一般的に白内障は針灸の不適応症であるとされている。代田文彦先生もそう考えていたし、私もそう思ている。しかし針灸の先生の中には「科学的な裏づけこそ少ないものの、豊富な臨床実績からもその有用性は明らか」といった、こちらが赤面するような発言が飛び出したりする。これはいったいどうした訳だろうか。常々感じていることを記してみたい。
1.白内障の混濁部位からの分類と症状
水晶体自身は血管も神経もない。毛様体で産生される眼房水によって酸素と栄養が供給され、炭酸ガスや老廃物を排泄運搬することにより、その透明性を保っている。水晶体は、加齢や長年にわたる紫外線暴露の影響を受けて、次第に白濁する。この加齢による白濁を加齢性白内障とよぶ。60才代で70%、80才以上ではほぼ100%が加齢性白内障である。
ここでは代表的な2タイプを記す。ともに進行すれば皮質と核ともに白濁し、放置すれば失明に至ることもある。
1)皮質白内障
皮質周辺部から中心に向かって進むもの。皮質周辺部がトゲトゲした白濁。老人性白内障の大部分で、最も多いタイプ。中心部(核)が透明であれば視力は保たれる。しかし照明が暗いと、眼に入る光量を増やすために虹彩が開く→水晶体辺縁まで光が入る→水晶体辺縁部の部分的白濁によってレンズが歪み→網膜に映る像が二重三重にだぶって見えるようになる。要するに、水晶体辺縁部の濁りがある場合、暗所では物の細部が見えづらくなる。
白濁部が光を乱反射するので、夜間車の運転中、対向車のライトがまぶしい=羞明(しゅうめい)。
2)核白内障
水晶体中心にある核とよばれる部分のタンパク質が変性、レンズの厚みが増すような働きをして屈曲率が変化し、老眼鏡がなくても 文字が見えるようになるようになることもあ る。
視野の中心附近が霧がかかったようにぼやける(霧視)。また核部のタンパク質変性した結果、レンズが着色し、像が黄色がかってみえる。
2.白内障の針灸治療
薄暗い部屋では、虹彩が開いているので、水晶体辺縁部にまで光が入る。水晶体辺縁部に部分的な白濁がある(=皮質白内障)と、水晶体が乱反射して網膜に映る像が二重、三重にだぶ ついて見える。
こうした状況で、縮瞳させれば、ピンホール効果も期待できる。すなわち水晶体中心附近部のみから集光し、水晶体周辺部は使わない。この場合、水晶体皮質部の白濁は、視力の妨げにはならない。ピンホール効果では、外界は暗くみえるので夜間は明るい照明が必要。
縮瞳させるには、星状神経節刺針や大椎刺針により頸部副交感神経刺激状態を作り出す。あるいは、項~背腰部に気持ちのよい針を行い、リラクセーション効果を期待することが考えられる。いずれにせよ、これらの方法は治療直後の一時的作用であって本当の治療法とは言い難い。皮質白内障が進行して水晶体中央付近まで白濁したり、核白内障では、この方法は有効とならない。
※ 米・カリフォルニア大学リン・ザオ博士や、中国・中山大学の科学者たちからなる研究グループは、白内障の発症が動物の体内で合成されるステロイドの一種である「ラノステロール」と関係していることを明かにした。 ラノステロールは、水晶体に元々存在するステロールの一種で、白内障の原因となるさまざまな変異型クリスタリンタンパク質の細胞内での凝集を防止できる作用があるらしい。将来的に点眼薬で改善できる日が来るかも知れない。( Nature 523, 7562 2015年7月30日)