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肩中兪刺針の針響 ver.1.2

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1.肩中兪刺針は腕神経雄に影響を与える
(鈴木由紀子:腕神経叢の圧迫に肩中兪「疾患別百科 頚肩腕痛」、医道の日本社、2001.3.25)

取穴:座位。大椎穴(C7T1棘突起間に大椎をとり、その外側2寸。
  ※定喘:大椎の外方1㎝、治喘:大椎の直側(外方0.5㎝)   

刺針:2寸4番針にて直刺4㎝。(椎体の外側を深刺する)

考察:肩中兪の直刺深刺は解剖学的は腕神経叢に直接命中するのではなく、僧帽筋→肩甲挙筋→中後斜角筋→前斜角筋と貫く。腕神経叢は、前斜角筋と中斜角筋に挟まれた形で存在するので、肩中兪の針は間接的に腕神経叢に影響を与える。


2.新針法の肩中兪刺針の針響
(長尾正人「弾発指から上肢の神経痛・五十肩まで」医道の日本、平成11年12月号より)
 
刺針法やや上方からの深刺→肩関節部へ針響(肩甲上神経刺激)                  
ほぼ中央からの深刺→上肢へ針響(橈骨・正中・尺骨神経刺激)            
やや下方からの深刺→肩甲間部のコリに効果(胸神経後枝刺激か?)           

※上2者は、腕神経叢刺激だろうか。括弧内の神経は筆者推定。  


3.肩中兪刺針の私的見解(似田)
 
坐位で2寸4番針にてやや脊柱側に向けて10°の角度で直刺4㎝。椎体の外側を擦るように 入。深刺すると斜角筋・腕神経叢刺激になり、星状神経節にも影響を与えるのだろう。したがって頸椎神経根症、前斜角筋症候群に適応があるのは勿論、頸部交感神経節刺激という点から、バレリュー症候群、気管支喘息、などにも適応がある。

肩中兪から斜角筋に刺針し、さらに少々深さを増すようにすると肩甲間部に響くようだ。

 

長尾氏は、肩中兪から下方に深刺すると 肩甲間部のコリに効果あると記しているが、これを肩甲間部に響きが得られるというように解釈し、その針響の起こる理由を考えてみた。胸神経後枝を刺激するとも考えたが、あまりに深刺になるので無理があった。
 
しかし前斜角筋のトリガーポイントを考えると、この疑問は氷解したようだ。斜角筋トリガー活性時、放散痛は肩甲間部にも出現するということだ。さらには甲間部以外にも、上肢に響いたり、肩関節部にも響くようだ。針の方向によって意図的に針響方向を変えるのは難しいが、被験者の痛み閾値が低下している部分(すなわち患部)に響くということだろう。

先に紹介した鈴木由紀子氏の考察は、当時はまだトリガーポイントという考え方が普及する以前の頃のもので、やむを得ない。

 5.代田文誌の治喘刺針の針響報告
(「針灸臨床ノート」第4集、医道の日本社刊、昭和50年6月30日)

肩中兪についての上記文章を書き終えた後、同じようなことを代田文誌先生が書き残していたことを想い出した。治喘の穴」とのタイトルで、「快速針刺激法」にでている治喘穴についてであった。治喘穴との名称は、これまでわが国では知られていなかった。文誌が、これまで治喘穴を大杼一行として用いていたものだった。「快速針刺激法」の記載は次の通り。

取穴:C7棘突起とTh1棘突起間に大椎をとり、その2~3分傍ら。骨縁。
主治:喘息、咳嗽、脊柱両側の痛み、後頭部の痛み。
針法:直刺1~1.5寸
針感:しびれて腫れぼったい感じが、下方に伝わり、背部または腰部に達する。

文誌自身の体験:昭和46年12月初旬に流感となった。葛根湯を飲んだり、身柱や風門に灸したがよくならず、やや慢性して咽痛や咳が出はじめ、夜中に咳がでて呼吸困難を感じるほどになり、布団の上に座っていなければならぬほどになった。
そこで自分で治喘と思えるところに針を打ってみたら、やや楽になったので、息子の文彦(代田文彦先生)に「快速針刺激法」の通り、治喘の針をしてもらった。
針尖を脊柱に沿って下方に向け、約1寸5分ほど刺入してもらった。すると脊柱に並行して下方に5寸jほどひびいていったが、針を抜いて更に直刺1寸ほどしてもらったら、針のひびきは、頸の方から咽の方に達した。すると間もなく咽が楽になり、咳が鎮まってきて、体を横にして眠ることができた。(以下略)

似田の見解:感冒は通常、発病後5日前後までは進行期(=副交感神経優位状態)であり、その後に回復期(=交感神経優位状態)に変化して発病7~10日程度で治癒する。副交感神経優位の症状とは、鼻水・発熱・だるさ・食欲不振などで、交感神経優位症状とは硬い黄色の鼻水出現であるが、この交感神経優位段階では元気を回復しており、日常生活ができるまでになっている。
しかし患者の中には7~10日どころか、数週間もカゼをひいている、カゼが抜けないという者がいる。これは、なかなか交感神経優位状態に移行できない者なのだろうと筆者は考えている。この時のカゼの治療は、交感神経を優位にするような施術を行う。具体的には「身体に活をいれる治療」で、座位にての強刺激の施灸がよい。

治喘から深刺しても斜角筋に達しないが、この部の筋(長短回旋筋など)状態が過敏状態となっていたので斜角筋に影響を与え、併せて交感神経優位に導いたとものと解釈した。

 

 


腕神経叢刺激ポイント

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腕神経叢刺激には、側頸部から行う天鼎刺激と上背部から行う肩中兪の2つがある。一見すると天鼎の方が高く、肩中兪は低い位置にあるように考えが地だが、実際にはほぼ同じ高さにでる。

1.肩中兪

1)肩中兪深刺の適応
   
肩中兪(C7棘突起外方2寸)深刺では第1肋間(第1肋骨と第2肋骨間)に刺入できる。この刺針の適応は、頸部交感神経節刺激の他に、腕神経支配領域の症状に対する治療としての使い道がある。
     
腕神経叢はC5~Th1神経前枝から成っているが、腕神経叢から起こり、中府・雲門あたりの大胸筋部痛、肩甲間部痛、後方四角腔部痛に対して、効果あることが多い。一方、肘を越える前腕~手指症状は、腕神経叢部の前・中斜角筋刺針の方が効果がある感触である。このような前腕~手指症状がある場合、患側上の側臥位で、肩中兪深刺と天鼎から前・中斜角筋刺針(これも腕神経叢の傍神経刺)を併用する方が多くなった。

 2)傍神経刺としての肩中兪
     
木下晴都氏の肋間神経痛に対する傍神経刺は、棘突起の外方3㎝からやや脊柱方向に10°傾けて4㎝ほど刺入すると記載されている。追試してみると良好な結果を得られたのだが、誤ると気胸になるかもしれない危険性がある処である。

木下の治療理論は、間神経に接触する外肋間筋を緩ることを治療根拠としているようだが、これは危ない針になりかねない。フェリックス・マンは「鍼の科学」の中で、突起端にぶつけると、神経根刺激と同様な響きが得られると記しており、横突起付近は筋の重積が密であることから筋膜癒着が症状の本態なのではないかと予想した。要するに、棘突起外方3㎝ではなく、棘突起外方2㎝(すなわち外方1寸)から深刺して横突起付近の筋膜に響かせることが重要になるのだろう。

 

3.天鼎(中国式)

中国式天鼎は、腕神経叢を直接狙える位置にあり、刺針すると強い針響を上肢や肩部に送ることも可能である。ただし強い響きを与えることが治療効果と直接結びつくことがなく、筋の絞扼症状としての腕神経叢興奮は、筋緊張を緩めることの方が本質的になるだろう。

※学校協会編の天鼎は、喉頭隆起外方3寸、下顎角下方1寸、胸鎖乳突筋前縁に扶突をとり、その後下方1寸胸鎖乳突筋後縁になる。こちらの天鼎位置では、私には治療企図が思いつかない。


1)腕神経叢直接刺激点としての中国天鼎

頸椎側線中央にある横突起の並びで、C6C7横突起を触知し、その内縁に刺針する。針は前斜角筋と中斜角筋の間を通過して、腕神経叢を刺激できる。

2)傍神経刺としての中国天鼎 

 頸を前面からみると、胸鎖乳突筋→前斜角筋→腕神経叢→中斜角筋の順に層をなしている。腕神経叢傍神経刺とは、C6の高さで胸鎖乳突筋外縁を刺針点とし、同じ高さの棘突起方向に刺針する。針は前斜角筋→中斜角筋と刺入する。途中で間接的に腕神経叢に影響を与える。こちらの方が穏和な刺激感になる。

椅座位で生ずる右大腿後側痛に、大殿筋トリガーポイント刺鍼が有効な例(85歳、女性)Ver.1.2

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1.症例(85歳、女性)

主訴:右大腿後側痛

現病歴:
当院初診15日ほど前から、思い当たる理由なく、右大腿後側痛が出現した。仰臥位時や立位、歩行時には痛まないが、椅子に座ると痛み出現し、我慢できないという。


理学所見:
症状部である大腿後側中央の殷門穴あたりに強い圧痛あり。坐骨神経ブロック点の圧痛なし。下腿から足部にかけての圧痛も目立たなかった。

当初の診断:
痛みが下腿にないこと、坐骨神経ブロック点すなわち梨状筋にも圧痛ないことから、ハムストリング筋の限局的なトリガーポイント陽性と判断。


初期の鍼灸治療:
側臥位で坐骨神経ブロック点・殷門・下腿坐骨神経走行沿いの経穴に刺鍼するも効果もないので、殷門付近の局所集中置鍼を行い、筋の完全弛緩目的で20~40分ほど置鍼してみたが、治療効果は術後1時間程度しか保てなかった。同治療を繰り返すと、徐々に効いてくるのではないかとも思って、1ヶ月間に20回この治療を行うも前進はみられなかった。


2.大殿筋トリガーへの針灸治療として

「痛みを再現する動作をさせて反応点を見出し、刺激する」という鉄則を思い出した。
ベッドに座らせると、やはり大腿後側でベッドに押し付けられる部が痛むというので、その姿勢のままやや患側殿部をベッドから浮き上がらせた姿勢をとらせ、大腿後側に指を差し込んで圧痛を診てみた。すると圧痛は大腿後側になく、承扶(殿部と大腿後側の境界)あたりにあった。要するに大腿後側痛は放散痛部位にすぎないらしかった。

承扶の圧痛を発現させた肢位で刺鍼することは難しいので、側臥位で再び承扶を押圧してみると圧痛はなくなっており、仙骨外縁に新たな圧痛を発見できた。
この仙骨外縁は梨状筋症候群で、しばしば圧痛をみることが多いが、今回の仙骨外縁の圧痛は単に下向きの力で押圧しただけでは発見できず、大殿筋起始部から仙骨外縁を強く押し付けるようにして初めて強い圧痛点反応となって把握できた。針も大殿筋起始から仙骨外縁にぶつけるように刺鍼し、やっと持続効果を得ることができた。


 

3.同様の症例に遭遇(62才、女性)

数年後62才女性で、3週間前から両側の下殿部が痛むとのことで来院。近くの整形を受診して座骨神経痛といわれ、湿布を渡されたが効果なかったという。
この時は、当方も経験を積んでいたので、直ちに大殿筋のトリガー活性症状であると診断できた。ただし仙腸関節部の圧痛も強く、仙腸関節機能障害も合併しているかと思えた。治療は、側臥位にて仙腸関節運動針を行い、側臥位で承扶あたりの圧痛点に中国針を手技針した。
これで症状は少し改善した。
大殿筋が緊張して収縮して痛むのだがら、大殿筋を伸張して施術するため、立位出できるだけ深く前屈する姿勢をさせた状態で、承扶あたりの圧痛点に軽い手技針を実施し、症状はさらに改善。承扶に置針した状態で静かに数歩歩行させるという運動針を行って抜針。これでほぼ症状消失した。

本症例を通して気づいたことは、2つある。
1)仙腸関節の圧痛は、仙腸関節機能障害だけでなく、大殿筋トリガー活性でも生ずること。このことは、上図を見れば、その通りの状況である。すなわち大殿筋のトリガーポイントは3箇所あり、①仙骨との付着部付近の中央(=仙腸関節部)、②座骨結節の後方付近(=承扶)、③尾骨下部付近(会陽)、であるという。
本例は、②の承扶に最大疼痛部があった。

2)大殿筋収縮している際の伸張痛は単に承扶に刺針するよりも立位前屈で行うと効果的であること。その立位前屈も、両手掌をベッドにおいて上体を支えるよりも、ベッド等を使わず、手を自分の下肢の方にもていき、深く前屈させた方が有効であることも実感した。後者の体位の方が、大殿筋を強く伸張されるからであろう。

 

 

ドレス色と静脈色の錯覚 ver,1,1

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1.ドレスの色の錯覚

2015年頃、「写真のドレスの色は何色か?」ということで世間を大いに賑わせた。問題となった写真を見ると、私には黄色+白色に見え、それ以外に見えようがなかった。しかし人によっては青色+黒色にも見え、正解のドレスの色も青色+黒色だという。

この謎現象について、非常に理解しやすい絵を発見したので、転載した。

 

上段の2枚の絵は、左の女の子が青+黒の服を着ていて、右の子は黄+白の服を着ているかに見える。しかし左図の黒色部分と右図の黄色部分は、実は同色である。四角で囲んだ色はどれも同じなのである。

下段の2枚の絵は、上段の図を反転させたものである。つまり補色になっている。青色の補色は黄色、赤色の補色は緑色といった具合に。上の絵で上段のドレスの青色が下段では黄色に変化しているのがわかる。上段の黒色は下段では灰色となるが、背景が濃い灰色なので相対的に白色と認識されるようだ。

2.静脈色の錯覚

これだけの話ならば、改めて本ブログで取り上げるような話ではない。ところがである。

昔から医学書では静脈が青色で示されているのが常識だったが、青く見える静脈は実は灰色だったということが判明してきた。人間の静脈は肌の色との対比による目の錯覚で青く見えているのであって、静脈の画像を物理的に確認しても、静脈の色は青ではなくむしろ灰色に近いという。(立命館大学文学部の北岡明佳教授による)


3.「ドレス色の錯覚」の後日談(令和6年5月14日ニュース)

ドレスの色云々は、単純に面白いトピックだったので世界的なニュースとなった。
このドレスは、スコットランドに住むジョンストン夫妻の結婚式の際に使用するため、娘の母が贈ったものだったという。その後、夫婦になって11年間、この新郎は家庭内暴力を行い、殺人未遂の疑いで起訴されたことで、「ああ、あの人が・・・」ということで二度目のニュースとなってしまった。

 

へバーデン結節の治療 ver.1.4

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1.病態
 
1)手指のDIP関節にみる変形性関節症。DIP関節基底部背側中央の伸筋腱付着部を挟んで、2つのコブ(結節性隆起)があるように見える。これは関節の炎症により関節包がゆるみ、摩耗した骨が周囲に骨棘を増生させて骨性の膨隆が生じる結果である。屈曲方向に曲がりはじめる。

 


2)ヘバーデン結節の症状は主に運動時痛だが、初期にはDIP関節が左右対称性に赤く腫脹し、自発痛を伴うことがある。 一方、3ヶ月が経過し、ある程度変形が進んで関節の動きが悪くなると、痛みがなくなる者が多いとされる。しかしいつまでも痛みが去らない者もおり、通院しても痛み止めや湿布を処方するばかりで、医者は頼りにならず、針灸で何とかならないかと来院する。

※ヘバーデン結節の語呂
①「女は40でへばる」 ヘバーデン結節は、女性の中年以降(40才)に多発する。
②指を上に向けて「ヘブン(天国)」。DIPはヘバーデン結節、PIPはブシャール結節


2.腱付着部症としてのヘバーデン結節

ヘバーデン結節部の圧痛点を探ると、DIP関節の2つのコブの間にあることが最も多く、他に左右側面に、そして時にはDIP関節掌側面中央にみることもある。時計の文字盤でいうと12時、3時、6時、9時以外の圧痛点は、あまりない。すなわち圧痛点は、いずれも腱や靱帯部分になる。

2つのコブの意味は、背側側腱付着部組織は隆起し、腱の骨付着部症がある。これは腱付着部  に微細な損傷をうけ、その修復機転としての軟骨化生、瘢痕性肥厚、石灰沈着、骨棘形成などが  発生している状態だとされるが、コブそのものに圧痛はないことが興味深い。痛みの正体は、変形に由来する関節包からくるのではなく、腱付着部症なのではないかとのの見方もできる。(辻田祐二良ほか:いわゆる「指曲がり症」(ヘバーデン結節)発症メカニズム、産業医学、1988)

腱付着部痛は次の機序で進展する。
指のDIP関節の変形
→関節包痛および関節変形にともなう腱痛(指背側にある指伸筋腱、指腹側にある浅・深指屈筋腱、 関節側面にある側副靱帯)付着部痛
→指の屈伸で痛む 
→痛むので指の屈伸運動をしなくなる。
→たまに屈伸運動する際には、以前よりも強い痛みを感ずる。


3.局所針灸治療

へバーデン結節の痛みは、筋腱付着部症と関節包の痛みの2種類あるが、腱付着部症の痛みが 主体になると考えられる。一般に施術直後は減痛できるが、持続作用は一両日なので自宅施灸を毎日行わせる。

1)DIP関節基部背面の左右に、2つのこぶ(へバーデン結節)が出現する。その中点に指伸筋腱が走行しており、鍉針でさぐって圧痛がある部に糸状灸。指伸筋腱の末節骨停止部に圧痛あれば、この部にも糸状灸。施術は、DIPとPIPとも屈曲させた状態で行うと、指伸筋腱が緊張するので、効果増大が期待できる。  
2)DIP関節側面の側副靱帯停止部に細針にて浅く刺針。その状態でDIP屈伸運動実施。
3)DIP関節側面の側副靱帯部に圧痛あれば糸状灸を行う。

   

4.遠隔針灸治療
  
指の背面にある指伸筋腱、および指腹側にある浅・深指屈筋腱に続く筋収縮をゆるめる目的で行う。これはⅠb抑制に相当する。すなわち腱を刺激すると腱の続く筋緊張が緩むと言う生理的現象を利用する。余分な筋収縮がなくなると、腱をひっぱる力も弱くなるので関が屈曲しやすくなる。
浅指屈筋腱(第2~第5指のPIP屈曲)と深指屈筋腱(第2~第5指のDIP屈曲)に続く浅指屈筋と深指屈筋は、下図の位置にある。浅指屈筋と深指屈筋に対する刺針は、手根管症状群と同様になる。ヘバーデン結節のPIP関節掌側面中央の痛みに対しては、浅指屈筋に対する刺針になり、郄門あたりから深刺する。

 

指伸筋腱の延長上にある指指筋に対する施術は、三焦経の四瀆(前腕中央)および三陽絡(四瀆の下方1寸)になる。手関節を背屈させた肢位で行うとよい。

 

 

5.手技療法   

1)指コロ指圧ローラー 

指伸筋腱、指屈筋腱、指でつまんでこするように上下にすべらせるような、商品名「指コロ指圧ローラー」(富永喜代医師考案)で刺激する。本製品はアマゾンで千数百円で入手できる。

2)指元圧迫しつつ指屈伸運動(Flexor Tendon Gliging Exercise)

代田文誌は、バネ指に対し、手首を締めつけるように押圧しつつ、指を屈伸運動させることがバネ指に効果あると発表した。これを追試してみると、ある程度の効果は認めるも、驚くほどの効き目はなかった。それでも患者が自宅で行わせるには適したものだった。筆者は文誌のやり方にヒントを得て、結節ができている腱の延長上にある前腕筋に刺入し、指の屈伸運動を行わせることを考案した。この効果は優秀で、現在でも筆者の得意とする治療方法となっている。

バネ指の針灸治療 ver3.3(2022.6/10)
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/e5b5616ff27ed725e4841034d9eee012

これと同じような考え方をヘバーデン結節の治療に応用できないかと考えた。
ヘバーデン結節のある指腹と指背の根元を、もう片方の母指と示指ではさむよう強圧しつつ、指の屈伸運動を行わせる。
これは昨夜、寝ている最中に思いついたばかりである。

上記原稿を書いた6日後に、ヘバーデン結節で来院中の患者が来院した。

症例 (50才、女性)
主訴:右小指ヘバーデン結節による痛み、左示指にもヘバーデン結節あり。
現病歴:当院初診(令和5年8月下旬)2~3ヶ月前に上記ヘバーデン結節による痛みを訴えて来院。
右小指ヘバーデン結節の圧痛点は、PIP関節背面中央(指伸筋腱上)、PIP関節掌側中央(指屈筋腱上)、左右の側副靱帯中央の4カ所にあり。左示指の圧痛点は背面、左右側面の3カ所にあるが、掌面にはない。ヘバーデン結節自体は存在するが、目立った隆起にはなっていない。

当初、本患者のPIP関節圧痛点に対して、ゴマ灸それぞれ2壮を行い、関連症状と思えるテニス様症状に対して、短橈側手根屈筋(手三里のやや尺側)に運動針を行った。自宅施灸を行わせ1~2週間に1度施術を行い、6ヶ月ほど経過した。
本日(令和6年2月24日)、次の方法で治療を試みた。治療直後効果は不明だが、③を自宅にて1回20回指の屈伸を1日2回以上をやってもらうことにした。
 ①局所へこゴマ灸、それぞれ1壮
 ②浅指伸筋(郄門の内方で心経上)へ運動針
 ③基節骨圧迫による患指屈伸運動


この原稿を書いている時点で、このエクササイズは私が考案したつもりでいたが、実際はすでにリハ分野では知られている方法で、Flexor Tendon Gliging Exercise (屈筋腱滑走訓練)という。腱の滑走は、現代のリハ訓練で重要視されている。指の屈筋腱には、浅指屈筋腱と深指屈筋腱の2つがあり、これらは腱内でまとめられ、その下の骨あたり押さえつけられている。関節の動きを生み出すには、腱は腱鞘内で個別に滑る必要がある(差動滑走)。腱の滑りが抑制されると、関節の可動域、筋力の低下、協調性の低下、手を使う能力の低下に影響を与えるようになる。適応症は手根管症候群だが、バネ指やヘバーデン結節にも有効だと思えた。

治療経過と効果

主訴がヘバーデン結節に伴う示指と小指の痛みに対し、治療院内で指導し、自宅でも1日4回、1回20回の指屈伸運動を行わせた。患者は頑張ってこの運動法を忠実に実施した。当初この運動効果は判然としなかったが、3ヶ月経った頃にはっきりと治療効果が現れた。患者自身の口から、「ずいぶん痛みが減った」と回答した。
別の患者で、変形性膝関節症およびオペ後遺症(下腹部痛・肋間神経痛)を訴える者がいて、あるときヘバーデン結節の痛みを訴えた時があった。これは程度が軽かったこともあり、一回の上記運動法で痛み消失したこともあった。
 

こむら返りの病態生理と対応 ver.1.1

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1.こむらがえりとは

「こむら(=腓)返り」とはふくらはぎが、つ(=攣)ること。腓腹筋痙攣 cramp in the calf で、これは有痛性筋痙攣の一種。腓腹筋に起こることが多いが、大腿、前脛骨筋、足指、足裏にも起こる。
 

2.病態生理

近年の研究では、“こむら返り”は、筋肉そのものではなく筋紡錘や腱紡錘(ゴルジ腱器官)がトラブルを起こした結果、発症するものと考えられるようになった。
  
1)運動時に起こるこむら返り
    
筋が伸びるとその中にある筋紡錘も伸びる。すると「筋が引っぱられた」との信号を中枢に送る。すると脳は「これ以上伸びると危険なので縮め」との指令を出し、運動ニューロンを介して筋が縮む。運動をしている最中や運動の直後に、こうした状態になりやすい。筋紡錘の機能が過剰亢進すると筋肉が収縮し続けるので、こむら返りをきたす。
 
事例:かつて95才男性が当院に来院していた。ゴルフマニアで冬でも週1~2回はコースを回るのを生き甲斐としている。しかし最近気温が下がったせいか、プレイ途中でふくらはぎが痙攣し、どうしても途中棄権してしまうと訴えた。私はとりあえず痙攣しそうな処に、痙攣する前に円皮針を貼るよう指導した。すると次回来院時に言うには、以降ふくらはぎの痙攣はなくなり最後までコースを回れたと非常に感謝された。本患者は円皮針を外すことなく、次々に追加して貼ったので、ついに片側の下肢だかで数十個貼っている状態となった。風呂に入るのなで自然にとれるまで貼っておくと話していた(風呂で足裏に針が刺さるというので家族には不評だった)。
 

2)睡眠時に生ずるこむら返り
    
腱紡錘は、主に筋の縮みを感知するセンサー。筋が縮むと、腱紡錘はその縮みを感知。それを中枢に伝達。脳は「腱に負担がかかり過ぎになりそうになると、筋肉や腱を守るために、「これ以上縮むな」との指令を出す。ところで、<こむら返りとは骨格筋が強烈に縮む>ことである。脳は「これ以上縮むな」という命令を出しているのだが、腱紡錘の機能低下により、筋紡錘は勿論、腱紡錘も緩む方向に誘導できず、筋収縮を止められない。この結果としてこむら返りが生ずる。

 

図1:一つの筋中に筋線維は多数あり、筋紡錘もこれに並列に並んでいる。筋紡錘自体は、筋収縮する機能はなく、筋の伸張程度をモニターしている。筋線維が伸長すると「引っぱられた」との情報を得る。
図2:腱紡錘は筋腱移行部に直列で存在する。筋線維が収縮すると、腱紡錘は「引っぱられた」との情報を得る。この時、筋紡錘は無反応。

 

3.腱紡錘の働きが鈍る原因

こむら返りは、激しい運動中でも起こるが、安静にしていて起こることの方が多い。とくに睡眠中にこむら返りが起こると、痛くて目が覚めるほどになる。安静時にこむら返りが起こるのは、腱紡錘の働きが鈍るのが原因である。ではなぜ働きが鈍化するのだろうか。
  
1)睡眠中
睡眠中は、筋肉の弛緩が長時間続く。これは腱紡錘への刺激がない状態が長時間続くということでもある。すると腱紡錘が休眠してしまい、腱が引っ張られたことを感知できなくなる。その結果、筋肉の収縮を抑制せずに、筋肉が収縮したままの状態になる。

2)電解質の異常
筋肉の収縮の調節にかかわるのがMgとCa。不足すると神経伝達に支障が生じ、腱紡錘の働きも鈍くなり足がつる。これはスポーツ中に脚がつるなどの場合の原因になるが、加齢や疲労、脱水、冷えなどによってもミネラルバランスはくずれ、同様の機序で足がつる。高齢者では咽の渇きを感じにくいので脱水に注意する。
  
3)冷え
布団から足が出ていたりして足が冷えると、血流が滞るので、これも足がつる原因になる。
   
4)器質的疾患
脊髄疾患:脊柱管狭窄症、腰椎椎間板ヘルニア
代謝疾患:糖尿病、腎臓病、肝臓病     ←入院で輸液が必要になる程度の電解質異常がある場合
血管疾患:閉塞性動脈硬化症、下肢静脈瘤
 

4.つった時の対処法
  
1)筋収縮が生じた筋肉を他動的に伸ばすことで、ゴルジ腱器官を刺激。腓腹筋痙攣発作時には、経験的に発作が治まるまで母趾を強く背屈させて腓腹筋ストレッチをすることが有効である。夜間の発作の最中この動作をするのは、起き上がらねばならないので面倒である。しかし患側の足母指のMP関節を強く背屈させて、腓腹筋だけでなく長拇趾屈筋・総趾屈筋のストレッチをするようにすれば仰臥位のままできる。ちなみに長拇趾屈筋は、バレリーナがつま先立ちをするために鍛えるべき筋として知られている。



 

2)手足、とくに足の保温につとめる。具体的には腓腹筋部に保温のためのサポーターを施す。

3)芍薬甘草湯:つったときに頓服的に服用する。ただし事前に服用しても効果あり。 効果発現まで平均6分。効果持続時間は4~6時間。内臓平滑筋痙攣も適応になる。
 

5.深腓骨神経ブロック(局麻注射)
   
高山瑩・伊藤博志は、腰椎変性疾患に伴うこむら返りで日常生活に支障が出ていた患者32人に対し、太衝穴から深腓骨神経ブロック(局麻注射)を実施。全例でこむら返りの発生頻度が1カ月に1回以下に減少すると発表した。一度行えば数カ月間、効果が持続する。なお中封からの深腓骨神経ブロックも試みたが、太衝ブロックよりも効果は劣った。
(「腰痛などを伴っているこむら返りに難渋している症例に対しての治療効果」:日本腰痛会誌、8(1):126--130.2002)

※この神経ブロックは、原理的に足母指を強力に背屈させるのと同じだが、持続作用があるらしい。太衝に円皮針を置いても効果あるだろうか?

6.腱紡錘の反応性鈍化が原因だとすれば、腓腹筋がアキレス腱に移行する部である承山あたりの刺激が有効となるかもしれない。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

急性足関節捻挫には局所強刺激単刺+テーピング ver 1.6

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1.捻挫の概念

関節捻挫とは、関節が一瞬ずれ、次の瞬間には元に戻るという状況である。関節が元に戻った後に来院するので、関節包や靱帯など、関節支持組織の損傷ということになる。足関節に好発する。
※今回は、急性足関節捻挫を説明し、次回は慢性足関節捻挫をとりあげる。

2.捻挫の好発部位

1)足関節外側捻挫(内反捻挫)

足関節の靱帯損傷は、外果縁(前距腓靱帯、踵腓靱帯)、と内果縁(三角靱帯)に起こりやすい。足関節の外側靱帯には前距腓靱帯・踵腓靱帯・後距腓靭帯がある。これらの靱帯損傷を総称して外側靭帯損傷とよぶが、外側捻挫はとくに前距腓靱帯損傷が多い。
2度(詳細後述)以上の重度の靭帯損傷があると、前距腓靭帯+踵腓靭帯損傷の形となることが多い。


2)二分靱帯捻挫

踵骨から舟状骨に、また踵骨から立方骨に靱帯が分かれしてついているので、この二つの靭帯を合わせて二分靭帯とよぶ。二分靭帯捻挫は、外側捻挫とほぼ同様の機序で発症する。二分靱帯はまれに剥離骨折を生ずることもある。
日常診療においては、足関節捻挫の最多好発部位である前距腓靭帯と部位が近いので、見逃しやすく、正確な触診による圧痛点(外果のやや前方の圧痛)の把握が診断に重要である。二分靱帯捻挫は、後遺症なく治るとされている。


3)足関節内側捻挫(外反捻挫)

足関節の外反捻挫は、前記の内反捻挫と比べて少ない。足の内果と足根骨は4本の靱帯で結合され、これを総称して三角靱帯と称する(4つの靱帯個々の名称は記憶する必要なし)。
三角靱帯は強靱なので、大きな捻挫を起こすことは稀である。一方、強力な力を受けた場合は、剥離骨折を生じることもある。

 
3.捻挫の自然経過と治癒過程

1)炎症過程(急性期) 
捻挫では関節包靱帯を損傷し、関節包靱帯の内面の滑膜層に炎症性の腫脹が発生する。腫脹の中身は滑膜層からの分泌物で、これが関節包の中に充満すると関節の可動範囲が狭まり、疼痛が発生する。
関節包靱帯やそれを補強する側副靱帯などが部分断裂を起こすと、その部分より出血を生じ、見た目にも青黒く皮下出血斑が広がっているのが確認できる。そのため、いち早いRICE処置が必要となる。


2)消炎期(治癒期)

3~4日の急性期が終わると、腫れも落ち着き、各組織が移動を始めて新しい組織を生み出す準備を開始し、組織修復が始まる。この頃になると、最初の炎症期のような激しい痛みはなくなる。この組織修復の原動力となるものは腱に含まれるコラーゲンであるという。


3)再生期(修復期)

腫れが引き、治癒の準備ができると組織は再生と修復を始める。筋肉や腱、靭帯などの組織は、受傷後3~4日して瘢痕組織を形成してしばらくの間、補強され、数ヶ月後にはほとんど元の組織に回復する。この瘢痕が存在する時期は、捻挫を再発しやすい時期でもある。この時期に捻挫を繰り返して瘢痕組織を傷つけると、捻挫が慢性化してしまう。
また受傷後の毛細血管はケガから2~3日で修復を開始し、新しい血管を形成していく。この段階は約4ヶ月も続くことがある。
新しい組織が強い構造(ケガの前の正常な構造配列)を形成するためには、ある程度のストレス(運動)が必要なことから、適切なリハビリが重要になる。


4.重症度分類と処置法

1)第1度

病態:靱帯断裂を伴わない軽度または微小な捻挫。
症状:ある程度の腫脹を伴う軽度の圧痛。
治療:安静とサポーター

2)第2度

病態:不完全または部分断裂を伴う中程度の捻挫
症状:明らかな腫脹、斑状出血、歩行困難
治療:膝下歩行、3週間のギブス固定

3)第3度

病態:完全な靱帯断裂
症状:腫脹、足関節不安定性、歩行不能
治療:ギブス固定または手術


5.針灸治療

1)針灸の適応とテーピング固定

針灸治療は第1度捻挫に著効する。第2度にもある程度適応がある。第3度には適応がない。要するに痛いながらも何とか歩けるものが適応になる。針灸治療自体は鎮痛消炎目的で行うので、ごく軽い捻挫を除き、治療院でも関節固定を行うべきである。とはいっても捻挫の固定は整形外科や整骨院が本業とするところなので、針灸院レベルではテーピング固定(伸縮性のないテープを使用)を行う程度となる。逆にいえば、テーピング固定しても歩行困難な患者は針灸適応外といえる。針灸治療だけで固定をしない場合、痛み自体は間もなく消退するが、靱帯がゆるんだまま炎症が治まった状態(これを慢性捻挫とよぶ)に移行しやすい。慢性捻挫では、一定の負荷の持続で、関節部が腫脹し痛みを訴える。また捻挫を起こしやすくなる。


2)針灸治療法

現代医学においても、打撲・捻挫などの外傷の時に、圧痛点に局所麻酔を打つと治癒が促進されることが知られている。痛みを放置した状態→反射的に筋肉の緊張が強くなる→交感神経の緊張が続き、腫れや血行障害が続く、ということで局麻注射は痛みの悪循環を遮断する意味がある。
   
圧痛点に針灸治療を行う意義も同様で、鎮痛→筋緊張緩和→交感神経緊張緩和→血行促進→自然治癒力増強という機序が作用する。

代田文彦は、「捻挫時の圧痛点刺針は、骨膜に至るまで深刺した方がよく、その理由として骨膜は広汎に響きを与えられるので、刺針効果の及ぶ範囲が広くなる」と話していた。針灸治療自体は容易で、捻挫部の圧痛点を数カ所みつけ、そこに強刺激の単刺法を行う。結果として阿是穴治療になることが多い。
刺針時の患者体位としては、捻挫部を広げて靱帯伸張させて刺針すると針が骨間の凹みの底に至りやすくなり、針の響きも広範囲になる。

 


3)第Ⅰ度の急性足関節内反捻挫の局所治療奏功例(2022.8.9 柏原修一氏報告)

患者:64歳、男

主訴:右足首の内反捻挫。

現病歴:2022.8/6に趣味のランニング中に道路の凹凸に足をとられて右足首の内反捻挫。

所見:内出血、発赤、熱感、腫脹なし。内反動作で右外果下部に動作痛および圧痛。重症度分類はⅠ度と推定。

治療:第5期針灸奮起の会 「下肢症状の治療技術」に基づきⅠ度の急性捻挫と診断し、右外果下の圧痛点5カ所に寸3-1で単刺。半米粒大の艾炷2壮を9分透熱灸。その後キネシオテープ3枚で固定。通常歩行動作で痛みのないことを確認。

考察:本症例は受傷後3日目の軽度急性捻挫と診断し、単刺と9分灸で消炎措置を行い、キネシオテープで固定して様子をみてもらうこととしました。本症例は、Ⅰ度の足  関節内反捻挫といことで、鍼灸はよく奏功するが、ここで必要となるのが、捻挫の重症度区分を見分ける知識である。Ⅰ度であれば歩ける。Ⅱ度であれば立てるが歩けない。Ⅲ度では立つこともできないという区分が役立つだろう。

鼠径部周囲穴の由来の考察 ver.2.0

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1.曲骨(任)、横骨(腎)

「曲骨」(任)は恥骨結合の直上にとる。本穴は恥骨上縁で弯曲した処なので曲骨とした。

横骨は恥骨の意味であるとともに、腎経の穴名でもある。骨度法では、横骨長は骨度法では6.5寸と定められている。横骨とは現代でいう恥骨のことだが、これを恥骨結節両端間の距離とすることは無理があるので、おそらく恥骨上枝の左右外端の間の長さを意味するのだろう。
なお横骨長には < むご(6.5寸)い横骨 > という語呂がある。

「横骨」(腎)は腹直筋上であるが、曲骨は白線上にある。白線とは筋を包む結合識で、外腹斜筋や内腹斜筋、腹横筋それぞれの腱のつながりである。筋ではなく腱なので刺針時には抵抗を感じるのを避け、曲骨の代用として横骨に刺針するという使い方もある。神経は陰茎背神経(陰部神経の枝)なので、膀胱炎やEDで使われることが多い。もっとも曲骨から刺針してペニスに響かせてもEDが治る訳ではない(尿道炎の鎮痛には効いたことがある)。曲骨の灸(毎日7壮以上)は慢性反復性膀胱炎に適応がある。抗生物質内服をいつまでも続ける訳にはいかないが、服薬中止すると症状が再発しやすいが、施灸を継続すると症状再発がない。曲骨の灸3壮では再発し、7壮に増やしてから症状が治まったという経験がある。


2.衝門(脾)

上前腸骨棘と恥骨結節外端の結ぶのは鼠径靱帯で、このほぼ中央に「衝門」(脾)をとる。「衝門」は大腿動脈拍動部でもあるので取穴上の基準点になる。理論的には下肢の血流改善の目的での治療点となるだろう。下肢閉塞性動脈硬化症では衝門の拍動作が減弱することがある。


3.気衝(胃)

「気衝」は”衝”の文字がついてはいるが動脈拍動部ではない。下肢から上行してきた胃経には勢いがあり、髀関穴で直角に折れ曲がり、気衝で再び折れ曲がって、下腹部を上行する。経絡がぶつかって流れが急変するという意味で、”衝”の文字がつけられたのだろう。衝突の”衝”である。

 

4.髀関(胃)

”髀”は大腿の意味。学校協会教科書では「上前腸骨棘の下方、縫工筋と大腿筋膜張筋の間、陥凹部」とある。このあたりの解剖学的要所は、下前腸骨棘であり、この部は大腿直筋の起始部でもある。髀関は私は、ここを取穴している。



6.急脈(奇)

急脈とは、水なし川状態にあったものが、急激に流水量が増した状態のようなもので、勃起状態(出現する陰茎海綿体の充血)を示すのだろう。私が数十年前に針灸学生だった頃、急脈は奇穴だったが、近年は肝経所属になったようだ。鼠径部で曲骨の外2.5寸。気衝のわずが5分(≒1㎝)外方になる。
<医心方>によれば「急脈の別名を羊矢(ようし)、陰部の腹と股が相接するところ」とある。羊矢穴周辺が羊のようにニオイがきつい(なまぐさい)ことを例えたものである。羊はもともと生臭い家畜であり、木を三つ合わせて「森」になったように、羊が三つ合わさるとなまぐさいという意味になる。部位的にアポクリン腺がある部なので腋の下と同じようなニオイとなる。羊矢の「矢」は、クサビ型(V字形)を意味し、左右の鼠径部が合わさるところを矢に例えた。

羊矢がニオイがきついことは、膻中穴もニオイがきついことを示す。膻は羊+亶からなり、亶はこってりした状態を示す。要するに「膻」のように生臭いという意味になる。これはおそらく乳頭からこぼれた母乳が両乳間に位置する膻中あたりに溜まり、それが腐敗してくさいニオイとなったものだろう。
 

7.居髎(きょりょう)(胆)

居髎と環跳については、以前にも書いた記事があるので参照のこと。

居髎と環跳の位置と臨床運用  ver.1.1
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/7238c899cf40bfc3b09499a44a5f6a61

私は居髎を<こりょう>と読むと習ったのに、いつのまにか<きょりょう>に変わってしまった。「居」はしゃがむ姿勢、「髎」は骨の陥凹部。膝を屈してできた陥凹部に取穴することから。これは和式トイレでの排便姿勢になる。上前腸骨棘の内縁で、鼠径溝外端、縫工筋の上前腸骨棘起始部にとる。直下に大腿外側側神経が縦走している。なお蹲踞姿勢とは下写真のような姿勢で相撲や剣道などで対戦前の儀礼姿勢になる。
            

 

8.環跳(胆)

側臥位、上になった側の股を関してできる鼠径溝の外端。「環」は丸いことで股関節回転軸を意味。「跳」はジャンプすることで、ジャンプ時に股関節は大きく動くことから。
居髎と環跳は、ともに股関節を強く屈曲した状態で取穴するのだが、居髎は股関節を屈曲させた上で、さらに外転させた姿勢で取穴することになる。


筋々膜性腰痛の針灸治療(上) 横突棘筋性の腰痛 ver.1.4

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1.概念

背腰部の過伸展や捻転→筋々膜のトリガー活性化→脊髄神経後枝が筋膜を貫く部位で刺激されて枝興奮。なお腰背筋の代表といえるのは脊柱起立筋だが、この筋は脊柱を支え、固定するための能が中心で、寝ている時以外は常に緊張状態にあることが知られるようになった。筋筋膜性腰痛の関係は密接でない。
 

不正動作ににより突発的に生ずる痛みは、大腰筋・腰方形筋・横突棘筋(=短背筋)の問題らしい。これら筋群は、腰椎に直接付着しているという共通性がある。

2.横突棘筋の筋々膜性痛

1)短背筋の構造 

棘突起外方5分で背腰部督脈に伴走するラインを背部一行線(または夾脊)とよぶ。この部には半棘筋・多裂筋・長回旋筋・短回旋筋があり、横突棘筋と総称する。基本的に横突起を起始とし、それより上位の棘突起を停止とする筋。靴ヒモ様の構造になっている。すべて脊髄神経後枝支配。

 

 

半棘筋も横突起と棘突起を結ぶ筋であるが、比較的筋長が長いので、回旋作用よりも屈伸作用が主体となり、腰仙椎部分で発達している。

 

2)横突棘筋の脆弱性

胸椎の椎間関刻面の構造上、左右回旋ができるが、前後屈はできないという特徴がある。なお胸を左右に回旋させる作用がある短背筋群は、半棘筋・長・短回旋筋である。
上体を左右に回旋する時、上下に隣接する胸椎は、半棘筋・長・短回旋筋の作用で少しずつ回旋るが、腰椎以下はし、左右回旋運動できないが、前後屈はできるという特徴があるので、回旋運はTh12-L1間でスムーズに流れず、強い力学的ストレスが椎間関節に加わることになる。結果椎間関節症を起こしやすい。またこの椎体間の不正な動きは、半棘筋・長・短回旋筋を無理に伸張させる動きとなるので、同筋群の筋々膜性腰痛も引き起こしやすい。

※短背筋は短い、すなわち起始と停止の距離が短いので、椎体間の不正な動きの衝撃を受け流すことが難しく、筋にダメージを受けやすい。その逆に起立筋(棘筋、最長筋、腸肋骨筋)は筋長が長いので上手に衝撃を逃がしやすい。

3)横突棘筋性筋々膜性腰痛の所見と針灸治療

胸椎部一行線上の短背筋群に圧痛出現する。この圧痛点下にある障害筋中2~3㎝刺入。置針5~10分。なおTh12-L1間の椎間関節性腰痛は高頻度に起こり、これをメイン症候群とよぶ。

 
3.とくに多裂筋性腰痛について

1)多裂筋の脆弱性

胸椎範囲の短背筋群の障害筋は、半棘筋・長・短回旋筋が代表的なのに対し、腰椎範囲の短背の障害筋は多裂筋が代表である。多裂筋は腰椎の前後屈運動を行う機能があるので、腰仙部で発している。多裂筋性腰痛は、上体の回旋動作で発症するのではなく、上体の前屈や再伸展動作で症しやすい。

寝ている時は何でもないのに、寝床から上半身を起こす動作で、急に腰痛を自覚する場合がある重症では継続して痛むが、軽症の場合では昼頃になると自然と腰痛消失し、翌朝は同じような腰が再び出現する。これは不良な就寝姿勢とくに軟らかすぎるマットにより殿が深く沈むことで腰前彎の増強→多裂筋緊張増強となっている状態である。
この状態は、仰臥位で腰部に手を差し入れるようにすると腰が浮き上がっていることで確認できる仰臥位で、両手で膝を抱えるようにして、背中を丸めるような姿勢をすると多裂筋伸張体操とな(=ウィリアム体操)。

2)カリエの「腰痛三角」刺針

脊柱起立筋は、腰部を過ぎて仙骨まで走行しているが、仙骨部は腱構造となって先細りしている起立筋の筋収縮は、この先細り部に加わる力が非常に大きいので、筋筋膜性の障害が起きやすい。第5腰椎棘突起、第1仙椎棘突起、上後腸骨棘の3点を結んだ領域に腰痛が起こりやすいことら、カリエはこの部を「腰痛三角」とよんだ。これも多裂筋緊張を診ていると考える。

伏臥位にて、腰痛三角部中央部から直刺して、針先を多裂筋中に入れる。直刺深刺すると多裂筋刺針になる。
腰痛三角からの刺針は、水平刺する見解もある。この理由は胸腰筋膜(=腰仙骨筋膜)の一端を形成しているのがこの領域になるからである。胸腰筋膜とは、腰仙部の表層の解剖学図で、白く示されている浅層筋膜の領域で、表層筋や脊椎をつなぎ合わせている部分で、この場合、浅層ということで水平刺するのがよいとされる。そして両脚の膝関節を10回程度、交互に屈曲(足をバタバタさせる)させる方法がある。また立位上体前屈位で腰痛三角から水平刺し、上体を前屈と再伸展を数回繰り返す方法も考案された。後者の場合、前屈可能な角度が増してくることを確認できる。

 

 

 

 

3)小腸兪と関元兪について

代田文誌著「鍼灸治療基礎学」では、小腸兪をL5棘突起外方1.5寸を取穴しているので、カリエの腰痛三角中央は、小腸兪一行に相当している。しかし今日の標準的な小腸兪位置は、S1仙骨の外方1.5寸になってしまった。一方、関元兪はL5棘突起下外方1.5寸に取ることに決まったので腰痛三角の中心は関元兪一行といえる。ただし沢田健は、L5棘突起外方1.5寸の部の小腸兪をリウマチの熱をとるツボと考えていた。その意味するところを代田文彦先生に質問したが、全身的症状に対しては、いちいち疼痛部に針灸すると大変なので、痛みの中心路である脊髄、その中で上肢に関係深い頸膨大部として大椎穴を、下肢に関係深い腰膨大部として小腸兪に施術するという考え方があるのを教えていただいた。


 

百会の治効と導出静脈 ver.1.2

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百会穴は代表的な経穴の一つで、針灸師の間でもその重要性が指摘されている。ところが重要視すべき根拠は、経絡学説以外には、あまり明確に認識されていないようである。
この原稿では、代田文誌先生の考え方を紹介するとともに、その背後にある現代の理論を説明する。


1.導出静脈の機能に関する代田文誌先生の見解

百会ならびに通天は、頭頂孔付近(百会付近で、正中から両側外方約1㎝)に位置する。頭頂孔は頭蓋の外側にある浅側頭静脈と頭蓋の内側にある上矢状洞を連絡する導血管の通路に相当する。したがって頭蓋内の鬱血、静脈血の環流の妨げがあると、頭蓋の外側に静脈血が流れ、環流をはかるようになる。
代田文誌氏は、このような見解に立って、百会・通天に刺針施灸または瀉血すると、この部分の血行を促進し、したがって頭蓋内の鬱血を除くと考えた。なかんずく、この部位の瀉血が頭痛、片頭痛、脳充血の症状を即座に好転せしむる。
以上の記述は、石川太刀雄「内臓体壁反射」より抜粋したものであるが、本書が出版されたのは1962年なので、再検討すべき課題である。
なお同様の内容は代田文雑誌著「鍼灸臨床録」にも書かれている。鍼灸臨床録は、代田文誌が残した学術的傾向の強い論文集である。石川太刀雄が鍼灸に深く関係する著書を出版した後、いろいろな針灸師から「○○はどうやって治療するのか?」とする質問を受けたそうだ。臨床医でない石川はその質問に答えず、なによりも即物的な回答を求める針灸師を嫌うようになった。石川が交友をもった針灸師は、代田文誌のみだったという話である。

 

※清濁合わせもった石川太刀雄

石川太刀雄といえば、鍼灸界では内臓体壁反射や皮電計で広く知られているが、第二次世界大戦中には陸軍731部隊に所属し、現地人(中国人、ロシア人など)を使った生体実験をしたことでも知られている。このことを私が初めて知ったのは森村誠一著「悪魔の飽食」で、その中に石川太刀雄の名前が出ていたので驚いたものである。非人道的な実験をしつつも、実際に貴重な生データを得られたのは事実だった。敗戦後、731部隊のメンバーは戦争犯罪人になるところ、データをアメリが側に提供すれば罪に問わないことにするという取引をして、実際に罪に問われることがなかった。
石川が亡くなったのは1973年で、私が30才だった頃に医道の日本誌のバックナンバーで知った。その記事のタイトルは「清濁合わせもつ人 石川太刀雄」であった。

 

 

 2.導出静脈付近の解剖

脳硬膜下で、かつ左右の脳硬膜が合わさる部分の大きな間隙を硬膜静脈洞とよび、脳を通ってきた静脈血を集めて内頸静脈に送る役割がある。
硬膜静脈洞で、大脳鎌上縁のものを、上矢状静脈洞とよぶ。頭蓋骨の円錐部にはいくつかの小孔が開口している。その代表が頭頂孔である。頭頂導出静脈は頭頂孔を通って、上矢状静脈洞と浅側頭静脈などの頭皮の静脈と交通している。すなわち導出静脈を仲介として、頭蓋内と頭蓋外の静脈血が貫通している。頭頂孔は、百会~通天付近に複数ある。頭頂導出静脈が出る部はほぼ百会の位置に相当するといえるが。同様の構造をもつものに、乳突導出静脈部の風池、後頭導出静脈部の強間などがある。さらに眼角静脈~眼静脈部の睛明もこの類になる。

 

 

 

 3.導出静脈の血流方向の変化

頭部の静脈には弁がないこともあり、上述した静脈の血流方向は変化することが分かってきた。この現象を「選択的脳冷却」とよび、現代医学の一研究分野となっている。

1)ヒトが高体温になると、顔面・頭皮の静脈血が、眼角・眼静脈、導出静脈経由で頭蓋内に流れ、脳の冷却に寄与している(反対に低体温時になると、脳から皮膚へと流れを変える)。頭蓋内が高温になると、頭や額から発汗する。これが蒸発する際に、気化熱を奪う。高体温時に、額を濡れタオルで冷やすというのは合理性がある。

2)眼窩の奥に位置する海綿静脈洞が、脳核心温度を下げるため、ラジエータとしての役割を果たしている(正確には、下鼻甲介部に分布している海綿静脈洞が、呼吸気流で冷却され、冷却された静脈血が海綿静脈洞に集まる)とする見解がある。

3)他にとして、換気量の増加は脳核心温度を下げる作用がある。これは上気道粘膜での水の蒸発による冷却効果である。イヌなどは暑い時、口をあけて大きく呼吸するのも、この機序を利用して脳内温度を低下させている。


4.脳の過熱防止機構と百会等への刺激

ヒトは、日中は脳の活動も盛んであり、徐々に脳の深部温度が高くなる。起床後、16時間ほど経過すると、脳の深部温が過熱した状態になり、過熱から脳を守る意味で眠気を感じる。入眠開始当初のノンレム睡眠に、脳の核心温と体温を強く下げる役割があることが知られている。
脳核心温度の上昇は、酷暑時や発熱時だけでなく、脳の活動過剰(知的活動、精神的ストレス)などでも生じやすいであろう。臨床的には、頭痛や不眠等の愁訴に対して、脳の核心温を下げることは治療になり得る。

冒頭に紹介した代田文誌の考察は、頭蓋内の静脈血の充満状態を、頭蓋外に放出することで減圧を図るとする考えのようだが、現代医学的研究は、脳の冷却におかれているようだ。

 

5.余談:医学生、北杜夫が受けた口頭試問

故、北杜夫は医師で小説家として有名だった。北杜夫が医学生だった頃、担当教官から次のような質問をされたという場面が載っていた。
「導出静脈の血流は、普段頭蓋内から頭蓋外に流れるのか?それとも頭蓋外から頭蓋内に流れるのか?」
北杜夫が、とまどいつつ「頭蓋内から頭蓋外に流れる」と返答した。
教官は、「本当にそれでよいか?」と問いただすと、北は「いや、頭蓋外から頭蓋内に」と回答を変えた。
すると再び教官は、「本当にそれでよいのだな」と問いだたすと、北は、「いや反対に・・・」とまたもや答えを訂正したという。

仙椎一行の圧痛硬結の意味

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1.腰殿痛を訴える一部の患者に、触診すると仙椎棘突起傍に圧痛硬結をみることがある。患者の大部分は、自分自身でその反応に気づかない。しかし腰椎や下部胸椎や腰椎の棘突起傍に刺針してもあまり腰殿痛は改善せず、仙椎棘突起傍に刺針して、初めて腰が伸びたり、上体の前方屈曲が可能になる者が結構多く、下部胸椎や腰椎の一行と併せ、仙椎一行(棘突起傍0.3~0.5寸)の圧痛硬結に刺針することは非常に効果がある。

 

2.仙椎一行の皮下にある筋は、表層も深層も多裂筋である。多裂筋や回旋筋は短いので、脊椎捻挫の際にモロに損傷を受けやすい。これに対し、起立筋などの長い筋は筋伸縮に余裕があるので衝撃を逃がすことでダメージを受けにくいのだという。腰部表層には、浅層ファッシア(浅層腰仙筋膜)が発達し、サポーターのようにて腰を保護している。したがって、腰部一行刺針で直刺すれば多裂筋、水平刺すれば浅層ファッシアに対する治療ということになる。

 

3.多裂筋のトリガーポイント
トラベルとシモンズの「トリガーポイントマニュアル」によると、仙骨部でS1やS4の高さの多裂筋のTPsは、まさにその部分の痛みが出現すように図示されている。


4.「椎間関節性腰痛」の顛末
30年ほど前、針灸師の間で、神経根症状のない腰殿部痛の大部分は、筋筋膜性腰痛(ほとんどは起立筋性や腰方形筋性の)と診断がつけられていたと思う。それが「椎間関節性腰痛」という病態が認識され出してから、胸腰椎棘突起直側に圧痛点を見いだせるものは椎間関節性腰痛と診断され、こうした圧痛が発見できないものには筋筋膜性腰痛とのベッドサイド的診断が行われてきたように考える。

それは椎間関節の捻挫→滑膜や周囲筋の筋損傷→脊髄神経後枝内側枝の興奮→背部一行の圧痛という機序で説明された。このような病態に対し、私は脊髄神経後枝内側枝の鎮痛目的で背部一行刺針を行い、まずまずの成果をあげてきた。一方、椎間関節にモロに針先をぶつけて刺激する方法も考案され、治療効果に優れていると記した報告も多々あった。この方法を試してみると、結構深刺になり、また確かに骨にはぶつかるが、椎間関節に刺入できているか否か判定しづらかった。さらに非常に強刺激な針になることがわかったので、使う機会は減っていった。というのも一行の針で満足できる効果が得られていたからでもあった。 
 

実際的に腰痛症の8割前後の患者に腰背部一行の圧痛が発見できるので、これをもって腰痛症の8割は椎間関節症だと考えたこともあった。しかし、これでは仙椎棘突起一行の圧痛を説明できない。仙椎は癒合しており、椎間関節は存在しないからである。すると痛みの原因として考えられるのは、背部一行にある筋自体の問題であって、前述したような多裂筋の問題に落ち着くのである。

 

 

中髎穴刺針の適応症(北小路博司氏の研究)と追試してみた印象

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※令和6年4月11日付けで、カマタ様から当院に11000円のお振込がありました。おそらくCDテキスト代金だと思いますが、カマタ様の住所・電話が分からず、CDをお送りすることができない状況となっています。恐れ入りますが、Eメールにて住所・電話をお知らせください。早急に商品をお送りします。

1.八髎穴の適応

針灸治療において、八髎穴では、次髎穴と中髎穴の使用頻度が高い。一般的に仙骨神経叢の構成はL4~S4脊髄神経前枝からなるので、この代表刺激点としてはS2後仙骨孔部に位置する次髎を使うことが多い。また骨盤神経(副交感神経)と陰部神経(体性神経)は、ともにS2~S4を起始としているので、代表刺激点としてS3後仙骨孔部にある中髎を使うことが多い。
ざっくりいうならば、整形外科疾患である坐骨神経痛には次髎を用い、泌尿生殖器科や婦人科疾患には中髎を使うことが多いといえる。

※ただし木下晴都著「坐骨神経痛と針灸」には、多数の座骨神経痛で来院した患者に対し、腰殿仙骨部で座骨神経痛治療に使用することの多いと思える経穴を10穴程度選穴して治療効果を検討した。その結果、①浅刺よりも深刺が効果あったこと、②どの穴も大なり小なり効果があったが、次髎だけは悪化した、との結果だった。次髎に深刺置針をすると、かえって坐骨神経痛が悪化することがあると記されているが、その機序についての考察までは記していない。  

ところで中髎に刺針して、骨盤神経や陰部神経を刺激するとしても、実際にはどのような疾患に対し、どの程度の効果が期待できるのか、という疑問は以前からあったのだが、どれも自分の臨床経験で語られてきたに過ぎなかった。

この問に対して、北小路博司氏(明治鍼灸大学)は、一連の精力的な研究を継続して行い、かなりの回答を与えてくれた。この内容を総括的にみるには、「鍼灸臨床の科学」医歯薬出版刊の、<泌尿・生殖器系障害に対する鍼灸治療>が適していると思う。その結果をかいつまんで紹介し、若干の解説を加える。

 

2.中髎の解剖学的特徴

仙髄排尿中枢(S2~S4)に位置する。これらは骨盤神経(副交感神経)、陰部神経(体性神経、自律神経系)の起始する部位で、膀胱、尿道(外尿道括約筋)、および性機能に深く関係している。

 

3.中髎の刺針と刺激方法

第3後仙骨孔に入れるのではなく、第3仙骨孔付近の仙骨後面の骨膜を刺激する。

※上記の刺針を北小路博司氏が提示したヘリカルCTで見ると、確かに仙骨前面に沿うように刺入されている。内臓にまで刺入されていないことも確認できるが、沿うように刺入することは意外に難しく、できるだけ仙骨骨膜をこするように刺激することでもよいだろう。


4.中髎刺針の臨床成績  

1)切迫性尿失禁

神経因性の過活動性膀胱患者の最大尿期時膀胱容量が増加傾向。切迫性尿失禁患者の60%が、尿失禁の消失ないし改善した。中髎刺針は膀胱容量を増加させる傾向がある。 無抑制収縮を抑制させる傾向がある。

2)前立腺肥大症(第Ⅰ期)

前立腺肥大症第Ⅰ期に対して、週1回の中髎刺針を行い、平均6回あまり施術した。夜間の排尿回数減少、および昼間排尿間隔の延長がみられた。ただし治療終了後は元に戻る傾向があった。

3)排尿筋、外尿道括約筋協調不全 

神経因性膀胱の一タイプ(膀胱機能正常、尿道機能は過活動)で、主訴は排尿困難。6例中、4例で排尿困難が消失、1例は改善した。初発尿意、最大尿意および膀胱コンプライアンスは不変。残尿量の減少も5例でみられた。

4)低緊張性膀胱による排尿困難

神経因性膀胱の一タイプ(膀胱機能が低活動、尿道機能正常)で、主訴は排尿困難。
の者。7例中、1例に排尿困難の軽減がみられた。中髎の鍼治療によって、排尿筋の収縮力を高めることはできなかった。

5)勃起障害

心因性9例、内分泌性8例、静脈性3例、糖尿病性2例、神経因性1例、前立腺症1例の計26例。早朝勃起は全症例に対して改善。性交時の状態は65%が改善(心因性33%、内分泌性88%、静脈性100%、糖尿病性50%、それぞれ改善したが、神経因性その他は不変)。心因性インポテンツが、他の原因によるインポテンツと比べ、予想外に有効率が低い。
註:これはバイアグラと同様の傾向である。


6)Ⅰ型夜尿症(膀胱内圧上昇時にも、浅い睡眠に移行するも覚醒に至らないタイプ)

※Ⅱa型は脳波上、覚醒反応が生ぜず、深い睡眠のまま夜尿する。Ⅱb型は膀胱に生じる無抑制収縮を原因とした膀胱機能障害であり、深い睡眠のまま夜尿する。
薬物療法無効の8例。週1回施術で平均5回強治療。夜尿出現率が10%以上改善した者は4例、10%以下の無効例は4例だった。有効例はすべて初発尿意(膀胱にどの程度の尿が溜まったら尿意として自覚するか)が改善した。機能性膀胱容量の増大と初発尿意の延長が、夜尿症の改善に関係あるらしい。

※最新の知見では、夜尿と睡眠の浅深は無関係であることが分かった。つまり上記成績は、Ⅰ型夜尿症に限定する必要はないであろう。 

 

5.中髎刺針の総括

中髎穴刺針には、つぎのような作用がある。

1)膀胱括約筋緊張を緩める →膀胱容量を増加するので、尿意を減らし排尿回数を減らす。
2)膀胱容量が拡大するので、夜尿が発生する時刻を遅らせる。
3)尿道外括約筋の緊張を緩める →外尿道括約筋の過緊張を緩めることで排尿困難を改善。
4)勃起障害を改善。だたし心因性の勃起には有効率が低い。

※このブログを発表したのは、2006年11月のことだった。あれから約15年経過した。この間、泌尿器疾患患者を扱う機会も百症例以上あったとは思う。これらの患者に対して中国鍼で中髎から斜刺をしてみたのだが、残念ながら、あまり有効だったとの感触は得られなかった。現在、中髎刺針しながらハコ灸を追加したり、陰部神経刺針パルスをしたり、手を変え品をかえつつ、有効性を高める努力を継続中である。以前、迷走神経は口から胃にかけての領域に副交感神経作用をもたすとされていたが、最近になった迷走神経の枝は大腸まで達していることが明らかになった。骨盤内蔵を副交感神経支配するのはS2~S4の骨盤神経である。


6.中髎刺激の印象

中髎水平刺の意図は、陰部神経・骨盤神経・仙骨神経を刺激することである。私は原法に従って十年近く実践してきてきたが、この治療方法は万能ではないことも分かってきた。陰部神経刺激であれば陰部神経刺針(座骨結節と上後腸骨棘を結んだ中点から、一横指座骨結節寄りから直刺2~3寸)を行った方が、症状部に響かせることができる。仙骨神経叢に響かせるのは、坐骨神経ブロック点刺針からの方が有利である(骨盤神経叢は響かせることができない)。

①馬尾性間欠性跛行症に対して、持続歩行可能な時間が延びることが多かった。しかしこの効果持続期間は1週間程度であり、繰り返して治療しても治るということはない。1週間から2週間に1度の鍼灸施術で、症状をコントロールできるのがせいぜいである。治療を中止すると元の状態に戻ってしまうことが非常に多い。

②中髎水平刺ではなく、3寸針で8㎝ほど中髎深刺すると、陰部神経支配領域に響きを与えることができるので、従来の陰部神経刺針よりも有効となるかもしれない。(第3仙骨孔を貫通させるのは、初心者には難しいだろうが)

③肛門痛に対しては、陰部神経や中髎直刺よりも、会陽からの深刺の方が効果あるようだ。会陽から直刺深刺し、肛門挙筋も同時に刺激するような治療が効果的ではないかという発想が生まれた。現在、肛門奧の痛みをもつ一人の患者に対して、ジャックナイフ位にて行う会陽深刺と会陽から5㎝下のほぼ肛門の高さからの刺針の効果を検討中である。アルコック管刺針や内閉鎖筋刺針も肛門症状に対しても。試みてはいるが、大した効果はあがっていない。

 

④陰茎・陰嚢痛の痛みに対する治療は、いろいろやってはみているが、いまのところよい治療法が見つかっていない。

⑤切迫性尿失禁については、座位で2壮の中髎のせんねん灸を行い、大幅に症状改善した例があった(自験例)。

⑥頻尿については何例か八髎穴に施灸したが、治療効果はあがっていない。夜尿については治験がない。

 

 

 

 

 

主要な脈状診の解釈

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1.脈状診とは

寸口(橈骨茎状突起の内側の橈骨動脈拍動部。太淵穴)に指頭で圧をかけ、その指の感触から、病因の推測、寒熱の度合い、予後の判定などを診る診察法。 
※平脈:健康人の正常な脈を平脈とよぶ。平脈とは次のような脈をいう。一息(一呼一吸)に 4~5拍動(術者の呼吸で判定)、リズムが一定、太くも細くもない。硬くも柔らかくもない。浮いても沈んでもいない状態。

なお脈とミャク(月+永)は同じ意味である。漢字を構成する右側の造りは、水流の細かく分かれて通じる様子であり、これに月(=肉)を加えると、とくに細かくわかれて通じる血管をさすようになる。



脈診で太淵穴を指頭で圧する意味は、太淵穴が部位的に圧しやすいという意味からであって、古代中国人は太淵穴の脈の具合を病態に照らし合わせ、体系的に整理していったと思われる。無数にある血脈の一部位をもって、全身の血脈の具合を推察しようと努めた結果であって、太淵が肺経上にあることは、考慮しなくてもよかろう(背部膀胱経に、背部兪穴が並んでいるのと同じ)。


2.脈の可変因子

1)血脈における気の固摂作用

血管断面積を決定するのは、気の固摂作用である。気の固摂作用が強いほど血管断面は小さくなり、皮膚からの距離は遠くなるので、沈脈となる。気の固摂作用が弱いほど血管断面は大きくなり、皮膚からの距離は近くなるので、浮脈となる。
 
2)血脈における気の推動作用

気は血流速度にも影響を与える。気の推動力の強弱は、血流速度の遅速と相関する。また血流速度は、脈拍数と相関する。
 
3)心拍出力

心臓における血液拍出力が強ければ血流圧(=血圧)が増加する。この値は現代でいう血圧値(とくに最高血圧)の測定で推定できる。心拍出量が大きければ実脈に、小さければ虚脈になるであろう。
 
4)肝の疏泄作用

肝の疏泄作用とは、気血水を滞りなく、のびのびと回す力をいう。この疏泄作用の低下の原因は、ストレス(抑鬱、怒り)であり、中医学では 肝鬱気滞(=肝気鬱滞)と称する。気の流れが悪くなって滞り、引き続いて血流の勢いも低下する(気滞血オ)。



4.代表的な脈状
脈の数は何十種類もあるが、その脈状の意味を共有できる者が大勢いなければ、学問としての発展性は乏しい。かつて日産厚生会玉川病院東洋医学科(当時の主任、鈴木育雄氏)では、代田文彦氏の考えを具体的に現すものとして、以下に示す八種の脈を、同科の内部で共通して用いる代表的な脈状診に定めた。

1)浮脈

概念:軽く指をあてて触れる脈
解釈:気の固摂作用低下で、血管が緩んだ状態。つまり末梢血管拡張状態。病が表にあることを示す。体熱を放散する目的←風邪の表証。いわゆるパワー不足←気虚証。
刺激:針を浅く(5㎜)刺す。

2)沈脈

概念:強く圧して初めて触れる脈
解釈:気の固摂作用亢進で、血管が緊張した状態。つまり末梢循環収縮状態。裏証。多くは冷えによるものであり、体熱を逃がさないようにする目的がある。 
刺激:理論上は針を深く刺すことになる。実際には寒証が多いので温補がよい。

3)数脈

概念:一呼吸に六拍以上(90拍/分以上の脈)、頻脈
解釈:気の推動作用増加し、血流が速くなる。熱証。現代医学では基礎代謝増加(発熱疾患、精神緊張、甲状腺機能亢進症、脱水)
解説:一般感染症をまず考える。しかし針灸に来院する患者に有熱者は少ないので、大部分の者は鬱熱状態(陽気が長期間外に排出できない)を考える。鬱熱の原因として情志機能の失調による臓腑の機能障害(交感神経緊張)がある。
刺激:浅く速刺速抜し、熱をさます。

4)遅脈

概念:一呼吸に三拍以下(50拍/分以上の脈)、徐脈
解釈:気の推動作用減少し、血流がゆっくりになる。寒証。現代医学では基礎代謝低下(甲状腺機能低下症、低体温症)。
解説:徐脈は一般的にはまず心疾患(房室ブロック)を考える。心臓に異常がなければ、甲状腺機能低下症(基礎代謝低下による徐脈)などの内分泌疾患を考える。東洋医学では血流が活発でないことによる寒証を意味するが。その本態は血虚(血液量不足)または腎虚(精力不足)にある。
刺激:治療は温灸や知熱灸がよい。

5)実脈

概念:明らかに力強い脈で、浮中沈ともよく触れる脈。
解釈:血液が血管に充満して圧力をかけている。すなわち高血圧、動脈硬化状態。心拍出量増大。実証。
刺激:太い針で強めの刺激をする。

6)虚脈

概念:明らかに力のない脈で、浮中沈ともあまり触れない脈。
解釈:血液が血管をかろうじて満たしている状況で、圧力に乏しい。低血圧状態。虚証(気虚、血虚など)
解説:心拍出力低下(=低血圧)、腎虚(=生命力低下)。
刺激:強い刺激を身体が受け付けないので、細針で針響を与えないよう刺す。

7)弦脈       

概念:琴弦を押すように力強く(緊張した)脈。
解釈:集まった気血が拡がらない状態。この原因としてつぎの2つがある。
①肝の疏泄作用の失調 →肝気鬱血
②痰飲:痰があるので
③痛み:苦痛大なので脈も緊張している。
解説:中枢因子:ストレス過多による交感神経緊張状態(肝の疏泄作用の失調→肝気鬱血、疼痛状態)
       末梢因子:痰飲によって気が阻滞
   ※筆者は、肝の作用を、現代医学でいう大脳新皮質の作用と考えている。精神的要素=肝の病
    変と考える。この詳細は、「古典概念の現代医学的解釈」カテゴリー中の、「古代中国人の肝
    の認識」ブログ参照のこと。

8)緊脈

概念:ワラを押すよう。琴弦がさらに細くなった、弦脈の緊張型。血管が緊張して力強さ感じる。
解釈:弦脈と同病態 + 寒証

               

 

陰部神経痛の病態と現代鍼灸治療 ver.3.1

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1.陰部神経の解剖生理
  
陰部神経叢は第2仙骨神経~第4仙骨神経の前枝から構成されており、尾骨に向かって下降する。仙棘靭帯をくぐって大坐骨孔を出て、すぐに仙結節靭帯をくぐって小坐骨孔中に入る。
陰部神経はその後に、会陰神経、後陰茎神経(♂)、後陰唇神経(♀)、陰茎背神経(♂)、陰核背神経(♀)、下直腸神経、骨盤内臓神経などに分岐し、その運動と知覚を支配している。
陰部神経は、肛門挙筋と外肛門括約筋の運動を支配しており畜便・畜尿時に漏れを防ぐ役割と、 排便・排尿時に意志により、大小便排出を我慢する役割がある。また生殖器を支配している。
肛門、外生殖器の皮膚知覚もつかさどっている。また陰部神経の末梢枝は下腹を上行するので、中極からの深刺では陰部に針響を送ることができる。これは膀胱炎や尿道炎の治療に用いられている。

2.陰部神経痛の原因と症状

原因:長く座っている。座っている姿勢が悪い。自転車によく乗る。出産。お尻を強打。
症状:慢性的な肛門の痛み、肛門の奥の痛み、会陰の痛み、性器の痛み、骨盤の痛み(尾骨も含む)


3.陰部神経刺針の適用と技法
 
1)陰部神経刺針の基本

患側上の側腹位。上後腸骨棘と座骨結節内端を結んだ中点をとり、その1寸下方に陰部神経刺激点をとる(三等分して、坐骨結節側から1/3とする方法もある)。3寸8番針で皮膚面に対して直刺し、陰部に響かせる(陰部に響かない場合、響くまで試行錯誤)。響かせた後、通常5~10分間ほど置針。

 

 

2)仙棘靭帯を目標にした陰部神経刺針

陰部神経が絞扼されやすい部の一つとして仙棘靭部で陰部神経が通過する部がある。
前述の「陰部神経刺針の基本的方法」の深刺直刺することで、仙棘靭帯あたりに鍼先を誘導できる。

 

3)陰部神経が内閉鎖筋を覆う筋膜を走行する際に通る陰部神経管(アルコック管)での絞扼
  
①病態

内閉鎖筋下方の内側に位置するトンネル状構造の組織をアルコック管という。陰部神経管内には、陰部動・静脈および陰部神経が通っている。陰部神経は生殖器に行く枝と肛門に行く枝に分かれるが、肛門に行く枝はアルコック管内を横断する。したがってアルコック管刺針は、肛門症状に適応するかもしれないが、生殖器症状(EDを含めて)に適応はないことが知れる。

アルコック管部自体に問題があるのではなく、内閉鎖筋が緊張を強いしてアルコック管が圧迫されて陰部神経の神経絞扼障害が起こりやすいとされている。 

 

 

 



高野正博医師(大腸肛門センター高野病院)は、このような肛門の奥が痛むと訴える患者に、直腸内指診をすると、圧痛ある索状の陰部神経を触れ、患者はその痛みがいつもの痛み症状と同じことを認めると記している。陰部神経痛時には、排便障害(便が出しにくい、残便感) が生じる例もある。本刺針は、骨盤神経(S2,3,4)の副交感神経症状である排便障害にも関与している。なおこれまで肛門奥の鈍痛は、肛門挙筋痛と考えられてきたものだった。また慢性前立腺の障害を疑われることもあった。

 

②肛門挙筋とアルコック管部への刺針 

3寸#8にて長強穴外方3㎝からの直刺深刺すると、肛門挙筋→内閉鎖筋部のアルコック管部あたりに至る。実際に何例か患者に使ってみたが、この刺針は、間欠性跛行症状に効果はないようだ。肛門奥の痛みに対しては、やや有効だという印象がある。肛門奧の痛みは、どの医療施設でも決め手になる治療法がないので、鍼灸は今後の技術的改良のより、有力な治療法の一つとなるかもしれない。

肛門挙筋刺針に対しては、当初は赤ちゃんがオシメをかえる時の姿勢のように仰臥位で両下肢を腹に近づける体位(術者の胸で下肢に覆いかぶさる)をさせたが、この体位を持続させることは患者にとってきつく、羞恥心のあるものだった。最近では腹臥位でお尻を突き出す形(ジャックナイフ位)に変更し、施術に伴う苦労が大幅に減った。

犢鼻褌の由来

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改訂版の学校協会編「経絡経穴学」では「外膝眼」の位置を「犢鼻」としている。つまり外膝眼と犢鼻は同じ部位となってしまった。日本経穴委員会が制定したのだから、歴史的経緯としてはそうなるのだろうが、既存の鍼灸有資格者の不評をかっている。

 膝蓋骨の左右下縁には、内膝眼と外膝眼があり、そのすぐ下方の膝蓋靱帯上に犢鼻をとる。この3つのツボがセットとなって仔牛の目と鼻になるという、興味深い例えが失われたらである。わが道を歩む鍼灸有資格者にとって、このような変更は無視すればよいだけの話である。

話は変わり、江戸時代は、褌のことを犢鼻褌とよぶことが多かったということを知った。
ちなみにわが国で褌をするようになったのは江戸時代中期からである。褌は男女とも使われたが、女性では褌に代わり襦袢を着ることもあった。
褌は、江戸の男にとって、衣類の一つであって、暑い季節には褌一本で街を歩く者も普通にいたが、褌をつけないで裸のままでいることは格好悪いという認識だった。

ところで褌を犢鼻褌とよんだ理由は、いくら調べても分からなかったので、空想してみた。犢鼻褌とは犢鼻を守る褌ということで、犢鼻が非常に重要な部分であることが知れる。

褌はなぜ衣+軍となるのかは調べて理解することができた。軍は車+勹(つつむ)からなり、指揮官が乗る戦闘用馬車と、その周りを固める歩兵集団を意味していた。
これが転じて、褌は重要な部分(陰部)を防御する衣としての意味があると推測した。


内転筋管症候群の針灸治療 ver.2.1

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 1.内転筋管とその役割

大腿神経は大腿前面の知覚と四頭筋筋力を支配するが、その一部は伏在神経となり、大腿内側下方で内転筋管(=ハンター管)に入る。
この内転筋管は、大腿内転筋群と内側広筋が互いの筋収縮により干渉しないための間隙にある管で、いわば配管配線のために設けられたスペースである。内転筋管内は大腿動・静脈と伏在神経が縦走している。伏在神経は大腿動・静脈とともに内転筋管に入るが、膝内側~下肢内側皮膚知覚をつかさどる必要性があり、中途で別れ内転筋管から出てくる。伏在神経は筋を支配することなく、大腿内側~下腿内側の皮膚知覚を支配している。すなわち今日でいうとことの浅層ファシアの障害と関わってくる。

 

2.内転筋管症候群(=ハンター管症候群)

内転筋管の中で伏在神経が圧迫を受けて生ずる伏在神経神経絞扼障害を内転筋管症候群(=ハンター管症候群)とよぶ。これはタイツやスパッツなどで大腿内側を圧迫を続けると、内転筋管周辺の筋緊が伏在神経を絞扼した結果である。ツボで言うと陰包付近が障害部になる。
症状は歩行時の大腿内側とくに陰包穴あたりの運動時痛で、伏在神経の走行部である下腿内側、膝内側も起こることがあるが、伏在神経は皮膚のみ知覚支配するので運動麻痺は起こらない。
 
※余談:ハンター舌炎
ハンター管症候群ときくと、すぐにハンター舌炎を思い浮かべてしまうのは元教員の性癖。両者は全く違う病態である。ハンター舌炎での舌は発赤し、痛みを感ずる。この原因は悪性貧血で起こり、悪性貧血はvB12不足で起こる。萎縮性胃炎の結果、VB12吸収障害が起こる。
 ※語呂:ハンター(ハンター舌炎)は悪(悪性貧血)い住人(ビタミンB12)


3.陰包刺針肢位の試行錯誤
   
大腿内側が痛むとの訴えはあまり多くないが、大腿内側を軽い押圧しても痛みは生ぜず、深々とした押圧で圧痛を感じる程度のものが多かった。しかもこの圧痛点にある程度深く刺入しても、スカスカするのみで筋緊張の手応えはなく、響きも得られない。これは刺針でツボが動いて逃げてしまっている現象だろう。

どうすればズンという筋膜刺激を与えられるのかを検討してみると、以下のような治療側を下にしてのシムズ肢位で陰包刺針することがよいことを突き止めた。2~3㎝直刺でズンという響きを与えられることが多い。伏在神経は皮膚知覚支配なので。ズンとする響きは筋トリガーポイント刺激よるものだろう。広筋板の刺激であり、本筋膜緊張による伏在神経圧迫の開放を目的になる。


今振り返ると、陰包を強く押圧して初めて出現する圧痛という程度であれば、それはすでに内転筋症候群とはいえないようだ。軽い押圧でも飛び上がるほど痛く感じない場合は、それは筋膜痛であって、伏在神経痛とはいえないだろう。それは以下に示した症例の針灸治療をしてみての感想である。

 

4.その他の伏在神経症状
 
伏在神経は、途中から大腿動脈と分かれ膝関節内側の表層に出て、次の2枝に分かれる。これらの皮膚痛が、内転筋症候群によるものであればて陰包刺激が適応となる。
 
1)膝蓋下枝
縫工筋を貫き、膝関節下内側の皮膚に行く枝。この枝が鵞足炎時の膝内側痛をつくる。鵞足部の鵞足穴や膝蓋骨内縁の内膝眼に圧痛があれば、伏在神経膝蓋枝痛を考慮する。鵞足の圧痛点には皮膚刺激である円皮針を貼る。内膝眼は皮膚が厚い部でかつ摩擦されやすい部なので、円皮針よりも灸刺激が適する。

2)内側下腿皮枝
下腿内側および足背内側の皮膚に分布。この領域の皮膚反応の探索には撮診法が適する。代表穴には三陰交・地機・築賓であり、これらのツボ上の皮膚の撮痛反応を探る。治療は撮痛部に円皮針を貼る。
下腿陰経の圧痛というと泌尿器や産婦人科系の疾患を思い浮かべがちだが、それ以前に伏在神経痛であるかもしれない。伏在神経痛は内転筋症候群、鼠径部における大腿神経絞扼障害によることもある。

 

3.ハンター管症候群の針灸治験
 
1)症例1(40才、女性)
「右陰包あたりが痛む」と訴えるが来院した。陰包を押圧すると確かに圧痛があったので、前記のシムズポジションで寸6#2で陰包穴に直刺し、強い針響を得た。なお下腿内側や鵞足部に圧痛はなかったので、伏在神経の支流は問題ないようだった。大内転筋を中心に、5~6本集中5分間集中刺針して症状改善に至った。
 ことは難しいことなどから、大内転筋-内側広筋間にある筋膜刺激と判断した。
 
2)症例2(51才、男性)
数週間前から左陰包あたりが痛むと訴えて来院した。臥位で左陰包を軽く押圧すると、跳び上がるほど痛む。この患者はスポーツマンで筋肉質の身体をしている。整形医師の診察では、左内側半月板の外縁が少し削れているが手術するほどではないといわれた。確かに内膝眼・外膝眼にも圧痛があったが、内膝蓋や外膝蓋には圧痛がなかった。
以上から、本症はハンター管症候群であり、伏在神経の膝蓋枝まで反応が及んでいるものと診断した。
治療は、仰臥位で寸6#2で陰包に刺針するとズンと響いた。陰包を中心に5~6本集中置針で5分置鍼。他に内膝眼・外膝眼にも置鍼5分で治療終了した。

 

首下がり病の針灸治療検討(89才、女性)ver.3.0

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 1.本患者のこれまでの経緯

4年前(85才頃)ほど前から、急に顔が正面に向けづらくなってきた。右手のしびれと脱力感も出てきたので、整形訪問。手根管症候群と腱鞘炎と診断され、手術をうけた。それにより右手症状は改善したが、顔の上げづらさは不変。顔が下を向いた状態で、正面を見ることが非常に困難。マクラをしないと仰臥位になることはできない。握力は左8㎏、右10㎏。

患者の写真

椅子に座ると、自然と背中を反らした姿勢となり、首下がりの状況を目立たなくしている。
立位になると、後頭部より隆椎の方が低くなる。

 

この患者は以前から頸痛、背痛などでたまに当院に受診していた。今回は2年ぶりの来院で、その時に顔が下を向きっぱなしになっていたので、非常に驚いた。高齢であることから、その時点では頸椎圧迫骨折による変形性頸椎症だと考えた。
 
そうなると、針灸治療の方針は、頸部に加わった力学的ストレスを一時的にでも緩和し、筋疲労をとることだと考え、頸椎と上部胸椎の一行深部筋(半棘筋や多裂筋など)をゆるめ、また頭蓋骨と頸椎間の筋疲労を改善するため、後頭下筋郡や頭半棘筋をゆるめることだと考えた。側臥位で、これらの筋に刺針し10分置針した。要するに一般理学療法のような施術をした。それ以外の治療法を思いつかず、効果も不明だった。こうした治療を年に数回行った。

最近、この患者がまた来院。大学病院を受診した結果、「首下がり症」と診断されたという。担当医は「後頭部を下に引っぱる筋がはずれていている(原文まま)。骨にボルトを入れ、頭を支える手術を行う手もあるが、高齢なので心配だ。自分はこれまで7例手術した」と説明した。頸椎変形については、特に指摘されなかった。顎が胸に付いている状態”chin on chest”でありで、後頭部よりも上部頸椎の方が上にあった。

「首下がり病(=首下がり症候群)」は初耳だった。関節の問題でなく、筋の問題であるならば針灸でも治療方法があるかもしれないこと、後頭部を下に引っぱる筋は多数あるので、はずれてしまった筋があっても残存する筋の収縮力を復活させることができれば、症状が軽減するかもしれないと考えた。本患者の最も強い圧痛点は、C7~Th3の2行なので、頸半棘筋のアイソトニック筋収縮状態であり、頭蓋骨を前に倒れそうになるのを、防いでいると考察した。左上天柱の圧痛は頭半棘筋停止部反応。

2.初期の針灸治療

この患者は、頸を左右に回旋する際につらいのではなく、単に座って静止している状態で頸が前に垂れ、それが持ち上がらないのが苦痛である。ゆえに、頭板状筋や頸板状筋に対して施術するのではなく、まずは側臥位で頭半棘筋~頸半棘筋~胸棘筋の筋疲労(=過去収縮)を改善する目的で刺針することにした。を姿勢にする。また大後頭直筋に対しても同様の手技針を行った。

 

この方法の治療直後効果は、「頸が持ち上げられる」というものだったが、他覚的には頸の前屈の程度はあまり変化がないように見受けられた。
実は、上記の治療には疑問が残っていた。緊張し過収縮している筋に対して刺針すると、筋緊張がゆるみ筋長が増すというのが普通の考え方だが、今回の等張性筋収縮状態に対しては、これを緩めると、余計に頭が垂れてしまうのではないかとも思ったのだった。
ただ、患者が針が効いたと返答したので、まずはよかったのではないかと自分を納得させた。


3.1ヶ月後の治療

週に1回程度の頻度で、当患者を治療した。圧痛点は毎回、下玉枕(頭半棘筋停止部)とC6~Th2突起直側すなわち半棘筋と思える部に存在した。また胸鎖乳突筋の乳様突起停止部に強い圧痛があった。要するに体表所見は初回とくらべて大した変化はなかったので、初回と同様の針灸治療を行った。しかし施術後、今回は治療後にも顎が上がらないと訴えた。そこで側臥位ではなく椅座位にしてC6~Th2の高さの頭・頸半棘筋にしっかりと数分間雀啄してみると、今度は頸が上がるようになったとのこと(他覚的に前屈は改善したようにみえなかったが)。

しかしながら、座位で上記の筋に同じように雀啄した場合、効く場合と効かない場合があって、毎回試行錯誤で微妙に刺激点を変えねばならなかった。

 

4.長・短回旋筋に対する治療へ

初期の治療計画は、もともと合理性がなかったのだが、効果があったので結果オーライとした。しかしやはり無理があった。
そこで別の角度からの治療を考えてみた。頸下がりの現状は変えようがないが、頸が下がってつらいとする苦痛を改善すればよいのではいかと考えることにした。すなわち筋に対する施術ではなく、神経に対する施術に変更である。

頭・頸半棘筋の深層には長・短回旋筋がある。これは椎間関節部にも付着していて、脊髄神経後枝支配である。C2より下位の頸椎棘突起外方1寸あたりを刺針ポイントとし、頸椎にぶつかるまで深刺するようにする。針先は、長短回旋筋と椎間関節両方を刺激することになるだろう。表現を変えれば、<頸下がり症>の苦痛の一部は、頸部椎間関節症の痛みに由来するのではないか、と大きく考えを変化させた。

本患者を座位にして、寸6#2針でC2~Th3両側の棘突起外方1寸から2㎝程度の間隔で数本直刺深刺(針体の2/3ほど入った)して椎体にぶつけて、コツコツと骨膜をタッピングしてみると、これだけで自覚的には首があがるようになったとの効果をえた。これまで苦労しきた筋に対する治療はいったい何だったのか。

5.まとめ

1)首下がり病の症状は、①頭蓋骨の前傾自体、②そのことによる苦痛、の2つに大別できる。
2)いろいろ針灸治療を試みてみたが、①に対する治療効果はないようだった。施術前と施術後の写真を比較してみても、頭の前屈角度に改善はなかった。
3)毎回施術は同じように行った。施術後も「首が上がらない」との訴えた際には、「首が上がるようなった」という返事を引き出せるまで施術を続けた。引き続き行う施術とは、Th6~Th3背部一行と頸椎外方3寸のところに行うことが多かった。つまりは頸板状筋の起始である肩甲間部の一行の圧痛点と頭板状筋の停止(下風池)あたりの圧痛点に治療効果があったようだ。いずれも深刺の必要はなかった。当初、頸椎に対しての頭蓋骨の前傾を問題視していたが、胸椎に対する頸椎の回旋に対する治療効果があったようだ。「首が上がるようになった」との申告は、頸の左右回旋がしやすくなったとのことのようだ。
4)結局、「首下がり病」に対する針灸の意義は、首が下がっていて苦痛な気持ちに対するものと思われた。対症療法にすぎないが、他の手段にとって代わることができきにく一定の価値があると思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

奇経八脈の宗穴の意味と身体流注区分の考察 ver.3.0

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1.十二正経の概念図
 
筆者は以前、十二正経走行概念の図を発表した。

 http://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/bac628918882edd51472352adefd6924/?img=0084a878810483f1998c462abef9281b

これと同じ内容をさらに単純化した図を示す。この図の面白いところは、赤丸の内側は胸腔腹腔にある臓腑で、鍼灸刺激できない部位。赤丸び外側は手足や体幹表面で鍼灸刺激できる部位となっているところである。鍼灸の内臓治療の考え方は、赤丸外の部位を刺激して赤丸内にある臓腑を治療すること、もしくは体幹胸腹側もしくは体幹背側から表層刺激になる。これは兪募穴治療のことである。

 

 

 2.奇経の八脈と宗穴

1)奇経の基本事項

上記十二正経絡概念図をベースとして、これに奇経走行を加えてみることにした。
始めに奇経に関する基本中の基本を確認しておく。奇経八脈はそれぞれ次のような宗穴をもっている。この治療点は次の奇経の二脈をペアで使い、4パターンの治療をすることになる。( )は宗穴名。

陽蹻脈(申脈)---督脈(後谿)
陰蹻脈(照海)---任脈(列缺)
陽維脈(外関)---帯脈(足臨泣)
陰維脈(内関)---衝脈(公孫)


2)福島弘道の提唱した新たな四脈と宗穴  
 
福島弘道氏は、従来の奇経八脈の宗穴治療だけでは不十分だとして4脈を加え、次の2パターンを付け加えることを提唱した。福島がなぜこのような事柄を思いついたのかを探ることが奇経を理解するヒントになる気がした。

足厥陰脈(太衝)--手少陰脈(通里)
手陽明脈(合谷)--足陽明脈(陥谷)


3)十二正経走行概念図への追加事項

1)前図に奇経八脈の宗穴を描き加えてみる。つまり十二經絡上に8つの宗穴を描くことになるが、4經絡は宗穴が存在しない。

2)そこで改めて福島の提唱した4新宗穴をさらに描き加えると、十二經絡上にそれぞれ一つの宗穴が載ってくる。

①肺経(列缺)、②大腸経(合谷)、③胃経(陥谷)、
④脾経(公孫)、⑤心経(通里)、⑥小腸経(後谿)、
⑦膀胱経(申脈)、⑧腎経(照海)、⑨心包経(内関)、
⑩三焦経(外関)、⑪胆経(足臨泣)、⑫肝経(太衝)

3)ペアとなる宗穴を点線で結ぶことにする。陽経ペアは赤色、陰経ペアは青色を使うことにする。
 
<陰経ペア>
①肺経(列缺)--⑧腎経(照海)
⑨心包経(内関)-④脾経(公孫)
⑤心経(通里)--⑫肝経(太衝)  ※福島提唱
 
<陽経ペア>
②大腸経(合谷)-③胃経(陥谷)   ※福島提唱
⑥小腸経(後谿)-⑦膀胱経(申脈)
⑩三焦経(外関)-⑪胆経(足臨泣)

 

 

4)奇経走行概念図

上に示した正経と奇経の総合概念図は、内容が込み入っていて、直感的に把握しにくいので、本図から、正経走行を取り除いてみることにする。奇経は臓腑を通らないので臓腑も取り除いてみることにした。

 

 

するとかなりシンプルな図が完成した。きちんとループを描いたが、奇経の8宗穴+合谷と陥谷を使った場合ということであって、これが奇経治療になるかは少々疑問である。というのも、使っているのは正経をショートカットしたルートだからである。


3.手足の八宗穴を使うことと奇経流注の謎

上図は、症状に応じて定められた手足の一組の要穴を刺激することで治療が成立することを示すものだが、この方法は奇経治療以外にも行われている。手足の陰側と陽側それぞれにある定められた12の要穴を使った治療は、1970年代に発表された腕顆針(日本名は手根足根針)が知られている。この図を見ると、手を上げた立位の状態で縦縞模様に区分されている。

 

 

奇経治療は、八つの奇経を組み合わせて使うのが原則なので、4パターンの治療になるが、同じような縦縞模様となっている図に、「ビームライト奇経治療」というものがあることをネットで知ることができる。

 

 http://seishikaikan.jp/blkikei.htm

 

4.新しい奇形流注図

縦割りの考えで奇経を眺めると、体幹と頭顔面の中央に、陰側に任脈があって背側に督脈がまず存在している。任脈のすぐ外方には陰蹻脈が伴走し、さらに陰蹻脈の外方に陰維脈が縦走している。督脈のすぐ外方には陽蹻脈が伴走し、陽蹻脈の外方には陽維脈が縦走しているといった基本構造がまず想定されている。これは道路を走る車に似ているように思う。道路の中央は高速車(一般乗用車など)が、端の方は中・低速車(バスがトラックなど)が走る。道路に応じてそれに相応しい車種が走っているわけだ。一方、衝脈と帯脈は、流注構造では反映されていないが、この理由は後に説明する。

これまで鍼灸治療の治療チャート図は、頭針であれ耳針であれ、高麗手指針であれ、ある日突然完成形が提示され、その理論の正しさを、実際に治療効果がみられたとすることで読者を説得してきたが、論理的とは言い難く、知的満足感も得られない。自分にできる方法として、現実どうしてそう考えるのかの、思考過程を順序立てて明らかにすることで、その間違っているかもしれない部分を指摘できるようにすることが重要だろう。

これまでいろいろなことを考えてきたが、①手足の八つの宗穴で、定められた手足のペアとなる宗穴を結んだ図を描く。
②衝脈と帯脈の走行は無視するが、衝脈の宗穴である公孫、帯脈の宗である足臨泣は。各ペアとなる陰維脈ならびに陽維脈の流注における足部代表治療点として位置づける。以上の2点を重視し、私の考える奇経走行図を示したい。手足のペアとなる宗穴は連続してつながっている必要があるが、本図では背部の陽維・帯脈の流れは、肩甲骨によって上下に分断されていることになる。しかしながら、陽維・帯脈は、肩甲骨・肋骨間を上行している、つまり立体交差していると考えれば、納得いくものとなるだろう。

衝脈と帯脈は、他の奇経と同列に論じられない。この二経は初潮から閉経の間に機能し、婦人病に関与するという共通点があると思える。他の奇経が自己の生命を正常に営むことを目的としているのに対し、衝脈と帯脈は、新しい生命を生むための仕組みに関与している。

帯脈:帯を胴体に巻かないとズボンが落ちてしまうのと同じように、帯脈の機能がなくなると、帶下になるのだろう。帶下とはおりもの意味で月経以外の膣からの分泌物をいう。この意味から広義に解釈し、不正出血や月経異常も帯脈の病証に含めるのではないか?

衝脈:「衝」過とはぶつかるような、つきあげるような勢いのこと。衝脈は子宮から発するとされているから、原意は妊娠時のつわりにあると思えた。次第に広義の悪心嘔吐も衝脈の病証とされるようになったのだはないか? 

 

 

  筆者は、古代中国医師は「おそらくこう考えたのではないか」という視点を骨の隆起など解剖学的立場から奇経を推察しているが、実際に奇経治療で効果を出すという臨床的観点から論説している立場がある。ネットで関連文献を検索してみると、伊藤修氏の論文に奇経八脈の走行図を推察したものが載っていた。原図はモノクロだが、私の<奇経八脈流注の考察(似田による>と比較しやすくするため、カラー化して下記に引用する。当然のことだが、類似点が多いが、肩甲骨周りと骨盤周りの奇経走行が私の図と大きく異なっている。帯脈の扱いをどうすべきかという点、手の小腸経と督脈が連続していないことに困惑しているかのようであり、ここが多くの学習者を悩ませる部分でもある。 

5.督脈の宗穴が後渓なのはなぜか?

督脈の宗穴が後渓であることは基礎知識だとはいえ、後正中を縦走する督脈の流注がなぜ小腸経の後渓なのか、経絡的に連絡がありそうに思えなので、合点がいかない話である。まあ東洋医学は、納得できない内容が多いのだが、それをいちいち疑うことなく、まずは騙されたと思いつつ臨床で使ってみると、自ずと会得できるようになるとされていたりもする。

身体の柔軟な者では、左右の肩甲骨を内転せると、左右の肩甲棘基部を接触させられる者がいる。ということは、このポーズで督脈を流れるエネルギーは肩甲棘基部から流れを乗り換え、エネルギーは肩甲棘を外方に移動し、肩峰あたりから上肢を下行(針灸的には上行)して後渓まで達することになる。

肩甲骨を内転させるには、菱形筋と前鋸筋の収縮が必要となる。ちなみに「肩甲骨はがし」というのは翼状肩甲状態をつくることで、そのため菱形筋と前鋸筋を脱力させてストレッチ状態をつくるようになる。病的な翼状肩甲は、長胸神経麻痺による前鋸筋収縮不全により生ずることは周知のことであろう。

 

ケッペンの気候区分の手法による舌診分類と世界海流による経絡流注モデル ver.3.0

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1.舌体色(舌質色)

舌体色は、血液の色が反映されており、主に寒熱を診ている。熱証であれば赤くなる。
舌色は、卵の白身をフライパンで熱する時の変化に似ている。透明→白→黄と変化し、さらに熱せれば灰になり、その灰も黒くなる。ただし黒苔は暑いというレベルを超えて、極熱(=火傷)の徴候である。裏寒でも舌苔黒になるのは、凍傷の徴候であろう。ただし熱証には実熱と虚熱の区別があるが、実熱は外感に起因し、赤くなる。虚熱は陰虚(脱水状態)により、舌質が乾く。

舌苔舌先や舌辺が鮮赤色ならば実熱。熱毒では紫色になる。寒証であれば舌色は淡くなる。 寒熱は、脈診でいう脈の遅数と相関性がある。



①淡紅舌(淡紅色): 正常な血色 → 正常、表証
②淡舌(淡白色):正常より薄い色 → 血虚、陽虚、寒証、気虚  →貧血
③紅舌(鮮紅色):正常より赤い色 →熱証(実熱) →感染症 または陰虚証(虚熱) →脱水
              舌苔無→虚熱、舌先や舌辺が鮮赤色→実熱。
④絳舌(こうぜつ)(深紅色):紅舌より赤が深い→熱極・陰虚火旺(虚火) →高熱感染疾患 
⑤紫舌(赤紫、濃い青紫、乾燥):熱毒 →チアノーゼ
⑥津液が無くなる -寒証:淡い青紫色、湿濁、血瘀:瘀斑、瘀点も生じる。 →低体温症

2.舌苔

1)舌苔とは

舌の表表面は糸状乳頭という絨毯様の凹凸で覆われる。中医学的には、消化管の奥からの「胃気」が蒸気のように管を上り、舌面に現れると考える。ここでいう胃気とは、脾胃の働きによって得た後天の気の総称。胃気あれば生き、胃気なければ死すといわれる。胃気=食欲と捉えればよい。
すなわち舌苔は胃腸管状態の状態を診るのに用いる。糸状乳頭自体は無色透明だが、上部消化管(とくに胃壁)の細胞がダメージを受けると、この部分の細胞が分裂速度が低下し、舌苔の厚みを増す。


2)舌苔の異常所見 
  
舌苔色は、主に寒熱をみる。舌苔が生え、色がつくには時間を要するので、併せて表裏(白は表、それ以外は裏)も併せて診る。
舌苔色と舌質色情報とは相関性を示すので、これを一グループとみなすことは可能である。

①白苔: 白い苔  - 正常、表証、寒証
②黄苔: 黄色い苔 - 熱証、裏証(外邪が裏に入り、熱化)
       黄膩苔であれば裏熱実証、痰熱 →慢性胃炎
③灰苔: 浅黒い苔 - 裏熱証(乾燥、熱盛津傷)、寒湿証(湿潤:痰飲内停)  →慢性胃炎増悪
④黒苔: 黒い苔  - 灰苔 、焦黄苔からの進行(重症な段階) →高熱疾患の持続

⑤舌苔が剥離したものを、剥離苔とよばれ、気の固摂作用の低下(気虚とくに胃の気)を意味する。
⑥鏡面苔:全体に剥離し、鏡面のようにテカテカ →胃気大傷、胃陰枯渇 →鉄欠乏性貧血
⑦花剥苔:一部が剥離し、テカテカ →胃気虚弱、胃陰不足 →胃障害 






4.舌苔の厚み
  
病邪の程度、病状の進退の程度を知る。急性は薄く、慢性になると裏に入り舌苔も厚くなる。ただし慢性の期間が長引き、体力が落ちていくにつれ、舌苔は剥げてゆき、 最終的に消失する。
  
①薄苔: 見底できる(薄くて見底できる) →正常、表証、虚証
②厚苔:見底できない。 →裏証、実証。
舌苔色は、寒熱と表裏の相関図が描けるのに対し、舌苔厚は、虚実と表裏の相関図が描ける。それは前図にも示しているように、左上が虚、右下が実になるような三次元図をを想像することである。

5.ケッペンの気候区分の手法の応用

1)ケッペンの気候区分とは
舌診の習得は、脈診よりも容易だとされてはいても、分類そのものに一貫性がないので、理解習得に困難を感じる。そこで筆者は細かな解釈には目をつむり、ケッペンの気候区分の手法を、舌診の分類に利用することを思いついた。ケッペン Koppen はドイツの気候学者で、1923年に発表した植物区分で知られている。 降水量と気候という、わずか2つの条件の組み合わせにより、世界の気候を分類した。

 

 


2)樹林地帯と非樹林地帯の舌苔の有無
 
気温の項を寒熱に、降水量の項を水分量に変更し、舌診法のうち、最も重要な舌質色と舌苔色について図式化した。ケッペンの気候区分では、まず樹林気候と非樹林気候に区分する。非樹林気候の条件とは、植物が生育できないほどの乾燥地帯あるいは寒冷地帯である。舌診では、舌苔ができるものと、できないものの区分に置き換えられる。しかし中医学の成書を読むと、中医学では乾燥では確かに「舌苔なし」になるが、寒冷地帯では「舌苔青紫」になる。ケッペンは寒帯を、氷雪帯とツンドラ帯に細分化しているので、「舌苔青紫」はツンドラ帯に相当するものとする。


3)熱帯・温帯・冷帯および灼熱帯の舌質色と舌苔色
 
ついで樹林気候を、熱帯・温帯・冷帯(=亜寒帯)に区分する。健常者を温帯におくとして、その舌質色は淡紅色、舌苔色は白~淡黄である。これと対比するように、熱帯では舌質色は紅色、舌苔色は黄色に、冷帯では舌質色は淡白に、舌苔色は白になる。
 ケッペンの分類にはないが、筆者は気温の項に熱帯の上の段階として、灼熱帯(=熱毒)を加えた。灼熱帯は、時間的持続性で、焼ける前と焼けた後に細分化した。焼ける前は、焼ける前後で、舌質は絳(紅よりも深みのある紅)→紫になり、舌苔色は芒刺→灰・黒と変化する。

4)特殊形

①陰虚火旺:熱により乾燥しているのではなく、水不足で乾燥している状態。砂漠状態。舌質紅で、舌苔なしの状態。舌形は裂紋舌。

②気血両虚:舌色淡という観点から、冷帯に所属することがわかり、裂紋舌という点から水不足であることもわかる。したがって、陰虚火旺盛に類似しているが、陰虚火旺よりも  さらに寒い状態と理解できる。

③黄膩苔:ねっとりしている舌苔。ねっとりするには、大量の水と熱が必要だと考え、熱帯かつ降水量大の場所に位置づけた。

④)胖舌:気虚とくに脾気虚で生ずる。気虚により水を代謝しきれない状態。ここでは黄膩苔に似ているが、熱とは無関係なので、温帯かつ降水量大に位置づけた。胖舌の結果、舌縁に歯形がつくようになる。これが歯痕舌である。

 

6.経絡流注モデルの発想

経絡の流注を個々の経絡でとらえた場合、よく川の流れに例えられ、これで初心者は分かったような気にさせられる。手足の三陰経は手足の末梢から体幹方向への流注するので納得だが、手足の三陽経は体幹から手足の末梢へと流れるので、まったく成立しないのである。このようなことは有資格者ならば誰でも知っていることなのに針灸初心者用のたとえ話ということで納得してしまっている。一つ一つの経絡の流注ではなく、鳥瞰的に全経絡の流注を考えるには、世界の海流図をモデルにするのがよいと思う。前記したケッペンの気候区分は陸地の気候モデルだが、今回は海流モデルと対照的だ。下図では、赤道反流が督脈に、北赤道海流と南赤道海流が膀胱経に対応するものとなるだろう。

 

 

 

三焦・心包とは何か?

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古典では陰陽五行説が支配しているので、内臓は五臓五腑に分別する。五臓とは肝・心・脾・肺・腎、五腑とは胆・小腸・胃・大腸・膀胱である。ところが経絡の正経は12経あり、それぞれに所属臓腑があるので、五臓五腑ではなく六臓六腑として把握される。臓には心包が、腑には三焦が加わるのである。

三焦と心包は現代医学にない概念であり、解剖してもその実体がないことから、これまで心包と三焦は何を意味するものか、大いに議論されている。心包とは心嚢を指し、三焦とは腸の大網を指すという見解もあるが、私は、心包の機能とは心臓を動かす力であり、三焦とは体温を生む機能だと考えている。

その理由を記す。

生者と死者の臓器は基本的に同一である。ただ生者はそれが機能しており、死者は機能していない。では死者を死者とする所見は何だろうか?それは心停止と体温低下、(さらに瞳孔拡大)であることは今も昔も変わることがない。すると生者にあって死者にないものを探せば、心臓を動かす力が心包の機能であり、体温を生む力が三焦の機能であることが自ずと知れてくるのである。換言すれば、心包と三焦の機能停止が死となる。生者は六臓六腑が機能し、死者は五臓五腑になるともいえるだろう。


※死の徴候には瞳孔散大もある。これは12正経はすべて目を通っているので、経脈の流れの停止のサインとして瞳孔散大が出現すると想像したのであろう。

 
 

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