カッサは次の2つの統合刺激である。すなわち「皮膚をこする」こと、次に「皮下出血させる」ことである。個別に検討をしていく。
1.皮膚をこすること
1)結合識マッサージから皮下筋膜刺激へ
皮膚や皮下組織に機械的刺激を与える治療として、我が国では按摩・指圧が、中国で は推拿が、そして西洋でははマッサージが行われてきた。西洋でのマッサージの新しい技法として1952年、ドイツのエリザベート・ディッケは結合織マッサージを考案し、命名した。
従来のマッサージは、なでる・さするなどの皮膚刺激をするのに対して、結合織マッサージでは、結合識(皮膚・皮下組織・筋々膜・腱・靱帯・血管壁など)に対するマッサージを行う。本法は、指頭を皮膚の押し当て、指先に皮膚の皺をつくりつつずらせていく。このようにすると健康な部は弾力的で皺ができやすいが、病的な結合識では皺ができにくくざらザラザラした状態を指先に感じる。結合識マッサージのもう一つの特徴は、反射帯(内臓反応が皮膚に投影されたヘッド帯、および内臓反応が筋に投影されたマッケンジー帯)に施術する点にある。このような方法で身体を調べると、どのような疾患であっても脊柱を中心に腰~殿部(L2~S4)にかけてと、項の部分(C8)に反応点が集中する傾向があった。これは内臓と特定の体表部位との間につながりがある領域ということになる。ちなみにドイツのシャイトは脊髄神経系と内臓支配する自律神経が互いに影響を受ける領域として、C8.L2、S2を移行分分節とした。要するに、この領域のデルマトームは内臓治療にも使えるという意味になる。
結合織マッサージを行うと、従来の皮膚に対するマッサージに比べて皮膚温が上昇し、関節可動域が向上するなどの効果が得られた。しかしながら現在では結合識マッサージという言葉はあまり用いられなくなった。結 合識はあまりに広い概念で、真皮・皮下組織・粘膜下組織・骨膜・筋膜・腱・血管外膜など、すべて結合組織になってしまうので、結局何をマッサージしているのか判然としないことが原因だろう。現代では結合識に変わり皮下筋膜(=ファッシア)という言葉を使うようになった。
※皮膚は、浅層から順番に表皮・真皮・皮下組織からなる。皮下組織の下層には皮下筋膜(SMAS)があり、その下に筋肉がある。
※筋膜という単語は、以前は筋肉を包む膜という意味で使われた。しかし現在では異なる組織を隔てている膜という意味に拡大され、皮下組織と筋の間にある皮下筋膜も筋膜としての役割をもつというように理解が進んだ。こうなると従来の「筋膜」という語意が相応しいものでなくなり、「ファッシア」という言葉が使われるようになった。
2)ストレッチから皮膚ストレッチ(skin stretch スキンストレッチ)へ
筋を伸張させることを(筋)ストレッチといい、1970年代にアメリカで開発された。ストレッチは柔軟性を高めるための運動として、筋肉ならびに結合組織の柔軟性を改善し、関節可動域を広げる。じっとしているなどの不活発な状態が続いたり、トレーニングなど特定の部位が疲労すると膜が硬くなり、膜と筋肉との間の滑走(すべり)性が悪くなる。また、疲労や老化によって筋膜細胞の減少や弾力性が無くなると、滑走性が悪くなり、痛みがでたり動きにくくなり、柔軟性も低下する。これは筋膜と隣接する結合組織が癒着している状態であり、これを開放(リリース)させることが大切になる。これを「筋膜リリース」と呼ばれている。
一方筋膜のストレッチだけでは効果不十分だとして皮膚(正確には浅筋膜)もストレッチすべきだとする考えも生まれた。従来のマッサージは深層刺激の方法を開発して結合織マッサージを創案したのに対して、筋ストレッチはそれだけでは不十分だとして皮膚マッサージを指向したのが興味深い。皮膚をこすることは皮下筋膜に影響を与え、外皮-皮下組織-筋間の滑走をよくする。すなわちファッシアの動きを回復させる効能がある。
皮膚マッサージは皮膚を金属製のヘラでさするような刺激を与えるもので、強くさすることは推奨されない。これにより浅筋膜の滑走を良くし、痛みの軽減や柔軟性を改善させる。スキンストレッチは、カッサ(詳細後述)の現代版と捉える意見がある。筋緊張状態にある部位にタオルをあてがい、一方向に20回ほど軽くさする。したがって非常に弱刺激になる。
2.皮下出血させること
皮膚をこすることは、ファッシアの機能を回復させる機能があるので、筋の柔軟性を高め関節可動域を増すことができる場合が多く、現在でも盛んに行われている。この点については「カッサ」も同様である。しかし「カッサ」のユニークな点は、皮下出血を起こす程度にヘラで何度も皮膚をこすりつけることにある。
皮下出血とは、表皮に血管はないが、真皮より深い組織には血管がある。皮膚を何度 も強くこすると、皮膚は発赤し、やがては皮下出血するまでになる(身体の部位別に皮下出血しやすい部位としにくい部位がある)。皮下出血とは皮下にある静脈血管に傷がつき、血液が血管外に漏れ出すことをいう。動かない余分な血液のことを東洋医学では瘀血とよぶが、この意味では皮下出血も瘀血といってよいだろう。一度漏れた血液は血管内に戻ることなく、数日~7日程度で組に自然に吸収される。
意図的に皮下出血させる意義について医学的エビデンスははっきりしたものがない。 しかし皮下出血を組織に自然吸収させるためには自然治癒力を活用しているのだから、 この部分の代謝が活発化し以前の状態に戻そうとしている。この生体反応を疾病治療に活用しているといえる。カッサ施術後の皮下出血は端から見れば、ムチで叩かれたような痛々しいものになるが、皮下出血斑は数日間で急速に改善され、数日中には殆ど消失するという特徴がある。これは打撲傷時の皮下出血に比べ、出血部分は浅層からのものだと思われた。
カッサ後に観察される治癒的効果は小規模のあざに対する生理学的反応かもしれないとする見方もある。擦るという物理的なシグナルが皮膚の免疫機能を引き出す。擦った後(点状出血)の自然回復が次から次へと生理学的反応を誘発すると考えるわけだ。皮下出血させるというマイナス面を上回る治効があるのか否かは、いろいろな疾病に対して、カッサを試みることが大事で、少しずつ適応症の感触をつかむことが必要になるだろう。