1.乳の生成過程の生理
1)乳腺葉が血液から乳を生成する
小腸から吸収された栄養素は、肝臓に集められた後、血液によって全身各所へ運ばれる。乳房の中には、乳頭につながる太い乳腺が何本も通っている。この乳腺の根元には、乳腺葉があり、乳腺葉には多数の毛細血管が張り巡らされて、乳腺細胞が並んでいる。
乳房基部に運ばれた血液が乳腺葉の毛細血管に届くと、乳腺細胞は血液中の赤血球は取り込まない一方、白血球、アルブミン、グロブリン、各種栄養素を取り込んで母乳を生成する。
2)血が赤いのに、乳汁が白いのはなぜか
血液が赤いのは、ヘモグロビン色素を含む赤血球が赤いため。(タコやイカなどはヘモシアニンという青い色素を使って酸素を運ぶため、その血液は青く見える)。
乳が赤く見えないのは、赤血球を含まないからである。白く見えるのは、脂肪分やタンパク質の小さな粒子が溶け分散してコロイド溶液状になっていて、分散した粒子に当たった光がランダムに散乱して、さまざまな色(=波長)の光が均等に混ざることで白く見える。白い色素が溶けているからではない。
2.乳汁の生成の東西古典理論
1)ギリシャの哲学者アリストテレス(BC384-BC32)は、「乳は調理された血液である」とした。妊娠以降浄化排泄(月経)は胎児が女ならば
30日、男なら40日続いたあと、血液は方向を変えて乳房に入り熱せられ凝固され、空気の作用で白くなったと考察した。
2)東洋医学でも乳汁は血液から造られるとした。そして出産に伴う膣からの出血やイキミにより、肝の働きが低下して蔵血作用や疏泄作用が低下すと血が回らなくなり、乳汁も出にくくなると考えた。
3)アリストテレスや東洋医学理論が上記のように考えた理由として、授乳中の女性には月経がないことを観察することで、乳が血に変わると考えていた。
2.乳汁分泌不足の針灸治療報告(立浪たか子氏)
乳汁分泌不良の婦人99例に対して、「乳房マッサージ群」と「乳房マッサージ+円皮針群」に2分して治療効果を調べた。円皮針は中府・膻中・少沢に貼附し週に1回交換。希望があれば数回繰り返した。この結果乳房マッサージ+円皮針群の方が有意に効果あった。 針灸は乳房マッサージに併用して行うことが大切である。
乳汁分泌不足には、内分泌の問題と、産後の体力低下情緒因子の問題がある。針灸治療は後者に対して効果ある。 (立浪たか子:乳汁分泌促進のためツボ療法とその効果の検討;母性衛生、第38巻4号)
3.鬱滞性急性乳腺炎による乳房痛の針灸治療
一般的処置としては、乳房を温めたタオルで温罨法をしたり、頻回の搾乳が効果的(乳房に熱があるようならば、冷湿布)。感染予防目的に抗生物質投与。乳房マッサージ(乳管閉塞を開通させ、シコリをほぐしてゆく)。ひどい場合には薬で一時的に乳汁分泌を止める。
1)乳房要因に対する針灸治療
①乳房の硬結部に対する局所刺針と、膻中施灸(せんねん灸など)、肩井、天宗などが知られる。針灸治療では細針で乳腺の周囲に4本程度、針先が乳腺の底辺にする角度で3.5㎝刺入(郡山七二)。
②深谷伊三郎は特効穴として、天宗(膏肓でもよい)への多壮灸を推奨している。
似田考察:小腸経の天宗をとるのは、古典では乳汁分泌は小腸経に関係するとされていること、整体観として、乳房は肩甲骨に対比するものであり、乳頭部に対応するのが天宗になるため。
③膻中を治療点として選ぶ理由は、大胸筋+胸鎖乳突筋の線維が交わる点が膻中だと考えるため。
④大胸筋の上に乳房脂肪組織が載っている。乳房外縁から、細い針でこの境の膜を、ゆっくりとほぐすように横針、置針するとよい(加藤雅和氏)。
2)ストレス改善目的の針灸治療
母親は生まれたばかりの赤ちゃんの世話で、慢性疲労状態で、かつ情緒不安定となりがちで、ホルン系に変調をきたしやすい。こうした者への治療は、ストレス改善目的で治療を行う。とくに肩こりと背部圧迫感の改善に主眼をおいた治療を行う。頻回授乳と休息が大事。