1.症例(85歳、女性)
主訴:右大腿後側痛
現病歴:
当院初診15日ほど前から、思い当たる理由なく、右大腿後側痛が出現した。仰臥位時や立位、歩行時には痛まないが、椅子に座ると痛み出現し、我慢できないという。
理学所見:
症状部である大腿後側中央の殷門穴あたりに強い圧痛あり。坐骨神経ブロック点の圧痛なし。下腿から足部にかけての圧痛も目立たなかった。
当初の診断:
痛みが下腿にないこと、坐骨神経ブロック点すなわち梨状筋にも圧痛ないことから、ハムストリング筋の限局的なトリガーポイント陽性と判断。
初期の鍼灸治療:
側臥位で坐骨神経ブロック点・殷門・下腿坐骨神経走行沿いの経穴に刺鍼するも効果もないので、殷門付近の局所集中置鍼を行い、筋の完全弛緩目的で20~40分ほど置鍼してみたが、治療効果は術後1時間程度しか保てなかった。同治療を繰り返すと、徐々に効いてくるのではないかとも思って、1ヶ月間に20回この治療を行うも前進はみられなかった。
2.大殿筋トリガーへの針灸治療として
「痛みを再現する動作をさせて反応点を見出し、刺激する」という鉄則を思い出した。
ベッドに座らせると、やはり大腿後側でベッドに押し付けられる部が痛むというので、その姿勢のままやや患側殿部をベッドから浮き上がらせた姿勢をとらせ、大腿後側に指を差し込んで圧痛を診てみた。すると圧痛は大腿後側になく、承扶(殿部と大腿後側の境界)あたりにあった。要するに大腿後側痛は放散痛部位にすぎないらしかった。
承扶の圧痛を発現させた肢位で刺鍼することは難しいので、側臥位で再び承扶を押圧してみると圧痛はなくなっており、仙骨外縁に新たな圧痛を発見できた。
この仙骨外縁は梨状筋症候群で、しばしば圧痛をみることが多いが、今回の仙骨外縁の圧痛は単に下向きの力で押圧しただけでは発見できず、大殿筋起始部から仙骨外縁を強く押し付けるようにして初めて強い圧痛点反応となって把握できた。針も大殿筋起始から仙骨外縁にぶつけるように刺鍼し、やっと持続効果を得ることができた。
3.同様の症例に遭遇(62才、女性)
数年後62才女性で、3週間前から両側の下殿部が痛むとのことで来院。近くの整形を受診して座骨神経痛といわれ、湿布を渡されたが効果なかったという。
この時は、当方も経験を積んでいたので、直ちに大殿筋のトリガー活性症状であると診断できた。ただし仙腸関節部の圧痛も強く、仙腸関節機能障害も合併しているかと思えた。治療は、側臥位にて仙腸関節運動針を行い、側臥位で承扶あたりの圧痛点に中国針を手技針した。
これで症状は少し改善した。
大殿筋が緊張して収縮して痛むのだがら、大殿筋を伸張して施術するため、立位出できるだけ深く前屈する姿勢をさせた状態で、承扶あたりの圧痛点に軽い手技針を実施し、症状はさらに改善。承扶に置針した状態で静かに数歩歩行させるという運動針を行って抜針。これでほぼ症状消失した。
本症例を通して気づいたことは、2つある。
1)仙腸関節の圧痛は、仙腸関節機能障害だけでなく、大殿筋トリガー活性でも生ずること。このことは、上図を見れば、その通りの状況である。すなわち大殿筋のトリガーポイントは3箇所あり、①仙骨との付着部付近の中央(=仙腸関節部)、②座骨結節の後方付近(=承扶)、③尾骨下部付近(会陽)、であるという。
本例は、②の承扶に最大疼痛部があった。
2)大殿筋収縮している際の伸張痛は単に承扶に刺針するよりも立位前屈で行うと効果的であること。その立位前屈も、両手掌をベッドにおいて上体を支えるよりも、ベッド等を使わず、手を自分の下肢の方にもていき、深く前屈させた方が有効であることも実感した。後者の体位の方が、大殿筋を強く伸張されるからであろう。