下図は、佐々木和郎氏が報告した耳鳴りで多用する局所治療穴である。これらが示すツボは、ほぼ予想はつくので、筆者の見解を示した。さらにこれらのエリア内にあるツボの位置を図示してみた。耳鳴りの針灸治療で、とくに多用する穴を赤丸で区別した。各穴について説明する。
1.乳様突起後方
天柱、風池、完骨
後頭骨-頸椎間の動きに関係する。頭蓋骨の可動性を改善する。種々の疾患に適応がある。
「完骨」とは乳様突起の昔の名称である。頭蓋骨が終わるところ。
2.乳様突起直下(翳明、安眠、天牖)
胸鎖乳突筋の停止部に治療穴が多い。
1)安眠(新)
乳様突起下端(翳明穴)から下方1寸。
2)天牖(三)
下顎角の高さで胸鎖乳突筋の後縁。患者を仰臥位にさせ、手掌を上にして骨際にとる。松本岐子氏は「チューインガムが骨についた感触で圧痛のある処にとる。天牖の下1寸に東風という新穴があり、このツボ反応も天牖と同時に調べていく」と記している。(松本岐子:長野式を中心としためまい・耳鳴り・難聴の治療、疾患別治療大百科5 耳鼻咽喉科、医道の日本社、2001.10.15)
3)翳明(新)
教科書的には完骨穴の下で耳垂と同じ高さにとる。
①松本岐子氏の方法:「患者を側臥位にさせ、術者は後から乳様突起の際を探っていくと硬結に触れる。胸鎖乳突筋中にとる。乳様突起の内側に向けて刺針する。必ずしも一穴ではない。長野潔は翳明穴として2~3穴、硬結に捻針していた」と記してる。
②柳谷素霊著「秘法一本針伝書」耳中疼痛の鍼である「完骨」と似している。眼疾一切の針である「風池」にも似ているようだ。
柳谷「完骨」:乳様突起尖端後側、胸鎖乳突筋付着部。この部に指を当て、頭をやや後側に曲げると胸鎖乳突筋が乳様突起に付着する部に陥むところがある。ここを完骨穴とする。患側上の側臥位で脱力させ、閉眼・開口。乳様突起尖端の内側下端をくぐるように耳孔の方に向けて刺入。1寸~1寸2、3分で手応えがある。本穴に対する刺針は、鼓膜を知覚支配する鼓室神経(舌咽神経の分枝)刺激になっていると思えた。
柳谷「風池」:乳様突起後方に軟骨様の小突起がある。これは三角形で尖端は下方に向いている。これはゴリゴリの強度なものである。按ずるとコメカミに響くところ。患側上の側臥位で脱力させ、目は半眼で顎はやや開口。口呼吸させる。鍼を上内方に向け、鍼先を三角形の小隆起下を通過ときに貫通、眼底方向に刺入。5分~2寸刺入。側頭部または眼底に針響を得る。本穴から2寸刺入する場合もあるといことから、C1~C3頸神経後枝刺激となり、大後頭-三叉神経症候群の機序で三叉神経第1枝である眼神経に影響を与えていると思えた。
C
4)翳風(三)
翳風の「翳」は、鳥の羽で隠すという語意がある。耳垂を鳥の羽にたとえ、その羽により風から隠れた場所という意味になる。深部に顔面神経管があり、顔面神経が頭蓋骨から出てくる部。顔面神経ブロック点で、ベル麻痺の治療で多用される。
3.下顎枝部
1)頬車
①下顎枝の外縁には咬筋があり、内縁には内側翼突筋がある。下顎の動きに関係する。顎関節症や下歯痛に使用することがある。
②柳谷素霊の秘法一本針伝書の耳鳴の鍼に似ている。この刺針は下歯痛の穴と同じと記載されている。頬車または大迎あたりの下顎枝縁の内側から下顎骨に沿うように刺入、下歯槽神経を刺激することが下歯痛の治療になる。耳鳴の治療では、下歯に響きがあれば刺針転向して鍼先をやや上方に進めると、耳閉感や耳鳴が少なくなり、それをもって抜針する。二度三度繰り返して刺針してもよい。
③顔面神経下顎枝刺激部位
佐藤意生(耳鼻科医)は、感音性耳 鳴患者の顔面神経下顎縁枝に経皮的に反復電気刺激で蝸牛神経の異常を抑制できるのではないかと考え、大迎と頬車に表面ツボ電極をつけ、2~30ヘルツのパルス低周波刺激を2分間加えた。それにより半数の者が耳鳴りは5割減となる好成績だったが、持続効果は8割が1週間以内であることも判明した。
91例中耳鳴が5/10以下 に 減少→47例(51.6%)、6/10~8/10 に減少→34例(37.4%)、9/10~10/10に減少→28例(11.0%)となった。治療有効者(53例)で、効果続期間は1週間以内に元に戻ったのは43例(81.1%)で、このうち持続期間が2~3日だった者は17 例(32.0%)だった。4週間経過後にも耳鳴が以前より軽いと答えた例も5例(9.4%)あった。(佐藤意生:顔面神経下顎縁枝刺激による耳鳴の抑制:耳鼻咽喉科臨床。98巻11号(2005))
4.耳珠部
1)耳門、聴宮、聴会
耳前三穴として知られる。
語呂:門の宮で会う巫女(みこ)たち 門(耳門)の宮(聴宮)で会(聴会)う巫女(みこ)(三、小、胆)たち。
上から順に、耳門(三)、聴宮(小)、聴会(胆)と並ぶ。
①外耳炎のツボ反応は耳孔周囲に出現するので、圧痛を目安に上記の耳介前穴に施灸。耳介後方では、側頭部の胆経反応穴に施灸。針灸治療は著効することが多い。(郡山七二「針灸臨床治法録」より)
②耳掃除などで耳穴を触った後、耳介を引っぱった際に痛むのは外耳炎である。
中耳炎では耳介を引っぱっても痛みは増悪することはなく、耳奥が痛むと訴える。圧痛点も耳前三穴には現れない。
③中耳炎のツボ反応
中耳の範囲は広く、病巣部位に応じて反応点も変わってくるだろう。中村辰三氏は、ある患者(針灸師)の慢性中耳炎の圧痛を、手術前→術後1ヶ月→術後2~3ヶ月に分けて記録した。合谷に圧痛がみられ、耳周囲としては側頭部のロソク・後髪際であるケイ脈・完骨、側頸部の天ユウには常に圧痛がみられた。実後は、圧痛が耳介外縁の側頭部全体に拡大した。(中村辰三:慢性中耳炎の圧痛、医道の日本、第500号(昭和61年4月)
この中で、とくに興味深いのは天ユウで、芹沢勝助氏が耳鳴り圧痛点とし指摘していた部も、天ユウあたりになることである。
②顎関節の関節包・靱帯の障害。顎関節症Ⅱ型(関節包の痛み)時に反応が出る。顎関節周辺の大きな負荷→炎症→疼痛
③耳介側頭神経の神経ブロック点 。耳介~外耳道の神経痛は三叉神経第Ⅲ枝痛だが、Ⅲ枝の分枝の耳介側頭神経痛によるもので、これを「神経性耳痛」とよぶことがある。この治療に耳介側頭神経ブロックを行うことがある。
5.側頭部
1)角孫
①側頭筋中にとる。きつい帽子を被ったような感じの緊張性頭痛時の施術点となる。
②慢性中耳炎の反応点。
③胸鎖乳突筋トリガーの放散痛エリアである。