1.頭痛薬「乙女桜」の話
伝統的に、コメカミの具合が悪いと頭痛になると考えられたようである。かつて我が国では頭痛の民間治療として、コメカミに米粒やすりつぶした梅干をテープで貼り付けたりしていた。これにヒントを得て、明治時代末期には、コメカミに頭痛膏「乙女桜」(サロンパスを小さくしたようなプラスター剤)を貼ったりもしていた。昭和の時代、おばあさんが貼っているのをたまに見かけたものだ。
現代でも同様の貼薬である「点温膏」や「おきゅう膏」が市販されている。
※上は町の電気屋のおばさん役のタレント。電球を買いに来た客に電球を売る前、電球が切れていないか、店のソケットに入れて、本当に光ることを確かめた後に客に手渡した。その時のやりとりをCMにしたもの。当時の電球は輸送途中のショックでフィラメントが断線することがよくあったため。松下電器は輸送中の少々の衝撃にも耐える梱包方法を発明し、それ以降、買った電球が光るのは当たり前となった。
2.牧畜民チャムスに伝わる「ンゴロト」
ケニアの牧畜民チャムスに伝わる伝承医学には、「ンゴロト」(弓矢式瀉血)という方法がある。通常の瀉血では治らない激しい頭痛の際には、矢じりの先数ミリを残して布のテープを巻きつける。患者の首を革ひもで絞め、こめかみに血管が浮き上がってきたところを、左右とも近距離から弓矢でいる。首の革ひもをといて、出血を弱める。血が止まるまで放置する。頭痛がするときは、こめかみから血が飛び跳ねるが、余分な血を抜くと、血管に適量の血液が流れるようになり、頭痛は鎮まるという。
3.側頭部局所解剖の特殊性
昔から頭痛の際には、コメカミ刺激が行われていたが、なぜコメカミに注目したのだろうか。この理由を局所解剖から探ることにした。
1)側頭筋の局所解剖
太陽穴から直刺すると、まず頬部脂肪体をつらぬき、続いて側頭筋中に入る。側頭筋の浅層には側頭部脂肪体がある。側頭部脂肪体は表層。裏層ともに筋膜があるので、側頭筋部は弾力に富み、指頭で押圧するとグリグリと可動する。粗な組織である上に、静脈血流に富むので、静脈鬱血になりやすい。
バッカルという言葉は、顔の頬の部分をいう。バッカルファットとは、頬骨弓上下にあり、側頭筋や咬筋の浅層にある脂肪塊のことである。バッカルファッドがあると側頭部から頬部にかけて凹凸が減るので。若々しい外見になる。バッカルファッドが多すぎても少なすぎても老けてみられる要因になることがあるので、美容外科の対象となる。
経絡走行からは、頬骨上部で側頭筋部の脂肪ファットは三焦経に、頬骨下部で咬筋部の脂肪ファッドは胃経所属になる。
2)コメカミ瀉血の適応症
頭痛や眼の疲れを訴える場合、太陽穴付近が鬱血しているようなら、瀉血して放血させることがある。粗な組織の中に静脈が走っているので、止血しづらいので多量に放血できる。さらに浅層には浅側頭頭動・静脈があって、眼球自体の栄養血管である眼枝を分岐しているからか、眼がすっきりする効能もある。眼がすっきりとするのは、鬱血を改善したというより、痛覚刺激により瞳孔散大したことによるのではないか?
3)坂口弘(細野診療所医師)の経験
瞳子髎から耳のほうへ少し寄って一面に圧痛がある。ここへ太い針を刺す。私は注射針にてヤトレンカゼインを薄めたものをごく少量注射する。多くは針を抜くとタラタラと出血する。なるべくこの出血を十分出すように絞る。充血と流涙で目が開けられなかった者が、帰途にはパッチリとあくといったケ-スがよく見られる。(坂口 弘:得意とする疾病とその治療法、「現代日本の鍼灸」、医道の日本社、昭和50年5月)
※ヤトレンカゼイン:戦前の医学で、感染症に対して使われた注射液。牛乳のタンパク質を原料とする。