをワンフィンガーテストとよぶ)があること。静的腰痛(同じ姿勢を続けていると痛む)であることなどから、本症であることを推察できる。なおパトリックテストは正常であることが大部分なので参考にならない。
要するに神経学的に説明のつかない下肢症状とワンフィンガーテスト圧痛(+)であれば、仙腸関節機能障害を疑う。そして仙腸関節部を刺激して症状が改善することが治療的診断になる。
4.私の針灸治療の発展
1)発端:患側下の側臥位で行った仙腸関節刻面への刺針
脊柱骨盤模型で観察すると、仙骨腸関節は意外と深い処にあり、その関節刻面は台形になっていることを再発見した。骨盤背部から仙腸関節関節面に刺入するには、左右の上後腸骨棘と同じ高さにある仙骨棘突起を結ぶ直線の中点を刺入点とし、外下方に斜め45度方向に4~5㎝入すればよいことを確認した。なお鍼をその角度で刺入するには、患側を下にした側臥位またはシムス肢位で実施するのがやりやすいので、この方法で実際の仙腸関節機能障害を疑う患者に試してみた。
この刺針でうまく症状部に一致した再現痛が得られれば効果大だが、響かないことの方が多く、この場合には治療効果はほとんど得られなかった。
2)改良編:患側上の側臥位で行った仙腸関節刻面への刺針
前記の方法でなぜ効かなかったのかを考えてみると、仙腸関節に力学的ストレスが加わらず、この周囲筋が緩んだ状態になっている処に刺針してはダメだと思い、今度は仙腸関節刺針に運動鍼を併用するため、患側上の側臥位で仙腸関節刻面(正確には骨間仙棘靱帯)への刺針(置針10分)に替えてみた。この体位で仙腸関節に入れるには、切皮した鍼を斜め上前方45度の角度で入れる必要があって、多少面倒だったが、慣れてくるとスムーズにできるようになった。
さらに所定の処に鍼先が達した後、患側(上になった下肢)の大腿前面を自分の腹に近づけ、そして遠ざける自動運動を10回実施させた。この時、仙腸関節は少々動くことになり、施術者は患者の動きに合わせて鍼を雀啄した。
この工夫により、治療効果は驚くほどになった。
3)現行編:股関節屈伸自動運動から、股関節外旋運動への変更
仙腸関節の動きは、大腿前面を腹に近づける動作(股関節屈曲)よりも、側臥位で横になった大腿を立てる運動(股関節外旋)の方が、より大きいのではないかと考え、股関節外旋自動運動に変更した。「殿と踵を動かさないように固定し、膝を立てたり横にしたり」と説明して、患者の足首を押さえながら膝を立て、再び横に戻すという動作を指導するとよい。なお刺針自体は前記と同じである。
この運動方法に変更して、治療効果が改善したとは思えないが、前記の大腿屈伸運動は、当院のようにベッドが壁に寄せて設置している場合には、施術者側にもっと近づいて横になるように体位変更が必要となることあって、少々面倒だった。これが解消できたことは実地面で助かっている。
5.仙腸関節神経ブロック法(村上栄一・黒澤大輔両氏による)
ベッドの手前に立たせ、両手をベッドの上において、上体を30度屈曲位置で安静させる。仙腸関節上内方から斜め外下方に23Gブロック注射 針を入れて、骨間靱帯に入れる。痛みが症状部に放散すれば成功。この後に局麻液を注射する。
最近、2ヶ月来の左上殿部~大腿外側という症例を経験した。先ずは患側上の側臥位で2寸針を使って患側上の仙腸関節運動鍼法を行ったが、患部に響かせることはできず、治療効果も乏しかった。そこで今度は村上栄一・黒澤大輔両氏の立位前屈30度で、両手をベッドにおく姿勢で鍼灸鍼で刺激してみた。すると患部にズンと響かせることができ、症状も非常に軽減した。
立位状態前屈位で仙腸関節を刺激する方法は、仙腸関節周囲の筋や靱帯が張り詰めた状態にあるせいか、従来の私の方法に比べ、症状部に響きを与えやすい印象をもった。本法では2㎝ほど斜刺すると抵抗のある組織に当たるが、抵抗ある中を刺入していき、症状部に響きを得ることができれば成功である。 抵抗ある組織とは、ある程度の柔らかさがあることから後仙腸靱帯ではなく、多裂筋なのかもしれない。
6.仙腸関節矯正手法
前述した鍼の技法は、仙腸関節に溜まった筋痙攣や疼痛を、鍼によって一過性に軽減するものであって、あくまでも対症療法である。本治法は、仙腸関節のズレたまま固まった状態を、ズレのない状態に戻すことであるが、仙腸関節の筋や靭帯を鍼で緩めている状態であれば、何かのきっかけでロックがはずれて正常に復しやすくはなるだろう。そのきっかけをつくるのが次の仙腸関節ストレッチ体操である。
1)左右の仙腸関節を開くための徒手矯正
仙腸関節を背面からみると、仙骨は腸骨にハの字型にはめ込まれている。仙腸関節は上体を前屈する(これを仙骨前傾とよぶ)と少し緩むので、前方(腹側)に動きやすくなる。また上体を反らす(仙骨後傾)ときつく噛み合うことになる。仙腸関節のズレの多くは、上体前屈時の仙腸関節が緩んで関節が動きやすくなった時に生ずる。
2)仙腸関節のひねり是正の徒手矯正
上記は左右の仙腸関節が同じような動きをした場合であり、仙腸関節症状も両側性のことが多い。一方、骨盤にねじれ歪みが作用した場合、片側の仙骨が前傾すれば、同側の仙腸関節は締まろうとし、反対側の仙骨は後傾してその側の仙腸関節は緩もうとする。換言すれば、後ろにひねった側の仙腸関節は痛み、前に出た側の仙腸関節は痛みをまぬがれる。
この骨盤のねじれによる仙腸関節異常は、ゲンスレンテストで確認できる場合がある。ゲンスレンテストは仙腸関節機能異常をみる理学テストである。
患肢(下図では右)をベッドから垂らして仰臥位にすると、右下肢の重みで右腸骨が前方回旋→右仙骨後傾→右仙腸関節が締まる→右仙腸関節周囲の痛み誘発。
右仙腸関節が痛む場合、仙腸関節を緩ませるには、下図とは逆に左下肢をベッドから垂らすようにすると、これが仙腸関節のズレを是正できる場合もある。
もっと積極的に仙腸関節のひねりによるゆがみを矯正するには、健側下肢を引くようにベッドに載せ、下腹を突き出すような重心移動を行う。この姿勢を1回1~3分間保持する。(最初は1分間くらい)この場合、健側の右仙腸関節は締まる動きとなるが、左仙腸関節は開く動きとなる。
3)骨盤矯正ゴムベルト療法(商:リフォーマーベルト)
リフォーマーベルドはそれなりの効果があるが、XL・L・M・Sとい4種類のサイズが市販されていて、常時ラインアップを揃えておかないと肝腎な時に役立たない。送料の関係で不足分を一枚だけ買い足すことは割高になり、面倒なので当院では取り扱いを中止し、前述した仙腸関節徒手矯正を行うことにした。どうしても必要な場合、患者自身ネットで注文するようにお願いした。
①生ゴムでできたバンドを、左右の上後腸骨棘を中心軸として覆うように巻きつける。
②腸関節の上に親指を入れ動かせる程度のきつさにする。
③肩幅程度に足を広げて立つ。腰を水平に、大きく円を描くようにゆっくり回す。朝晩2回、左回しと右回しをそれぞれ50回行なう。腰を回す時、膝をあま り曲げず、足を浮かさず回すのがコツ。運動時以外はゆるく巻いておいてもよい。就寝時はベルトをはずす。