1.内転筋管とその役割
大腿神経は大腿前面の知覚と四頭筋筋力を支配するが、その一部は伏在神経となり、大腿内側下方で内転筋管(=ハンター管)に入る。
この内転筋管は、大腿内転筋群と内側広筋が互いの筋収縮により干渉しないための間隙にある管で、いわば配管配線のために設けられたスペースである。内転筋管内は大腿動・静脈と伏在神経が縦走している。伏在神経は大腿動・静脈とともに内転筋管に入るが、膝内側~下肢内側皮膚知覚をつかさどる必要性があり、中途で別れ内転筋管から出てくる。伏在神経は筋を支配することなく、大腿内側~下腿内側の皮膚知覚を支配している。すなわち今日でいうとことの浅層ファシアの障害と関わってくる。
2.内転筋管症候群(=ハンター管症候群)
内転筋管の中で伏在神経が圧迫を受けて生ずる伏在神経神経絞扼障害を内転筋管症候群(=ハンター管症候群)とよぶ。これはタイツやスパッツなどで大腿内側を圧迫を続けると、内転筋管周辺の筋緊が伏在神経を絞扼した結果である。ツボで言うと陰包付近が障害部になる。
症状は歩行時の大腿内側とくに陰包穴あたりの運動時痛で、伏在神経の走行部である下腿内側、膝内側も起こることがあるが、伏在神経は皮膚のみ知覚支配するので運動麻痺は起こらない。
※余談:ハンター舌炎
ハンター管症候群ときくと、すぐにハンター舌炎を思い浮かべてしまうのは元教員の性癖。両者は全く違う病態である。ハンター舌炎での舌は発赤し、痛みを感ずる。この原因は悪性貧血で起こり、悪性貧血はvB12不足で起こる。萎縮性胃炎の結果、VB12吸収障害が起こる。
※語呂:ハンター(ハンター舌炎)は悪(悪性貧血)い住人(ビタミンB12)
3.陰包刺針肢位の試行錯誤
大腿内側が痛むとの訴えはあまり多くないが、大腿内側を軽い押圧しても痛みは生ぜず、深々とした押圧で圧痛を感じる程度のものが多かった。しかもこの圧痛点にある程度深く刺入しても、スカスカするのみで筋緊張の手応えはなく、響きも得られない。これは刺針でツボが動いて逃げてしまっている現象だろう。
どうすればズンという筋膜刺激を与えられるのかを検討してみると、以下のようなシムズ肢位で陰包刺針することがよいことが分かった、ただし刺針側はシムズ肢位にした時の下側の陰包であることが通常の施術とは異なることに留意する。2~3㎝直刺でズンという響きを与えられることが多いようだった。伏在神経は皮膚知覚支配なので。ズンとする響きは筋トリガーポイント刺激よるものだろう。大内転筋-内側広筋間にある筋膜刺激であり、本筋膜緊張による伏在神経圧迫の開放を目的になる。
今振り返ると、陰包を強く押圧して初めて出現する圧痛という程度であれば、それはすでに内転筋症候群とはいえないようだ。軽い押圧でも飛び上がるほど痛く感じない場合は、それは筋膜痛であって、伏在神経痛とはいえないだろう。それは以下に示した症例の針灸治療をしてみての感想である。
4.その他の伏在神経症状
伏在神経は、途中から大腿動脈と分かれ膝関節内側の表層に出て、次の2枝に分かれる。これらの皮膚痛が、内転筋症候群によるものであればて陰包刺激が適応となる。
1)膝蓋下枝
縫工筋を貫き、膝関節下内側の皮膚に行く枝。この枝が鵞足炎時の膝内側痛をつくる。鵞足部の鵞足穴や膝蓋骨内縁の内膝眼に圧痛があれば、伏在神経膝蓋枝痛を考慮する。鵞足の圧痛点には皮膚刺激である円皮針を貼る。内膝眼は皮膚が厚い部でかつ摩擦されやすい部なので、円皮針よりも灸刺激が適する。
2)内側下腿皮枝
下腿内側および足背内側の皮膚に分布。この領域の皮膚反応の探索には撮診法が適する。代表穴には三陰交・地機・築賓であり、これらのツボ上の皮膚の撮痛反応を探る。治療は撮痛部に円皮針を貼る。
下腿陰経の圧痛というと泌尿器や産婦人科系の疾患を思い浮かべがちだが、それ以前に伏在神経痛であるかもしれない。伏在神経痛は内転筋症候群、鼠径部における大腿神経絞扼障害によることもある。
3.ハンター管症候群の針灸治験
1)症例1(40才、女性)
「右陰包あたりが痛む」と訴えるが来院した。陰包を押圧すると確かに圧痛があったので、前記のシムズポジションで寸6#2で陰包穴に直刺し、強い針響を得た。なお下腿内側や鵞足部に圧痛はなかったので、伏在神経の支流は問題ないようだった。大内転筋を中心に、5~6本集中5分間集中刺針して症状改善に至った。
ことは難しいことなどから、大内転筋-内側広筋間にある筋膜刺激と判断した。
2)症例2(51才、男性)
数週間前から左陰包あたりが痛むと訴えて来院した。臥位で左陰包を軽く押圧すると、跳び上がるほど痛む。この患者はスポーツマンで筋肉質の身体をしている。整形医師の診察では、左内側半月板の外縁が少し削れているが手術するほどではないといわれた。確かに内膝眼・外膝眼にも圧痛があったが、内膝蓋や外膝蓋には圧痛がなかった。
以上から、本症はハンター管症候群であり、伏在神経の膝蓋枝まで反応が及んでいるものと診断した。
治療は、仰臥位で寸6#2で陰包に刺針するとズンと響いた。陰包を中心に5~6本集中置針で5分置鍼。他に内膝眼・外膝眼にも置鍼5分で治療終了した。