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柳谷素霊著、「秘法一本針伝書」肩甲間部のコリの針の考察 ver.1.3

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以前から私は柳谷素霊著「秘法一本針伝書」に注目しており、過去数回にわたり当ブログでも取り上げている。収録された各刺針技法の中に<肩甲上部のコリの鍼>と<肩甲間部のコリの鍼>がある。<肩甲上部のコリの鍼>は局所取穴に相当する僧帽筋への刺針であり、この刺針技法は江戸時代後期の針灸家、坂井豊作著「鍼術秘要」に記載されていて理解も容易である。
 
→ブログ:肩甲上部と側頸部のコリへの解剖学的針灸と坂井流横刺
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/03f5322af0896e295367fb82263cc375


一方、<肩甲間部の針>は納得できず、長い間放置状態にあった。しかし旧友の鍼灸師、寺師健氏との会話の中からヒントが得られた。これをきっかけに改めて調べることにした。


1.中斜角筋による肩甲背神経絞扼が肩甲間部症状を生ずる

一本針の中の<肩甲間部のコリの鍼>の取穴は、「鎖骨上窩で胸鎖乳突筋の中央の外側の小さな腱様のすじで、その筋を指頭で按圧痛すれば指に響くところ」と書かれている。素霊はここを缺盆としているが、現在の教科書缺盆はやや下方で、鎖骨上縁になると思う。私はこの記述から、胸郭出口症候群理学検査のモーレーテストと同じだと思った。。
なお胸鎖乳突筋の判別には以前からいくつもの理学テストが知られているが、現在有用性が認められているのは、モーレーテストとルーステスト(=3分挙上テスト)の2つのみである。この部を押圧して指に響くのは、腕神経叢を圧迫刺激するからで、前斜角筋症候群の診断に有用とされる。


 

 

素霊の<肩甲間部のコリの鍼>の刺針の意味は、腕神経叢刺激になる。この刺針ポイントは、従来から胸郭出口症候群とくに斜角筋症候群の治療穴中国式「天鼎」として使われてきた。中国式天鼎刺針では手先まで響くことが多いが、そこをあえて腕神経叢に当てず、腕神経叢近傍を通過して中斜角筋に入れるようにする。ちょうど坐骨神経ブロック点(=中国式環跳)刺針が、坐骨神経に当てて下肢へ響かせなくても、梨状筋近傍に入れることで梨状筋緊張をゆるようにしても治療効果は変わらないとされるのと同じ原理である。

腕神経叢を構成する神経は多数あり、肩甲背神経もその一つになるが、肩甲背神経は運動神経なので、天鼎から刺針してもビリッといった電撃様針響は得られない(ゆえにこれまで私は注目してこなかった)。寺師健氏の刺針位置は、モーレー点より少し外上方のように思えた。刺針肢位は座位で行うのだという。

下図は中国式天鼎から腕神経叢刺激を狙ったもので、前斜角筋や中斜角筋に対する刺激ともいえる。ここでは天鼎と称したが素霊は缺盆と称している。

 

肩甲背神経の走行をもう一度調べてきると、腕神経叢の上神経幹であるC5から出て、中斜角筋→後斜角筋→→肩甲挙筋および上後鋸筋の間に進入→小菱形筋と大菱形筋を支配となっている。

とくに中斜角筋の過緊張と肩甲背神経の牽引ストレスの増大により、肩甲背部痛が発生するとものと考えられるという。(巻末引用文献参照)
肩甲背神経は純運動姓で知覚成分を含まないため、疼痛は漲(ちょう)慢性で位置不明な深部痛を呈する。  その多くは肩甲内側に沿った鈍痛が特徴。治療は中斜角筋の肩甲背神経絞扼障害の改善を目的とするという。 なお中斜角筋の緊張しやすい運動は、重量物の持ち上げ動作の反復ということである。                           

※漲:いっぱいになる。充満すること。

肩甲背神経を刺激しようと思えば、下図のように肩甲骨内上角の斜め上方(肩外兪あたり)から下方に斜刺するのが普通だろうが、肩甲背神経興奮の原因が中斜角筋の神経絞扼障害であるなら、天鼎(柳谷のいう缺盆)刺針の方に妥当性があるかもしれない。

引用文献:西野雄大ほか著:肩甲背神経圧迫に伴う肩甲背部痛を呈した一症例
:愛知県理学療法学会誌、第32巻第1号(2020年6月)

 

2.症例報告

2024年6月22日報告の上述のブログを見た小野寺文人氏は、私主催の2018年の現代針灸会での報告症例をメールで送ってくれた。この内容を、私はすっかり忘れていたが、まさしく今回の肩甲間間部のこりと中斜角筋の関係について鋭く切り込み、治療成功症例となっている。小野寺氏のメール内容は次の通り。

稲穂鍼灸/接骨治療院 小野寺文人  

【現病歴】 
数カ月前から洗濯物を干す際に左肩甲骨内側縁に凝りの様な違和感が出現、日が経つに連れて次第に痛みに変化、現在は痺れも出現する。 凝りが痛み・痺れと悪化傾向なので心配になり近隣整形外科を受診。 XP 検査(-)で肩関節周囲炎と診断、リハビリ(電気治療・マッサージ)に十数回通院したが治療効果が乏しく不安になり当院に受診。 

【所見】 
問診で両上肢を挙上して洗濯物を干す動作でよく症状を誘発すると聴取していたので実際患者に両上肢挙上お願いすると約30秒位で痛み・痺れが誘発(+)、この姿位はルースTest類似し更に頸椎右回旋を患者にお願いすると症状が増悪(+)。 

以前、医道の日本に掲載された「現代医学的な病態把握に基づいた東大式鍼灸治療の実際、胸郭出口症候群(その2):東京大学医学部付属病院リハビリテーション部鍼灸科、小糸康治先生」の記事の中に「C5から分枝した肩甲背神経は85パーセント確率で中斜角筋を貫通すると報告されている。」と記載されていたのを思い出した。 

しかし「上肢症状の他に肩甲骨内側縁の凝りや痛みを訴える患者は少なくないが、それらは中斜角筋部での肩甲背神経の絞扼による肩甲挙筋や菱形筋の症状であることが多いと考えられる。」と記載されているが疑問に思う事がある、それは肩甲背神経が純運動神経なので凝りや痛みを感じるのか? 

そこで①中斜角筋のトリガーポイントを調べると肩甲骨内側縁に関連痛が出現すると記載、これは中斜角筋のトリガーポイント活性による凝り・痛みでは?➁痺れは肩甲背神経が中斜角筋の圧迫/絞扼(胸郭出口症候群・腕神経叢圧迫型と類似)され出現したのでは?と考える。 

【診断】 
①肩甲骨内側縁の凝り・痛み:中斜角筋のトリガーポイント活性 
➁肩甲骨内側縁の痺れ:肩甲背神経が中斜角筋を圧迫/絞扼(胸郭出口症候群・腕神経叢圧迫型と類似) 
【治療と経過】 
仰臥位で頚部右回旋の姿位でC5/C6付近から中斜角筋に刺鍼し1HZ :15分低周波鍼通電。 仰臥位で斜角筋に1a抑制/1b抑制施術。 
以上の治療を3~5回行い、症状ほぼ消失。 

 

3.頸椎椎間板ヘルニア・斜角筋症候群にみる肩甲間部症状の病態把握       

椎間板ヘルニア等でみる神経根症状時の上肢痛も、神経根の圧迫でなく筋緊張症状であり、多くは椎間関節部の筋緊張による放散痛に由来するという。胸廓出口症候群時にみる上肢痛も、神経根障害自体のものでなく、神経走行途中の筋緊張症状による絞扼で生ずることが明らかになりつつあるので、これまで神経根症状あるいは神経絞扼障害とみなされていた疾患も、筋膜関連症状だと考えるようになるだろう。

斜角筋筋のトリガーポイント活性化すれば、上肢外側痛と肩甲骨内縁の痛みが生ずるが、この症状パターンは斜角筋症候群とよく似ていて、さらに頸神経根症状ともに似ていることから、斜角筋症状群や頸部神経根症は、実際には斜角筋の筋膜症を意味するのではないかと考える見方が出現した。
ただし頸部神経根症は、肩甲骨内縁の痛みという点では斜角筋トリガーの放散痛パターンに似るが、神経根症の上肢症状は、デルマトームに従う知覚鈍麻である。斜角筋症候群時の上肢症状は、このような分節性はなく、上肢の知覚過敏が出現する。

上の2枚の図は、斜角筋症候群と、頸椎神経根症の症状を示している。頸から上肢にかけて症状が出てくるのは当然として、興味深いのは、いずれも肩甲間部に症状がみられる点である。これは肩甲背神経興奮症状になるだろう。

 


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