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フェリックス・マン著「鍼の科学」の内容紹介

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今から30年ほど前の昭和57年、フェリックス・マン Felix Mann著「鍼の科学  Scientific Aspects  Acupuncture」西条一止・佐藤優子・笠原典之訳(医師薬出版社刊)が出版された。私はすぐに本書を購入して中身を覗いたが、そこに従来的な解剖学的鍼灸よりも進化した<現代医学的鍼灸>を発見した。私が待ち望んでいたのは、このような本に相違なかった。
 
私は「鍼の科学」を熱心に読んで、傍線を引いたり、自分なりに索引を作ったりもした。本稿では内臓体壁反射などのベーシックなものは省略し、興味深い部分をピックアップする。ただフェリックスマンは、実験動物を使った生理学的変化など非常にアカデミックに自説を展開しているのだが、これらを十分に理解できない部分があった。自分の理解できる範囲内でのまとめになるのはやむを得ない。


1.フェリックス・マンの略歴

1931年4月10日生 - 2014年10月2日没。 医師、鍼灸師。
ドイツ生まれ。3才でイギリスに移住。イギリス国籍。

1)1950年代当時、若手医師だったフェリックスは、ガールフレンドの虫垂炎による腹痛が鍼で鎮痛したのに驚き、これを契機として鍼灸に興味を持った。しかし当時イギリスでは鍼灸を勉強できず、1958年からフランスのモンペリエ、ドイツのミュンヘン、オーストリアのウィーンに行って鍼灸を学んだ。さらには古典的テキストを読めるようになるため中国語を10年間学習した後、中国に渡って中国伝統鍼灸理論を学んだ。その後はイギリスに戻り、当時ほとんど顧みられなかた鍼治療を日々の診療に取り入れ始めた。

2)最初に行った鍼治療は伝統的スタイルだったが、ツボでないところに鍼を刺してもツボに刺した時と同様の効果を示したことで、經絡や経穴に疑問を持ち始めた。そして治療点を、点よりも面としてとらえるべきだとする立場に変わった。

3)1960年代、フェリックスは医師に鍼治療を教え始め、1970年代には学習者の数も増え、55カ国以上1600人以上の医師が彼の元で鍼灸を学んだ。このことは、医学の痛みに関する科学的な理解が進み、現代用語で鍼治療の機序をより理解できるようになったことが理由だった。特筆すべきは、1972年にニクソン大統領が中国を訪問したことで、鍼麻酔のニュースが世界中に流れ、多くのイギリス人やアメリカ人医師の間で鍼治療への関心が高まったことだった。

4)1977年頃には、フェリックスマンはツボ、經絡、陰陽、五行など伝統的な考えを事実上すべて否定し、<科学的鍼治療 Scientific Acupuncture>を目指すようになった。鍼灸を解剖学や生理学の現代的な理解で説明できる治療法として捉えていた。もはや気や陰陽について、話す必要性はなくなっていた。鍼が効くのは神経生理学的に説明が可能であり、鍼治療に関与する反射の大部分が脊髄性であることが解明された、鍼が効くのが神経システムの活動による調整作用からだと説明した。

5)時間が経つにつれ、フェリックスは、多くの伝統鍼灸主義者が患者を過剰に治療していると考えるようになった。フェリックスは、数本の鍼(時には1本だけ)を挿入し、鍼を刺す時間は短く、1~2分以上、数秒で済ますような、非常に穏やかな治療法を支持するようになった。 このやり方は、現代医学の訓練を受けた医師にとって理解しやすく受け入れやすいもので、また多くの者が学びたいと思っていたものだった。

6)1980年には、フェリックスの元学生を中心に構成された英国医学鍼灸学会(The British Medical Acupuncure Society)が設立され、彼が初代会長となった。現在の会員数は2000人を超えた。医学的鍼治療学会(Medical Acupuncture Society, 1959年 - 1980年)の創設者であり、元会長でもあった。
  ※参考文献:Felix Mann(Wikipedia )「Arrt Dry Needling & Massage 」HP)

 

2.内容紹介

1)足には6つの器官を代表する6つの經絡がある。これら足の一連の經絡は、たとてば胃経が通っているスネは胃の治療に、あるいは膀胱経が通っているふくらはぎは膀胱の治療にも影響を与えうる。
大腸経や小腸経は腕にあるとされている。しかし私の考えによると、これはまったく間違っている。なぜなら、これらの器官に対する病変は、下半身の刺激によってのみ治療できるからである。三焦経もやはり定義しがたい。(p24)


2)頭顔面部におけるツボの大半は、近傍の器官に作用する。それらの作用は、脊髄分節性反射に類似した局所反射弓によって説明できると思われる。
たとえばKoblankは、鼻と心臓との反射について、ヒトや動物実験で調べた。上鼻甲介の周辺には、鍼治療によって心臓性不整脈を起こす特定領域のあることを発見した。このことから、上鼻甲介への刺激は、三叉神経によって中枢に伝えられ、そこで反射的に迷走神経核を興奮させ、迷走神経を介して心臓に影響を及ぼすのではないかと考察した。
(筆者註:迷走神経反射の典型:肩井に刺鍼して一過性脳貧血を起こすのと同じ)

Koblankは、下鼻甲介と生殖器官との反応について調べた。若齢時に下鼻甲介を除去すると、動物が成体になった時、体重は除去していない動物と変わりなかったが、子宮・卵管・睾丸などの生殖器に異常が認められた。また実験動物の中鼻甲介を刺激すると、胃液の分泌と運動が増加することを報告した。
これらから、上鼻甲介は心臓、中鼻甲介は胃、下鼻甲介は生殖器に作用する。(p25-26)


3)健康な器官の機能を変えるには相当大きな刺激が必要である。一方罹患した器官の治療には小さな刺激で十分である。したがって鍼をわずかに刺入しただけで重い病気のいくつかを治すことができるのに対して、健康な器官に間違って治療を行っても、まったく無害になるのが普通である。(p28)


4)中国の文献では、ツボはとても小さく、数ミリ程度のものとされている。しかしこれは必ずしも事実ではない。1デルマトーム(周辺が過感作になっていれば数デルマトーム)のどこを刺激しても十分な治療効果があることが少なくない。このデルマトーム内を注意深く探ってみると、圧痛の強い部位がいくつか見つかる。これがツボと呼ばれるもので、これらの圧痛の最も大きい部位は、鍼に対し回りの部位よりも大きな反応を示す。

もちろん適切なデルマトーム内のどのような部位に刺激を与えても効果のある場合もあるが、その効果はツボに対する刺激よりも小さくなる。一方、全体の1/4に相当するくらいの広範囲のどこに刺激を与えてても、それが適切ば部位ならば十分な効果のある場合もある。(p28)
鍼治療が効くような病態であれば、医師によって異なったツボに鍼をしても患者の大多数は治すことができる。(p35)


5)刺激領域を表現するには、デルマトームではなく、皮膚-筋-硬節という言い方をするのが適切だと思われる。内臓やその他の器官の病気では、しばしば疾患部と関連した体表面に反射性圧痛を感じる場合がある。その際、筋緊張や血液循環の変動を伴うこともある。おそらく疾患部に関連した組織の組織構造が深部にまでわたり過敏になり圧痛を生じていると思われる。(p36)
(筆者註:硬節とはスケルトームのこと。骨における分節(デルマトームのような縞模様)のこと。デルマトームは皮膚・筋・硬節の他に、交感神経性デルマトームもある。


6)神門穴は少海穴よりも効果的なツボである。それは少海刺鍼が脂肪組織を刺激するのに対し、神門の方が少海より厚い皮膚と硬い靭帯を突き抜く。つまりは神門の方が多数の神経線維を刺激することになるからである。神門のように骨膜も刺激されるツボの方が大きな効果をもたらす。(p38)
関節周辺の骨膜を刺激すると、その表層にある上皮を鍼でさすよりも効果が大きくなる場合がある。これは刺激に興奮するニューロンの数の違い、すなわち局所反射の活性化の差異によるものと考えられる。(p38)


7)神経幹を刺激すると激痛を引き起こすが、これは決してより効果的というわけではない。いわゆる頸椎々間板症やその関連疾患では、第6頸椎の横突起を刺激する方が腕神経叢を形成している数本の神経を鍼で刺すよりも効果的である。(p38)


8)研究者の中には、皮膚の電気抵抗の減少が認められるよう小さな領域がツボであると主張する者もいる。しかし電気抵抗の減少を示す皮膚領域は大小何千とあり、その中でツボと一致する者はほとんど認められなかった。神経生理学的理論に従えば、電気的にもあるいはその他の方法を用いても小領域に独立して存在するツボなどとうものは見つけ得ないはずである。(p39)


9)臨床的な観点からすると人口の約5%が超過敏反応者であり、これに普通の過敏反応者を含めれば、人口の10%あるいは多めにみて30%は過敏者になるかもしれない。
鍼麻酔というものは、私の経験上、超鍼響過敏者の場合にしか効かない。ただし専門家の中には私の意見に反対する者もいる。1974年に私は、鍼麻酔を受けた患者のうち10%の人に完全ではないが、ある程度鍼麻酔の効き目があったと報告した。その後、私がその時用いた麻酔状態の基準は、少々甘いものであり、その数値は5%に修正すべきだとの見解に達した。(p50)


10)Kellgrenの一連の研究から、痛みの分布を次の3層に区分して述べた。
①一般に皮膚の刺激による痛みの分布は小さな区域に局在する。(非常に強い刺激を除く)
②筋膜、骨膜、結合組織、腱など、皮下にある中間層の刺激による痛みは、刺激部位の辺縁部あるいは刺激部位から少し離れた部位など、少し広い領域に存在する。
③深層にある筋層の刺激による痛みは、放散性であり多少なりとも分節的な分布をしてくる。とくに棘間結合組織、肋間腔や体幹部体壁の深部組織に起因する痛みは、明確な分節性を示し、手足の筋肉や関節に起因する痛みは局在して現れる。
手足の筋肉の痛みは、その筋肉の結合している関節が筋と同じ分節に属する限り、関節に関連痛を興す傾向がある。(p58)

 


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