序
かなり以前に針灸学生用の実技テキストをつくる目的で、文献を集めたことがあった。その中で、芹沢勝助先生の書いた記事を発見し、今日まで気になっていたことがあった。
1.耳鳴に下風池の押圧
(芹沢勝助:圧痛点の意義とその臨床、医道の日本、昭和61年4月号)
耳鳴を主訴(難聴を伴う場合が多い)とする患者群に下記の圧痛点を発見した。後頭部の髪際の天柱と風池を底角とし両穴間を底辺とする逆三角形の頂点に当たるところを取穴する。この圧痛点を3~5㎏圧(最も普通に押圧した時の圧)で3~10秒間圧迫した時、耳鳴が変化した場合に効果が期待できる。圧痛のみの場合は効果が期待できない。
この治効の考察として、「この部は椎骨動脈が大後頭孔に向かって左右にふくらむ輪状の輪をえがく部分に相当する。この循環系が筋で圧迫された結果、難聴や耳鳴が起こる可能性のあることを示唆している。」と記していた。
2.下風池刺針の追試
芹沢先生の考察を読むと、この部は後頭三角(大後頭直筋、小後頭直筋、上頭斜筋が三辺を構成する三角形部)に一致するようだ。芹沢先生がそのように記しているのであれば、確かな確証があるのだろうと思い、何人もの耳鳴り患者に、この方法によって下風池刺針を追試した。しかしあまり手応えがなかった。下風池を押圧して耳鳴りの音の変化の有無を聴取しなかったし、押圧と刺針では治療効果が異なるのかもしれない。芹沢先生の示した部は後頭部三角部を針で刺入すると抵抗感少なく、スースー刺入できる。まあゆえに椎骨動脈に当てやすいのだろが、椎骨動脈に当てるとなれば非常な深刺となり危険を伴いかねない。
3.下天柱刺針
動揺性めまいや耳閉感を訴える患者は、項部筋とくに後頭部下筋の緊張がある者が多く、その筋緊張を緩めるような刺針を行うと、これらの症状が改善することが少なくない。何度も書いてきたことだが、後頭下筋は頭部を前後左右に動かすのが主役割ではなく、体幹に対する頭蓋骨の位置を定める役割がある。もし頭蓋骨の正確な位置情報を脳に送れないのであれば、動揺性めまいが生ずることになる。
ところで後頭下筋に刺針することが重要であるとしても、具体的にどのポイントを狙うべきだろうか。やはり筋の骨付着部となるだろう。その代表例は、上天柱や上風池などで、これらは大・小後頭直筋や上頭斜筋が後頭骨に停止する部としてエンテソパチー enthesopathy の病理機序が働いている。
しかし筋は、起始と停止がある。すなわち1本の筋に対して必ず2カ所の骨付着部が存在するから、後頭下筋の主なる起始のことも考えてみるべきだろう。こうした視点から後頭部下筋を眺めてみると、C2棘突起の傍から大後頭直筋と下頭斜筋が起始していることが知れる。
耳閉感を訴える慢性メニエール患者に対し、伏臥位または座位にしてC2棘突起外方1寸の部から、4番~8番程度の針で直刺すると、上天柱や上風池に負けない針響が得られることが分かった。
芹沢勝助先生の下風池の押圧というのは、ここでいうC2棘突起傍1寸からの刺針(下天柱)の効果と同じようなものではないのかと思った。なおC2棘突起傍2寸から頸髄方向に斜刺気味に刺入しても下天柱と効果は変わらないようであった。