1.フルート練習過多による指の屈伸障害に対する針灸治療
51才女性。かつて音大でフルートを学習していた。最近、久しぶりにフルートの演奏会をす るということでフルートの猛練習を開始した。すると指のすばやい屈伸動作を行おうとすると、 両側の示指と中 指の指がつった状態になるという。どうにかしてほしいということで当院受診。このような訴えは筆者も初めてだったので、次のような順番で治療にトライした。
1)指間針は無効
患部に最も近い刺激という意味で示指・中指間の腰腿点刺針し、指の屈伸自動運動を行わせるも無効たっだ。
考察:手背側から指間基部刺針は、背側骨間筋(指の閉扇)→掌側骨間筋(指の開扇)刺激(さらに深刺すると虫様筋(DIP伸展)にも刺針)になる。本患者の訴える指の屈曲動作とは直接的な関連は乏しいのだろうか。
このように考察し、さらには次のような着想を得た。腰腿点刺針は、軽くグーを握る肢位で行うことが多いと思うが、そうではなく、指を伸ばした姿勢で刺針し、指の開扇・閉扇運動を行わせた方が腰痛治療に効果があるのでは?
2)指の井穴刺絡も無効
考察:一般的に糖尿病性末梢神経障害にともなう下肢末端の知覚鈍麻に対し、鈍麻指端から刺絡すると、一過性ではあるが、指先の知覚が復活して歩きやすくなることが多いが、今回は無効だった。神経症状には井穴刺絡は効果あるが、筋腱症状には効果が乏しいということだろうか?
3)「ばね指」としての治療で有効
指の屈曲障害という点で、本症はバネ指に似ていると思った。しかも第2第3指のMP関節に腱腫瘤がないだけ、バネ指よりも治療に反応しやすいのではないのか?
霊道の上方1寸の心経上の陥凹部位を刺針点とし、2寸4番針にて浅指屈筋・深指屈筋に向け 、斜刺1寸。刺針した状態のまま、軽い指の屈曲運動を数回実施して抜針。これで随分とスムーズに指が動くようになったが、もっと完全に治したいとのことで、同様の治療を中国針8番を使って実施。さらにスムーズになったととのことだった。
2.バネ指の病態生理と鍼灸治療のまとめ
1)浅指屈筋と深指屈筋は指屈曲作用
指を曲げるのは、浅指屈筋と深指屈筋の作用で、浅指屈筋はPIP屈曲作用、深指屈筋はPDP屈曲作用がある。ただしPIPやDIPの動きは律動的腱 固定とよばれ、ヒトが意識しなくても素早い動きが可能であって、このれがピアノやギターの素早い指の動きを可能にしている。この浅指屈筋と深指屈筋は、バネ指を起こす原因筋として知られている。
2)バネ指の重症度分類
第1期 安静
MP関節の手掌側に痛みや圧痛があり、指の運動時痛がある。バネ現象はなく関節の動きも正常。日常生活にほとんど支障がない。このまま自然治癒することもある。治療は安静。
第2期 腱鞘内への注射(局所にステロイド+局所麻酔剤)で9割に効果あり。
①バネ現象陽性
指が一定の角度に達すると、自動運動が障害され、これを自動的・他動的に強制屈曲させる時には、弾撥性に屈曲するかろうじて指は屈伸できるが、曲げた指がスムースに伸びない現象。重度バネ指でなければ、無理に伸展させると、轢音を発し、完全伸展可能。
② モーニングアタック出現
夜間就寝中に、無意識に指を屈曲するせいか起床後に指を再伸展させる際に強く痛む。
→これに対して、夜間は指の添え木固定するとよい。
③ MP関節掌側部の圧痛・運動痛。腫瘤を触知
第3期 輪状靱帯の開放手術。
指の屈伸が全く出来ず、自力では指を動かせない状態で、非常に支障をきたす。
3)筆者の第2~第5指バネ指の針灸治療(再録)
MP関節屈曲は虫様筋、PIP関節屈曲は浅指屈筋、DIP関節屈曲は深指屈筋が作用する。第2~第5指のバネ指は、浅・深指屈筋腱にできた結節が、両腱共通の輪状靱帯を通過できない結果である。もし浅・深指屈筋が弛緩・伸張した状態では結節が腱鞘に入らなくても指伸展が可能となる筈だと考え、心経の霊道(神門の上方1.5寸)の上1寸あたりを刺入点とし、浅指屈筋または深刺屈筋中に至る斜刺を行う。
置針した状態で、母指を除く4指の屈伸運動といった運動針を行わせる。
※母指バネ指の治療は、列缺上方1寸ほどのところから、長母指屈筋に向けて斜刺。母指屈伸の運動針を実施。