1.腹証の現代医学的理解(代田文彦講義より)
腹証個々の定義と現代医学的解釈については、以下のブログですでに説明した。今回、天宗刺激に興味深い適応を見いだしたので報告する。
腹診に関する現代医学的理解 Ver.2.0 (2009.5.25)
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/8f8c34c0042642f61920ba28da6cc282
1)心下痞硬
①所見
「 痞」とは塊があってつかえる状態をいう。心窩部が硬くなっており、押すと硬い抵抗が触れる。心下部がつかえるという自覚症状のみは、心下痞という。
②解釈
腸管、食道、胃のスパズムの反応。もしくは太陽神経叢反応。下脘あたりの刺激で改善することがある。瀉心湯の適応。
※心下満:心下痞硬と似ていて、心窩部(巨闕、上脘あたり)が自・他覚的に充実して苦しい状態。肝木病における井穴の主治として、古典的に有名。肝の疏泄が欝滞し、横隔膜に変調を起こした状態(心筋梗塞のこともある)に対し、これ を瀉して欝滞を改善させる。肝経井穴として大敦を刺激する。
2)胸脇苦満
①所見
心窩部から肋骨弓にかけて帯状に自覚的な重苦しさ張った感じを訴える。他覚的には肋骨弓下縁から手を内上方に押し上げるように挿入すると抵抗を感じる。自覚的な場合、他覚的場合、自他覚ともに見られる場合がある。肋骨弓下の両側に出現することや、右のみ左のみ出現することもある。(右の方が出現頻度が高い)
②)解釈
横隔膜隣接臓器(おもに肝胆)の異常により、横隔膜が緊張している状態。肝臓の異常による。なお古典でいう肝の病は、現代ではストレスに該当するので、胸脇苦満は心労でも生ずる。柴胡剤(大柴胡湯、小柴胡湯など)を使うが、それよりも中背部の鍼灸の方が早く治せると思う。
2.寺澤捷年の観察と経験(寺澤捷年:胸脇苦満の発現機序に関する病態生理的考察 日東医誌 Vol. 67 (2016) No. 1 p. 13-21)
1)心下痞硬の針灸治療
膈兪・肝兪・胆兪などの脊柱起立筋群の刺鍼で消失することを報告した。しかしこれらの刺鍼で胸脇苦満は消失しない。
2)胸脇苦満の針灸治療
①棘下筋の天宗への刺鍼で、胸脇苦満が消失し、さらに「しゃっくり(吃逆))」が消失することを経験。棘下筋がC5・C6に起始する肩甲上神経に支配され、横隔膜がC3・C4・C5に起始する横隔神経に支配されることから横隔膜からの内臓体性反射で「胸脇苦満」が起こるのではないか?
②棘下筋の硬結を緩める施術(3番針にて天宗あたりから肩甲骨に達するまで直刺約1.5㎝+電気温針器10分加熱)が横隔膜の異常緊張を解除するらしい。同じ理由で吃逆に対して棘下筋の硬結を緩めることで改善をみた。
3.症例:胃の蠕動運動自覚に天宗刺針が有効な例(一條俊行、37歳男性)
1)主訴
頸椎~T7の傍脊柱筋の痛みとコリ 、胃が動く感じ、左起肋部から心窩部にかけての圧迫感。
(顎関節症もあって顎の開閉でコキコキと音がする)
2)診断
左下部頸椎~Th7の長短回旋筋の過緊張。心下痞硬は第5~7肋間神経の末端である心窩部のコリ由来。
3)治療1
伏臥位にて頸椎~T7背部一行置針40分間 。坐位にて督兪・膈兪に手技針(横隔膜に響かせる針)+せんねん灸。
4)経過
この治療で1ヶ月に4回通院後、来院休止していた。聞けばカイロに通院していたという。カイロ治療で骨や関節は整ったが、筋緊張は改善しないので、当院に再来したとのこと。
5)治療2
①これまでの治療は、心下痞硬の改善を狙いとしていたが、それに加え、胸脇苦満の治療を行うため、伏臥位で天宗に深刺直刺すると、患者は大いに驚き、自分が悪かったのはここだったと述べ、胃の勝手に動く感じは収まった。なお右天宗は早川点でもあり、早川点は胆嚢疾患の診断点として古くから知られている。
②天宗刺激でよく使うのが肩関節前面痛に対してである。天宗は棘下筋のトリガーポイントであり、その放散痛は肩関節前面~上腕にかけてであり、臨床で使用頻度が高い。天宗に刺針しつつ、肩関節を外転させるような運動をさせると、肩関節前面痛が軽減することは常套法ともいえる。だが天宗はこれだけに効くのではなく、新たな天宗の使い道を把握できた。
③天宗灸の古典的主治症に、乳腺症(乳管が詰まる)がある。ただし家内にこれをやったが灸を非常に熱がり、治療を拒否された。(やむなく急いで出産した病院にかけつけ、乳房マッサージを受けた。すると間もなく乳汁がシャワーのように吹きだすと同時に、みるみるうちに乳房が小さく正常な大きさになった。)私見だが乳房と肩甲骨は、整体観的に対称であることから、昔は乳房症状には肩甲骨その中心である天宗を使うとしたのだろうと思っている。