1.上腹部消化器内臓
1)上腹部内臓の反応の特徴
上部臓器(胃、十二指腸、肝胆膵、脾、腎)は交感神経優位で、病的反応があれば交感神経が興奮する。それは腹腔神経節とTh6~Th9交感神経節を興奮させる。これらはその解剖学的位置から、前者を椎前神経節、後者を椎傍神経節ともよばれる。
椎前神経節の反応は心窩部の漠然とした鈍痛を生じる。後者は交通枝を介して同じ高さの体性神経系に入り、Th6~Th9の体性神経性デルマトームに従った圧痛硬結が出現する。体性神経性デルマトームは、末梢神経分布のことなので、後枝反応として主として起立筋上の圧痛硬結が、前枝(=肋間神経)反応として主として腹直筋上に圧痛硬結が現れてくる。
2)横隔膜神経の反応
内臓は体壁組織に比べ、一般に反応に鈍感であり、わずかな病変であれば自覚症状や他覚所見も生じにくい。ただし横隔膜神経は体性神経なので敏感である。たとえば横隔膜隣接臓器(肺・心臓・胃・肝臓など)の病変では、本来の内臓の病的信号よりも、二次的に生じた横隔膜神経の興奮が強く出現することが多い。
上記の上腹部臓器の病変では、常に横隔膜神経の反応を考慮するべきである。横隔膜神経はC3C4からでる脊髄神経であり、本神経興奮ではC3デルマトーム反応として後頸部、C4デルマトーム反応として肩甲上部のコリや痛みが出現する。 たとえば胃が悪いと左頸肩のコリ痛みが出やすく、肝臓が悪いと右頸肩のコリ痛みが出やすくなる。逆に頸肩部のコリ痛みに対する施術が横隔膜神経を介して内臓治療に関係してくる。
3)上腹部消化器内臓の針灸治療パターン
針灸治療は、体性神経系に対する施術を直接目標としているので、次の3つの方向から施術する。
Th6~Th9前枝の刺激 → Th6~Th9腹直筋(歩廊~滑肉門)
Th6~Th9後枝の刺激 → Th6~Th9起立筋(膈兪~肝兪)
横隔膜神経刺激 → C3C4デルマトーム(頸肩コリの治療)
2.中腹部消化器内臓
1)中腹部臓器の反応の特徴
中腹部臓器(小腸、虫垂、左結腸彎曲部までの大腸。ただし文献によっては上行結腸までの大腸)も交感神経優位で、病的反応により交感神経が興奮し、上腸間膜神経節(椎前神経節)とTh10~Th12交感神経節(椎傍神経節)を興奮させる。
椎前神経節の反応は臍部の漠然とした鈍痛を生じる。後者は交通枝を介して同じ高さの体性神経系に入り、Th10~Th12の体性神経性デルマトームに従った圧痛硬結が出現する。すなわち、後枝反応として主として起立筋上の圧痛硬結が、前枝(=肋間神経)反応として主として腹直筋上に圧痛硬結が現れてくることになる。※ただし上腸間膜動脈神経節の反応は腹腔神経節を仲介するので、実際には臍部痛よりも心窩部痛を訴えるケースが多くなる。
2)中腹部消化器内臓の針灸治療パターン
考え方は、上腹部臓器の針灸と同じだが横隔膜神経は関与しないので、次の2つの方向から施術する。
Th10~Th12前枝の刺激 → Th10~Th12腹直筋(天枢~大赫)
Th10~Th12後枝の刺激 → Th10~Th12起立筋(脾兪~三焦兪)
3.アナトミートレインの浅前線との関係
以上が2006年に発表した「内臓体壁反射理論からみた鍼灸治療方針」だが、その通りの治療を行ったとしても、おそらくは凡庸な効果しか得られないだろう。臨床で運用するにはあまりにも荒削りだからだ。まだまだ上手な鍼灸治療を実践するには役立つ理論が必要だ。そうした中にあって、数年前からアナトミートレインという考え方が出現し、その中の浅前線が胃経走行に似ていることを知った。
アナトミートレインでは、足三里のある前脛骨筋と腹直筋は連絡しているので、腹直筋に影響を与えようとして足三里を刺激するという方法が成り立つ。ただしアナトミートレインは内臓なので、足三里を刺激したからといって胃に影響を与えることはできない。
一方胃経流注を考えれば、腹部の腹直筋を直脈が下する一方、支脈脈は鎖骨上窩(缺盆)から深く潜行して腹部の胃に入出し、鼠径溝(気衝)から表層に出て直脈と合流する流れになるので、足三里刺激で胃に影響を与えることができる理屈になる。
実際に足三里を刺激すると、百回に1回程度は胃や腸のグル音を聴取することができるので、おぼろげながらも胃経流注の存在を意識できる。そこで、私は足三里刺激→腹直筋、そして腹直筋刺激→胃に影響という論法を考えみた。足三里刺激→胃に影響を与えるという訳ではないので、足三里が確実に胃に影響を与えるというわけではく、それは腹直筋の状態次第になる。腹直筋が緊張していることが、反射板的作用となって胃に影響を与えると思った。したがって、腹筋を緊張させた状態で足三里に刺針して下腿に響かせることが胃に影響を与えるコツではないのかと考えた。