全国には婦人科疾患の針灸治療を謳った針灸院が少なからず存在している。月経痛などは速効性があるのであまり問題はない。逆子の治療は短期間なの治療の成否とは関係なく問題は少ないだろう。しかし不妊症はどうだろうか。結果が出るまで数ヶ月以上を必要とし、かつ結果が成功・失敗の二択になる。高額な治療費をもらっている以上、治療者としては結構な冒険だろう。それでも妊娠する確率が、ある一定以上であれば、治療失敗もやむを得ない面があると思うが、実際はどんな具合なのだろうか。
1.女性の機能性不妊症について
1)女性の機能性不妊症の原因
受精卵が着床するためには、子宮内膜の血流量が豊富なことが重要な条件であることが知られている。その子宮内膜の血流量を減少させる要因にストレスである。ストレスがあると、鬱血の増大および末梢循環を減少させ、「冷え」をひどくする元凶となる。冷えが瘀血を生じて、子宮・卵巣・卵管の血流量を減少させると、おのずと卵胞の発育成熟も遅れて無排卵になる。同時に子宮頸管粘液の分泌機能に障害をきたして授精・着床障害を起こすことも考えられる。
2)不妊症に対して針灸ができること
自分自身の生命が不安定な状況では、新しい生命を誕生させる余力がない。機能性不妊症では、基本的には母体がある一定以上に健康体である必要があるのだろう。不妊に対して針灸ができるアプローチとしては、子宮・卵巣に対する血流動態の改善と、ストレス改善が考えられている。具体的には次のようである。
①胚の質が改善
卵子自体の質の改善は困難だが、卵胞の発育不良の改善を目指すことができる。
②着床側の子宮内膜の環境の整備
子宮内膜が厚くならない場合にその改善を目指す。内膜が8ミリ以上と未満とでは、体外授精の妊娠率も有意に異なる事が知られている。内膜の状態は妊娠率を左右する。大切なのは子宮周辺の血行の促進が内膜の厚さに関与するという研究結果があることで、局所の血行促進は、針灸の得意とするところである。
③ストレスの緩和
卵巣は視床下部から脳下垂体を経て、ホルモンによる指令を受けるが、ストレスが大きいと、この指令に不調和を起こす。ゆったりとした治療でストレスの緩和を行なう。
2.不妊症に対する針灸の治療成績
不妊の針灸治療を受けようとする者は、人工授精や体外受精を行っていることが多いので、針灸単独での治療効果は判然としないが、総合的にはだいたい5割程度の妊娠成功率であるとされている。現代医療での成功率が3~4割程度なので、1~2割程度の上積みが針灸の効果といえる。
1)越智正憲(産婦人科医)の見解
東洋医学だけでの機能性不妊症施術の妊娠率は5%以下に過ぎない。その理由は、機能性不妊症の90%以上は、卵管采でのピックアップ障害か精子の受精障害であって、これらの障害には東洋医学の効果は全くない。
(越智正憲:「概説 不妊症の検査と施術」医道の日本 第752号 平成18年6月号より)
2)形井秀一の治療成績
約3年間に不妊患者20名に対して針灸治療を試みた。11回以上治療を受けた15例についての平均治療回数は27.4回、治療期間は平均11.7ヵ月だった。このうち妊娠に至ったのは4例だった。この4名はいずれも21回以上治療をした者だった。妊娠した4例の治療回数は13~27回で治療日数は95~274日であった。
(形井秀一:婦人科疾患に対する鍼灸治療「鍼灸臨床の科学」医歯薬出版、2000.9.25)
※単純にいえば、妊娠成功者は、4/20で、成功率5%になる。
3.針灸治療の方法 (三島泰之「身近な疾患35の治療法」医道の日本社)
針灸治療の成否は、もちろん最終的に妊娠できたか否かで判断するのだが、針灸を継続して実施するためのモチベーション保持には、成功への手がかりや手応えが必要であろう。
三島泰之は、治療が効果的に作用しているかどうかの目安が次のものになるという。
①長めだった生理周期が、28日型に近づく。
②基礎体温の高温期が長くなる。
③投与される薬剤量が減っても、同じ効果が得られる。
④骨盤の歪みの是正:腸骨稜の高さに左右差、脚長差
⑤腎虚所見の是正:下腹・腰・足の冷え、小腹不仁(下腹部の空虚)
⑥瘀血所見の是正:小腹急結、小腹硬満
※少腹急結左下腹部に擦過痛があり、索状物がある。瘀血証。桃核承気湯の適応。
少腹とは、側腹のこと。
※小腹硬満:下腹部に堅硬な抵抗物があり膨満感がある。瘀血症で桂枝茯苓丸が適応となる。
小腹とは下腹、大腹は上腹のこと。