1.灸頭針の歴史
昭和6年、東京の芝で開業していた笹川智興氏発案による。婦人雑誌へ発表した処から一般に知られるようになった。発表当時は、鍼頭灸という名称だった。笹川智興の方法は、今川正昭氏「灸頭鍼の周辺」(医道の日本、昭和60年10月号)に詳しく載っている。それによると、元々の方法は比較的長鍼を用いて斜刺し、モグサを丸めて鍼柄にからめて点火する方法だった。浅刺の場合には、鍼はモグサの重みで倒れぬよう、丸めたモグサで鍼を支えていたということである。
田中博氏によれば、柳谷素霊は笹川氏自身から教えを受け、柳谷素霊の門下生である西沢道允氏が赤羽幸兵衛にそれを伝え、赤羽幸兵衛が「灸頭鍼法」を執筆して広く知られるに至った、という流れとなるらしい。(「灸頭鍼入門(6)笹川智興氏の軌跡」医道の日本、昭和61年5月号)。なお田中博氏の同上文献によれば、灸頭鍼という名称を考案したのは柳谷素霊であり、この名称が広く普及したのは赤羽幸兵衛著「灸頭鍼法」によるということである。
当時の鍼は、鍼柄と鍼体がハンダで連結されているだけで、熱はもちろん、ちょっと力を入れると継ぎ目で折れてしまうほどで実用にならず、赤羽氏も相当苦労した。結局、太めのステンレスの鍼で、鍼柄を半田ではなく、カシメで方式でつなぎ、その上に中央部に鍼柄が被さる塔のような管がついた金属製のお皿を乗せ、お皿の上でもぐさを燃やす方法を考案した。1970年代以降は、鍼もステンレス製が中心になり、鍼柄も大半がカシメ式になったため、現在では鍼に直接もぐさをつけるようになった。
2.灸頭針の基本手技(田中博氏の見解を中心に)
1)ステンレス針柄、ステンレス鍼を使用する。
鍼の太さは直径0.2㎜(3番鍼)以上が必要。鍼が細いと艾炷の重さに耐えきれず、鍼が彎曲する。一般に顔面では1寸、腰殿部では寸6、四肢体幹部では寸3と使い分ける。
2)灸頭針に通常の透熱灸モグサを使うとコスト高かつ温感が弱すぎて使いづらい。温灸用の下等モグサは安価で燃焼熱量が高いが、パサついて球状に丸めにくく煙の量も非常に多い。無理に丸めて針柄にとりつけても、燃焼中落下の危険がある。ということでその中間である灸頭針用モグサを使うのが普通である。価格も透熱灸用モグサと温灸モグサの中間くらい。近年、灸頭用モグサとしてあらかじめ丸く固めてあるものが市販されている。多量に使う治療院ではコスト高になるだろうが、たまに使う分には必要十分だろう。
3)皮膚と艾炷底面との距離は2.5㎝で、艾炷直径は1.8㎝(0.5g)。なお艾は、いわゆる灸頭針用艾すなわち中級艾を使用し、できるだけ固く丸める。鍼の長さが変わっても、皮膚と艾炷底面との適切な距離は変わらない。
※ちなみに一円硬貨の直径は2㎝である。艾炷直径1.8㎝というのは、私のイメージからすると小さ目である。先輩から教わったのは、直径2~2.5㎝すなわち1円玉~10円玉硬貨大で、フワッと固からず軟らかからずに丸めるというもの。これは固く丸めすぎると、点火しづらくなるため。この艾炷の大きさしたなら、艾炷と皮膚との適正距離は3~4㎝である。
4)点火は、マッチやライターでもよいが、使い勝手は、チャッカマンタイプの方が使い勝手は良い。
点火する部位は、艾の下側から行う方が熱効率は良い。艾炷の上側から点火するなら燃焼するにつれ、針体が倒れ、皮膚に近づくので、患者は熱くて悲鳴をあげるなりかねない。艾の重量で針が傾いている場合、傾いている側(皮膚に近づいている側)から点火した方が、艾が燃えるにつれ、針の傾きが修正されるのでお勧めである。
直刺した針柄にとりつけた艾炷であっても、艾炷の上から着火するより、下から着火した方がよい。上から艾炷を燃焼させると、患者が暖かさを感じるまで時間を要し、結局暖かく感じる時間が短くなってしまう。
5)灸頭鍼は、通常は3~5壮行う。1壮目が燃え切ったら、燃えかすを軽く取り除き、2壮目をつけるが、その際、鍼柄は非常に熱くなっているので、火傷防止の意味で術者の手指が鍼柄に触れないような注意が必要である。指が針柄に触れることなく、艾炷を丸めることは意外に難しい。燃えかすを取り除くには、専用の器具を使う方法もあるが、カットした乾綿でも間に合う。2枚のカット綿を使い、灰を挟むようにして両側からすくい上げ、灰皿に捨てる。
6)目的とする壮数を燃焼したら、燃えかすを取り除いた後、ピンセットまたはカット綿で針体をつまみ、抜針する。不用意に針柄を指でつまんて抜針しようとすると火傷することがある。
7)万一燃焼中の艾炷が患者皮膚に落下した場合、すばやく艾を取り除かないと患者が火傷するばかりでなく、熱さに驚いて急に体を動かすことにより、他部位の燃焼中の灸頭針艾が落下したり、折針したりする大事故にもなりかねない。取り除くための道具を探すような時間的余裕はないので、術者は間髪を入れず、素手で燃焼中の艾炷をつかみ、灰皿に入れる他ない。ごく短時間に行う操作なので、術者の手指はほとんど熱く感じない。患者もほとんど熱さを感じない。
艾炷落下防止のため、灸頭針キャップを使うのも一つの方法であるが、灸頭針キャップは重いので針がしなりやすく、それを避けるためにはさらに太い針を使わざるを得ない。灸熱を金属で遮蔽していることになり温熱効果が弱まる。何回も灸頭針キャップを使っていると、キャップがモグサのヤニで汚れ見た目が悪くなる。
8)艾炷の熱さを弱めるための道具を自作しておくことをお勧めする。ティッシュ箱を分解して、直径5㎝ほどの円に切る。”ハスの葉”のように下図のように一部を切り取った道具を何枚か用意しておく。患者に「熱い」といわれたら、その部に”ハスの葉”を置くと、熱さは大幅に緩和される。
3.灸頭針の利点(私見)
単に置針+温熱効果を期待するならば、置針した状態で赤外線を照射したり、置針した上から箱灸をするのが簡便である。それでも灸頭針を行うメリットは、刺針ポイントに対して十分な熱量を与えることができることにある。同じこと赤外線で行うと、広範囲に熱量を与えることができるものの、単位面積あたりの熱量は比較的弱いものとなる。
刺針点を中心に、熱量は距離の二乗に反比例した熱量を周囲に放射する。その結果次のメリットが生ずる。(たとえは不適切であるが、広範囲に被害を与えるため、原爆は地表ではなく、高い高度で爆発させたのと同じ)
①刺針直下のポイントでも、耐え難い熱さにはならない。
②数十秒間の持続した加熱により、深部温も上昇する。
田中博によると、灸頭針後には、刺激部位の皮膚温は、処置前皮膚温に比して約3度上昇し、治療後30分経過しても皮膚温は約1度高く維持されるという。
③加わる熱量は刺針部位から離れるにつれ、同心円状に連続的に減少する。これは熱したい部位を、集中的に熱することが可能という意味になる。
4.灸頭針の欠点
①燃焼中、煙が多量に出るので、換気扇を回していても治療室の空気を汚す。
※近年、煙のでない灸頭針用艾が販売されている。艾を炭状にしたもの(炭化艾という)が発売された。わずかな衝撃でも欠けやすくモロいこと、値段が高いことが欠点であろう。私見では、火持ちが良すぎることは、治療時間が長引くので、これも欠点になると思う。
②落下の危険防止と熱管理のため、艾燃焼中は術者はベッドサイドで見守る必要がある。同時に行える灸頭針は4カ所程度まで。燃焼中、患者が「熱い熱い」と叫んだ場合、その灸頭針の熱量を減らさねばならないが、もたついているうちに別の場所の灸頭針も「熱い!」と叫ぶ自体になることがあり、対処できなくなる。すると患者は熱さに我慢できず、動くので燃焼中の艾炷が落下したり、針が折れたりする危険性もある。また灸頭針として使った針は針柄が焼け焦げるので、見た目に悪いばかりでなく、再利用時には針管に通りにくくなり、挿管時に支障が出ることも多い。
灸頭針最大の欠点は、艾炷落下による火傷である。それが怖いので筆者は30年以上灸頭針をしていない。その代わりに箱灸を行っている。この箱灸は自家製である。数本置鍼しておき、その上に箱灸を設置する。艾炷落下の危険性がないので、術者は患者のそばにつきっきりになる必要はない。
箱灸の自作
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/640d8106132c7fbf9e0d4a15657e5f73
上写真のモグサは、中国棒灸を八等分にカットしたものを使用。煙が多量に出るが、実際にはフタをして燃焼させるので業務に支障はない(換気扇を使用)。
③適切な加熱のため、皮膚から針柄までの距離を2~3㎝に保つ必要がある。深部にあるツボに針先をもっていくのではないので、刺針が浅すぎたり深すぎたりすることもある。
④原則として直刺しかできない。
⑤艾はかなりの重量になるので、針柄がたわたわまないためには、ある程度太い番程の針を使用しなければならない。(#2以下は使用し難い)
5.灸頭針の臨床応用
灸頭針の長所は、患者に無理なく、大きな熱量をスポット的に与えることができることにあると思った。その点、通常の刺針や施灸はエネルギー的には小さなものであるから、古典でいう「気血を動かす」ことは可能だとしても、気や血のエネルギーを増やすことは困難だろう。
灸頭針を行うと、針+灸の作用ということで、患者は特別な治療をされているという満足感が得られることも多い。実際、心地よい熱感を感じる。しかしあえて艾を多くしたり、艾と皮膚の距離を短くすることで、耐えられる限界あたりまで、皮下組織深部の皮下組織まで加熱することも行われる。これは通常の針灸をしても同じ場所が頑固に痛む場合の場合に行う切り札ともいえる。