本原稿は約3年前に発表した「バネ指の針灸治療」を全面的に改定したものである。
1.バネ指の病態生理
①使いすぎ、②更年期障害、③糖尿病や腎不全が原因となりやすい。糖尿病ではA1の他にA2も侵されやすい。指を屈曲させる際には、前腕部の指屈筋が収縮し、その筋から指の末節骨まで伸びた腱が腕側に引っ張られる。指に向かう腱は、運動量が大きく力も強大なので、他の組織との摩擦を防ぎ、滑りをよくするため、中手骨から指先までを腱鞘で覆われている。
指の掌側には、腱の浮き上がりを抑制するための滑車装置である輪状靱帯(靱帯性腱鞘)が腱鞘を補強している。
輪状靱帯は、ズボンのベルトに対するベルト支えに相当するもので、指の数カ所にある。バネ指の原因として最も多いのがA1輪状靱帯によるもので、次いでA2輪状靱帯に多い。A3~A5とC十字靱帯)はバネ指を起こさない。
通常の生活では、腱と靱帯の機械的刺激により生じた炎症は一晩寝れば治まるが、一晩の間の修復できる範囲を超えたほどの無理を繰り返すことで、徐々に輪状靱帯は肥厚し、腱を締めつけるまでになる。これが狭窄性腱鞘炎状態になる。この結果、腱の一部にシワが寄り、シワは次第に大きくなって結節が生ずるまでになる。
結節が輪状靱帯中に収まっているのは指を伸ばした時であって、結節が輪状靱帯中に潜らないことには指は伸びない。指を屈曲すると腱は腕方向に引っ張られて移動し、結節もA1輪状靱帯から出た状態になる。次に指を再伸展させようとすると、結節がA1輪状靱帯にぶつかり、それ以上の指伸展が不能となる。バネ指は、中指、環指の指屈筋腱に好発し、中年女性に多い。
※乳小児のバネ指は母指に好発する。小児バネ指はホルモンによるものとされる。幼児のバネはあまり痛がらない。腱の部分的肥厚のみで、腱鞘や輪状靱帯に炎症は認めない。自然治癒してゆくケースがほとんど。糖尿病による腱鞘炎は、腱そのものが太くなるので、A1とA2が同時に腱鞘炎となることもある。
2.代田文誌先生の運動療法
代田先生は、得意とする針灸が非常に多い方だったが、バネ指を苦手とし、独自に考えた運動療法を行っていた。成書よりその方法を転記する。「障害指の屈筋を中心に、患者の手首を術者の片手で固く握りしめ、その状態で患者に全力で指を十回~数十回屈伸するよう命じる。すると今まで自力では屈伸できなかった指が、突然自力で屈伸できるようになる」
記方法を筆者は追試してみた。確かに効果はあるが満足する程度ではないこと。またやはり針での治療法を知りたいと思っていた。
以下は筆者の考えた方法である。代田文誌先生の運動療法よりも効果的であるようだ。
3.バネ指の針治療
バネ指にも軽症と重症がある。対する鍼灸の治療効果は、当然のことであるが、軽症の方に適応がある。具体的には他指で補助することなく、屈曲した指の再伸展できる者に効果的である。
1)母指バネ指の針灸
母指バネ指の症状は、母指IP関節の屈曲時にポキッとして自動的に折れ曲がる現象と、屈曲状態にあるIP関節を伸展した際のポキッとした自動伸展現象(重症の場合、自力では再伸展不能)となることである。
母指バネ指では、長母指屈筋腱上に結節ができる。長母指屈筋の走行は、は前腕骨間膜を起始とし、母指末節骨に停止している。仮にこの筋の筋トーヌスも筋長も生理的範囲内であれば、腱に加わる伸張力は弱くなり、再伸展の際に結節が存在したとしても、輪状靱帯にぶつからなくてすむのではないだろうかと考えてみることにした。
具体的には、前腕屈筋側中央に郄門をとり、同じ高さの肺経上に治療点を定める。そこから長母指屈筋に向けて斜し、母指屈筋の運動針を指示する。長母指屈筋中に刺入できていれば、母指の動きと同期して針柄が上下に動くことを観察できる。
2)第2~第5指バネ指の針灸
親指以外の4本指でDIP関節屈曲は深指屈筋、PIP関節屈曲は浅指屈筋、MP関節屈曲は虫様筋というように役割分担されていて、比較的大きな物を握る時は深指屈筋が働き、握力計や比較的握りやすい物を握る時は浅指屈筋が働き、握りしめたり細い物を握る時は虫様筋が主に働く。ただし実際には独立して働く事はほとんど無く互いに協調して握力を生み出す。
バネ指は、浅・深指屈筋腱にできた結節が、腱共通の輪状靱帯を通過できなくなった状態である。もし浅・深指屈筋が弛緩・伸張した状態では結節が腱鞘に入らなくても指伸展が可能となると考え、前腕屈筋側中央に心包経の郄門をとり、その高さの心経ルート上を刺入点とし、浅指屈筋または深刺屈筋中に至る斜刺を行ない、置針した状態で、母指を除く4指の屈伸運動を行わせる。深指屈筋中に刺入できていれば、母指の動きと同期して針柄が上下に動くことを観察できる。(臨床上、浅指屈筋中に刺入 しても治療効果はあがる)
3)注射針、そして小針刀による輪状靱帯切開術法
かつて注射針を使ってばね指手術(局所麻酔注射後、腫瘤部に注射針をか刺して、鍼先を小刻みに動かすことで小分けして輪状靱帯を切断する)も行われていたという。この技法は、屈筋腱損傷などの合併症が報告されていて、現在では医療施設ではあまり行われない。ただし中国では小鍼刀(鍼先がマイナスドライバーのようになっている鍼)が考案され、輪状靱帯を突っついて押し切るばね指治療も行われている。エコー装置を使えば針先と腱鞘の位置関係が認できる。
要するに無麻酔で輪状靱帯切開を行うことになるが、無麻酔で施術することになるので、患者は苦痛だろう。また本法がわが国の鍼灸術の範疇に入るか否かは微妙である。
6.筆者の体験例と現代医学治療
バネ指の自然治癒率は20~40%とされ、手術療法での治癒率は60%とされている。軽症では局所に局麻注射とステロイドの混合注射で効くこともあるが、治療は結構な刺痛を伴う。3回試みて治療効果ない場合、手術に踏み切ることが多いとのことだった。
実は、筆者(62才、男)は本年7月1日朝、起きたら、左母指をIP関節をわずかに曲げると、コキッと音がして屈曲状態となり、自力で再伸展可能という状態に気づいた。日常的動作で母指IPがコキコキして気仕事にならないので、とりあえず母指IP関節をテーピング固定してバネ現象を起こりにくくした。
とくに就寝前にはしっかりとテーピングを行ったが、一ヶ月たっても改善なかった。さらに手掌側の左母指IP関節あたりの長母指伸筋腱に重苦しい痛みを感じるようになった。この部分に熱感もとヒリヒリとした皮膚過敏がみられ、労宮穴あたりが重く痛むようになった。左母指の運動訓練をすると、返って痛みが増すようだ。
10月7日、隣町の病院の整形受診した。非常につらいので手術してくれるよう依頼したが、まずは局所麻酔+ステロイド注射することになった。この注射は2ヶ月に1回ペースで2~3回行ない、それでも治らないようであれば手術するのがセオリーだそうだ。そのように注射の間隔を空けてよいのもなのだろうかと疑問に思った。注射した直後はあまり変化ないが、あとからジワリと効いてくるとのこと。注射は3回行う予定だが、大抵は1回の注射で治ることが多いとの説明をうけた。とりあえずこの医師の治療に従い、バネ指の局所注射を行った(予想通りの痛さだった)。
10月30日。長いこと注射の効果は不明だったが、1週間ほど前から左母指で患者のツボ探しをしても、痛みを感じなくなって押圧で力が入るようになった。書類を束ねる時に使う目玉クリップを開ける際にも力が入るようになった。要するに長母指屈筋力が正常化した。バネ現象も消失した。ただし母指IP関節は過伸展できないが、日常的にバネ指であることを忘れているまでになった。
その3年後の現在、患側母指のIP関節は健側ほどではないが、背屈可能となった。ただしために合谷部深部にかすかな鈍痛を感じることはある。