(上図は筆者の見解。棘下筋を結髪動作に含めている成書は多いのだが)
第1項 結帯動作制限と治療
1.結帯動作の制限因子と治療方法
エプロンやブラジャーを結ぶような動作を結帯動作といい、これは伸展+内旋の動作である。排便後にお尻を拭くというのも結帯動作。結帯動作は、結髪動作とともに肩関節ADL障害をきたすことが非常に多い。結帯動作で収縮するのは肩甲下筋であるが、障害筋は引っぱられる筋であって、緊張過多なので伸張できないことが症状を生む。治療対象筋は棘下筋・小円筋・烏口腕筋で、これらの筋が、伸張を強いられる時に痛む。具体的に問題となる筋を、患者に結帯動作を指示し、その時どこか痛むのかを聴取することで障害筋の発見に努める。
1)棘下筋と天宗
結帯動作は、手背を腰の部分につけることが動作開始ポジションである。この姿勢は肩関節の内旋を強く強制することになるが、これは棘下筋の伸張を強制される状態である。
棘下筋のトリガーが活性化されると、上腕前面~外側の放散痛を生ずることが知られている。要するに棘下筋の筋が厚い部(天宗あたり)に押圧しながら、結帯動作を行わせると肩甲骨内側筋(菱形筋や肩甲挙筋)がゆるむので、可動域が改善される。針は天宗あたりの圧痛硬結を数カ所発見し、そこに置針した状態で、結帯動作の運動針をさせるとよい。
上腕外側痛は、実際には棘下筋のトリガー活性化に由来するものが多い。患者は痛む上腕外部を触ることはできるが、棘下筋を触れることができないので、自分の肩の痛みがどこからくるのかよく分からない。このような場合、天宗あたりの圧痛点に4番針以上で刺針するとよい。トリガーポイン トを外すことがあるので、一度に多数刺針した方が有効性が高まる。
上腕外側は腋窩神経の分枝である上外側上腕皮神経知覚支配で、この神経は腋窩神経の分枝になっている(腋窩神経の本幹は小円筋・三角筋を動支配。腋窩神経はさらに肩関節包下方を知覚支も)。この解剖学的性質から、かつて中国では上腕外側痛に対る局所治療としては肩髃から曲池方向に水平刺する治療が行われてきた。しかしこの方法では直後効果に留まることが多いだろう。
2)小円筋と肩貞
小円筋は肩甲骨の後面外側縁上部の1/2から起始し、上腕骨大結節の下部に停止する。本筋の緊張は、肩関節の伸展困難になる。本筋を緊張緩和させるには患者を患側上の側臥位させ、術者は肩甲骨外縁1/2を母指でさぐり、30秒間上方に持ち上げる。その時、片方の手で患 者の肩関節が挙がらないよう、押し下げる力を与える。
鍼治療では、側臥位で肩貞(腋窩横紋の後端から上1寸、小円筋部)を刺入点とし肩甲骨外縁に向けて刺針し、上腕伸展運動の介助自動運動を行わせる。
※棘下筋と小円筋の機能の相違点
棘下筋は上腕を背中側に引く作用。小円筋は上腕外旋作用。
たとえば空手の右手正拳突きの動作の際、左手は腕を引き(棘下筋)つつ、外旋させてワキを締める動作(小円筋)をする。
3)烏口腕筋と天泉(旧来の位置)
私が昔教わった経穴学では、天泉(心包経)は、腋窩横紋前端から曲沢に向かい下2寸。烏口腕筋の筋上に取穴した。烏口腕筋の筋上にあるのは天泉だけという特徴があった。天泉の取穴は、仰臥位で施術側の手指で同側の耳をつまむような姿勢にして烏口腕筋を触知し、施術する。
しかし現在の標準経穴位置では、天泉は腋窩前縁から曲沢に向かうこと下方2寸で、上腕二頭筋の長頭と短頭間になり、烏口腕筋は関係がなくなってしまい、特徴のない経穴となってしまったことは残念である。
※烏口腕筋・上腕二頭筋・上腕筋は、筋皮神経支配。語呂:「う(烏口腕筋)に(上腕二頭筋)椀(上腕筋)、きんぴら(筋皮神経)定食」
結帯動作で、上腕内側が痛むという場合、烏口腕筋の伸張痛を考える。そして術者の母指と示指・中指で烏口腕筋をつまみ上げるようにして伸張させる。鍼の場合、烏口腕筋に刺針して上記動作を行い、運動鍼効果を狙う。
第2項 結髪動作(または上腕外転)制限と治療
1.結髪動作あるいは上腕外転の制限因子と治療方法
結髪動作とは、頭髪を後頭部で結ぶ動作のことで、肩関節の屈曲と外旋それに加えて肩甲骨の 上方回旋の合成動作による。肩関節の外転制限あるが90°以上可動できる場合、結髪動作制限が生じ、肩甲骨の上方回旋運動制限(僧帽筋上部繊維や前鋸筋の筋収縮力)および肩甲骨と上腕 骨を結ぶ筋の過収縮(肩甲下筋や大円筋の伸張障害)が問題となる。なお棘下筋の緊張過多を結 髪動作制限の原因にしている成書も多い。
2.肩甲下筋・大円筋刺激
実際上は収縮力不足ではなく、後者の肩甲下筋や大円筋の伸張不足が問題。そのベースには肩甲下筋や大円筋の過緊張がある。肩甲骨外縁を押圧しつつ、上腕外転運動が被験者の上腕が 側頭部につくくらいの強さで行う。さらに大円筋・肩甲下筋をは肩甲骨内縁と肋骨間に長針を刺入し、上腕外転運動を行わせる。
1)大円筋刺針
大円筋の痙縮痛の放散痛は、三角筋後部線維部に出現するという点で、棘上筋の放散痛とは違ってくる。
患側上の側臥位で、できる限りの結髪動作体位をとらせる。すると肩甲骨が下方回旋して肩甲骨下角が外に出てくる。この状態で肩甲骨外縁~肩甲骨下角外縁に位置する大円筋に刺針その状態で、術者は患者の肘を少しずつ押すことで上腕の外転角を強める運動針を行う。
※ネコの背伸びポーズにての大円筋刺針
下図はヨガで「ネコの背伸びポーズ」、通称「ネコストレッチ」といわれるもの。四つん這いになり、尻をに引くようにする。
上腕骨を強く挙上させることで、肩甲骨-上腕骨間にある大円筋を強く伸張させている。この姿勢のまま、大円筋刺となる肩貞や肩甲骨下角あたりに刺針する。すると上腕の自動外転角が広がる例が多い。
2)肩甲下筋刺針
肩甲下筋拘縮の放散痛は、後方四角腔部に出現する。肩甲骨内縁(膏肓)から肩甲下筋刺針する。それには治療側を上にした側臥位をとらせる。膏肓あたりから肩甲骨と肋骨間に向けて、5~7㎝水平刺すると、ズンという針響を肩骨裏面に与えることができる。さらに強い響きが必要な場合には、刺針した状態で肩関節の自動外転動作を行わせる。これは肩甲骨-肋骨間のファッシア(筋膜)癒着を剥がす目的。