鼠蹊部周辺に出現する慢性障害であり、本当の原因を特定しにくいためこのような鼠蹊部周辺 に出現する痛みを症候群とした呼名をグロインペイン症候群(groin pain syndrome)とよぶ。病態は多岐にわたるが、これまで私が経験したもの(すなわち針灸の場で遭遇しやすいだろうと思える)病態を中心に整理する。
鼠径部痛を生じている局所は、他部位の可動域制限や機能障害を代償した結果でのこともあり、緊張が高い鼠蹊部の筋への刺針刺激やストレッチだけでは根本的な解決にはならないことも多い。
1.大腿内転筋群への治療
大腿内転筋群は、恥骨筋・長内転筋・短内転筋・大内転筋・薄筋の5筋で構成されている。この中で、とくに特徴ある筋は、大内転筋と長内転筋である。
大腿内側を押圧して圧痛を調べる際、仰臥位で実施すると圧痛を逃がしやすい。筆者は患側下の側腹位(=シムズポジション)にして、大腿内側を直角に押圧して調べている。このうすると圧痛が発見しやすく、発見した圧痛を逃がさない。
1)大内転筋
大腿内転筋として最も強大。局所治療点は陰包あたりになる。
2)長内転筋
長内転筋は股関節内転筋の主動作筋で恥骨外端から起始している。パトリックテストの肢位をすると、隆起して摘みやすくなる。長内転筋は、長坐位開脚で上体を前屈させる柔軟体操で、いわゆる身体の硬い人は大腿内側基部に長内転筋の伸張が妨げられ、痛みを感じて十分に前屈できない。長内転気の圧痛点探索は、患側を下にした側腹位で行うと、圧痛点が把握しやすいようだ。圧痛点刺針して、股関節の内転・外転の自動運動を行わせる。局所治療点は足五里や陰廉あたりになる。股関節外転不十分な者に対して、陰廉や足五里から刺針して長内転筋を弛めると、外転角が増す(あぐら姿勢ができるようになる)ことが多い。
2.腸骨筋
変股症による鼠径部痛は、鼠径靱帯外1/3の処(=外衝門)に圧痛をみることが多い。この部の圧痛は、短縮した腸骨筋の伸張による圧痛を意味する。腸骨筋は腸骨稜内面上部を起始とし、関節前面に接触、そして股関節を軸に、鋭く後下方にカーブして小転子に大腿骨小転子に停止しているので、股関節と腸骨筋の間で摩擦されて炎症や癒着が起こりやすい。
鼠径痛時、パトリックテスト肢位をさせ、鼠径溝外方で上前腸骨棘内縁部を深々と押圧して腸骨筋の圧痛や股関節前面の圧痛を調べる。鼠径部から腸骨筋に刺入するには、股関節にぶつかるまで深刺し、癒着を剥がすように局麻剤を注入するが、かなり力を入れないと剥がれなかった(木村裕明医師)という。このブロックを腸腰筋膜下ブロックと称するので、針治療では腸腰筋膜下刺とよぶことになるだろう。2寸#4~#8で直刺すると硬い筋にぶつかるが、その筋中に刺入する。
3.股関節関節裂隙
変形性股関節症の大部分は、側殿部の中・小殿筋に出現する。それは歩行時は必ず中・小殿活動が伴うからである。このような場合、側臥位で腸骨稜の下方1~2寸の部にある中・小殿筋筋緊張を緩める針が効くことが多い。ある患者では、鼠径溝外方の腸骨筋部の痛みを訴えていたが、次に記す刺針でこの痛みは解消された例も経験している。
立位で上半身の体重が骨盤の股関節臼蓋に下向きに負荷が加わり、大腿骨頭との連結部分の関節包には慢性的な張力が作用しているので、治療点は関節包上部になる。患側上に側臥し、3寸#8針で、大転子から上方3~4㎝(一横指半)の部から直刺深刺する。同じ要領で1㎝刻みで3本程度刺入した方が効果が確実になる。7~8㎝入れると針響が得られる。5~15分置針後抜針すると、股関節ROM拡大している場合が多い。
4.原因不明だったグロインペインの経験
50代の女性。数週間前から右鼠径部痛が立ったり歩いたりすると痛むので歩行困難。これまで医療的措置を受けていない。鼠径部、下腹部、大腿前面、大腿内側を触診するも筋コリ部を発見できず、従って病態把握もできなかった。何もしない訳にもいかないので、患者の訴える痛み部位に刺針しパルス通電をするも、無効。3日に再診し、症状に変化ないとのこと。陰部大腿神経、腸骨鼠径神経の支配領域でもあるので、これら神経枝の元である腰神経叢刺刺針(外志室刺針)を追加するも、やはり症状に変化なかった。グロインペイン治療は難しい場合があるというが、改めてその事実を思い知らされた。
鍼灸無効ということで、本患者は、3回目の予約をキャンセルした。整形外科訪問し、間板ヘルニアだと指摘されたという。本例が椎間板ヘルニア由来の鼠径部痛とは納得いかなかったが、「その治療をしばらく続けてみて下さいという」対応で終えた。