1.はじめに
筆者が針灸免許を取得する前から奇経には非常に興味があった。というのも当時の医道の日本誌では、奇経治療がブームとなっていて誌面を賑わせていた。何よりも最初に針灸治療の指導を受けた先生が奇経治療の臨床をやっていたからでもあった。しかし奇経治療のルールに従って治療して効いたという報告が多く、いくら調べても本質的な疑問に対する解答は得られなかった。ルールに従うのではなく、なぜそうしたルールになったのかを知りたかった。
奇経でペアとなる経絡は次のように定まっているが、どうしてペアとするのかにも謎が多い。下記ペアの左側にある陽蹻脈の宗穴を申脈、陰蹻脈の宗穴を照海とするのは納得できるが、それ以外の奇経と宗穴は自経上にないことも納得がいかない。
ペアで用いる奇経
陽蹻脈(申脈)---督脈(後渓)
陰蹻脈(照海)---任脈(列缺)
陽維脈(外関)---帯脈(足臨泣)
陰維脈(内関)---衝脈(公孫)
各経の走行を検討すると、以下の組み合わせの方が自然だと思う。ただし帯脈の宗穴、衝脈の宗穴は定まらない。そもそも帯脈、衝脈に宗穴は不要なのかもしれない。
陽蹻脈(申脈) --- 上肢尺側(後渓)
陰蹻脈(照海) --- 上肢橈側(列缺)
陽維脈(足臨泣)--- 上肢背側(外関)
陰維脈(公孫) --- 上肢前側(内関)
帯脈(?)------ 衝脈(?) │
奇経に似ていて、手根と足根に所定の治療穴を定めておき、その組み合わせで治療するという内容は、奇経治療以外では「腕顆針法」がある。腕顆針は、奇経の宗穴に相当する部を治療点とするが、手首部に6カ所、足首部に6カ所設定していて、十二位正経に応じている。下写真がその書籍で、表紙に描かれた6本の帯がこのことを象徴している。
奇経は手首部に4カ所、足首部に4カ所の宗穴なので、奇経治療の方が単純化されているという基本的違いがある。腕顆針法は中国の張心曙により考案された。1980年代にわが国には手根足根針と改題され、杉光胤の訳により医道の日本社から出版された。
奇経治療については、筆者ブログ2019年12月8日「奇経八脈の宗穴の意味と身体流注区分の考察 ver.2.0」としてすでに説明したが、説明不足の点が多々あった。今回は、わかりやすさに留意して書き改めた。
2.奇経全体の走行
上図は、私の考えた奇経走行の全体図で、すでに紹介した。ただしこの図の見方について説明をしてこなかった。今回はペアの経ごとに走行を説明する。
3.陽蹻脈と督脈
陽蹻脈は、自経内に宗穴として申脈をもつ。なお「蹻」とは足くるぶしのことをいう。陽蹻脈とは、足の外果を起点とする流注であることを示している。
陽蹻脈のペアとなる督脈は、自経内に宗穴はなく、上肢の後渓を宗穴と定めている。ただ奇経治療はペアとなる二つの奇経の手根と足根にある穴を治療点とするのが奇経治療の原則なので、体幹背面の脊柱を上行する流れから分岐して後渓へと走行するルートを模索すると以下の図のようになるだろう。
Th3棘突起くらいのの高さから肩甲棘を内端から外端までを通過し、上腕尺側を流れて後渓に達する。Th3棘突起と肩甲棘は離れているので、流注が途切れているかのようだが、左右の肩甲骨を内転(肩甲骨内縁を接触させる運動)させるならば肩甲棘内縁はTh3に接触できるだろう。
このように考えることで、後渓-申脈は、手首・足首ペア治療が適用できるものになる。
4.陽維脈と帯脈
陽維脈は、自経内に宗穴はなく、手根にある外関を宗穴と定めている。
ペアとなる帯脈も、自経内に宗穴はなく、足の臨泣を宗穴と定める。陽維脈の宗穴は外関のほかに、本来は帯脈の宗穴なのだが、陽維脈経内の要穴として足臨泣を定めることにすと、手根には外関、足根には足臨泣となり、外関-足臨泣がペア治療として治療点となり、すっきりした解釈ができるだろう。帯脈については別枠で考察する。
身体の背面で、陽蹻脈と督脈の領域以外の部分が、陽維脈-帯脈の担当領域になる。「維」にはつなぐという意味がある。何をつなぐのかといえば、陽蹻脈と督脈の領域と、後述する陰蹻脈-任脈を領域をつなぐ範囲というのが私の理解である。上図では、肩甲骨が点線で描いている。これは陽維脈は肩甲骨と肋骨間を走行することを表現している。
5.陰蹻脈と任脈
陰蹻脈は、自経内に宗穴として照海をもつ。
陰蹻脈のペアとなる任脈は、自経内に宗穴を持たず、手根部にある列訣を宗穴と定めている。奇経治療はペアとなる二つの経絡の手首・足首にある穴を治療するという規則があるから、体幹前正中を任脈・陰?脈が上行して、手首へと流れるルートを考察すると、鎖骨内端から外端へと直角に流れを変え、そこから上肢橈側を手首に向けて列欠へと流れるというルートが想定できる。
6.陰維脈と衝脈
陰維脈は、自経内に宗穴はなく、手根部にある内関を宗穴と定めている。
ペアとなる衝脈も、自経内に宗穴はなく、公孫を宗穴と定めている。内関と公孫に施術することで陰維脈・衝脈の証の治療にあたる。
下肢前面→胸腹部の中央以外の前面と上行し、鎖骨にぶつかると直角に折れて上肢の前尺側を内関に向けて上行する。なお衝脈については別枠で考察する。
7.帯脈と衝脈
帯脈と衝脈は、他の奇経と同列に論じられない。この二経は子宮から始まり、初潮から閉経の期間に機能し、婦人病に関与するという共通性がある。他の奇経が自分自身の生命維持を目的としているのに対し、衝脈と帯脈は、新しい生命を誕生させるための機能に関係している。
帯脈は子宮内の血液を留めていく機能で、衝脈は子宮内の血を月経血として下す機能だろうと思われた。互いに相反する作用になる。帯脈の作用は弱まって衝脈の作用が強くなると月経が始まる。
1)帯脈とは
帯を腰上でしっかりと留めておかないと、ズボンが下に脱げてしまうのと同じように、帯脈の機能が低下すると、子宮から血が漏れ出てしまう。これを帯下とよぶ。帯下とは現代でも使われる言葉で、月経以外の膣からの分泌物、オリモノのことをいう。この意味を広義に解釈し、不正出血や月経異常も帯脈の病証に含める。
2)衝脈とは
衝脈の「衝」とはぶつかるような、つきあげるような勢いのことをいう。「衝」のつく経穴には、衝門穴、太衝穴など脈拍を触知する部位であることが多いが、気衝穴のように、胃経の走行が直角に折れ、上行した気が勢いよくぶつかるという処という意味でも用いられる。衝脈の衝は、後者の意味である。
妊娠可能な女性は、生理的に月に一度月経を迎える。その時、帯脈の機能が弱くなって、月経血を留める力が減ると同時に、きちんと月経血を下す役割が衝脈である。妊娠時は月経が停止して、妊娠初期にはツワリが生じるから、悪心嘔吐も衝脈の病証と解釈されたのだろう。