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肩関節ADL制限の鍼灸治療  その1 肩関節外転制限 ver.1.2

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1.序

私はこれまで計411題のブログを発表したが、この中でコンスタントに最も閲覧数が多かったのは、「結帯動作制限と結髪動作制限に対する鍼灸技術」(2020.10/23)だった。いかに多くの鍼灸師が肩関節疾患の治療で困っているかの現れであろう。 
現在の「現代鍼灸臨床論Ⅰ」の肩関節痛章の内容を十年前と比べると、驚くほど違っていることを発見したが、十年前の記載内容にも間違いがあるわけでないが、鍼灸師が鍼灸治療するために必要な知識・技術を提示するという使命が疎かになり、単なる知識の紹介に留まった部分があったように感じる。 

過去の私のブログで肩関節痛に関するものは19題あった。十年に及ぶ時間的経過があるので、現在の考え方とは違っている部分が多々あり、後に明らかになった知識も書き加える必要があった。今ならもっと違った内容のブログになるとの思いもあって、再整理することにした。内容の多くは過去に発表したブログと重なってくるので、これら過去ブログは近日中に消去予定である。

ところで、その整理の方法だが、病名別の鍼灸治療の説明ではなく、ADL制限別に解説すればよいのではないかとの結論に落ち着いた。その発端となったのが下図の考案だった。ただしこれが肩関節痛に対して万能という訳にはいかない。

肩関節障害が単純に筋の問題であれば、障害されている筋緊張を緩めることが治療になるが、凍結肩のように関節包の癒着である場合もあるので一筋縄でいかない。一方、凍結肩は確かに関節包癒着なのだが、痛みで肩関節を動かさない状態が続くと、筋の伸張性が失われてくるので、症状の中に筋膜痛の占める要素もあって凍結肩の症状を修飾してくる。症状に占める筋膜痛の割合が高いものが、針灸治療の効く病態であろう。

 

 

肩関節障害でよく生じる結髪動作制限や結帯動作は主に筋の柔軟性に関係するので、リハビリ的診断には有用であっても病名の診断にはあまり有用ではない。とはいえこれらADL障害は患者の苦痛に直結する。そして結髪動作制限と結帯動作制限では鍼灸治療のアプローチもも違ったものになる。

では外転制限の場合はどうか。外転制限の状況を診察することは、肩関節疾患の診断に大いに役立つ。と同時に鍼灸治療の方法も検討できる。
以上の考えから、肩関節痛を①外転制限、②結帯動作制限、③結髪動作制限に大別し、3回シリーズで病態把握と鍼灸治療に言及する。
         
前述した肩関節の外転制限の状況を診察することは肩関節疾患の診断に役立つのだが、結帯動作や結髪動作は主に筋の柔軟性に関係していて病名診断にはあまり役立たない。しかしながら根拠のある鍼灸治療をする際の治療のヒントとなり、治療効果の指標となる。

 

2.肩関節の外転運動の機序

①肩甲上腕関節(いわゆる肩関節のこと)において、凹面である肩甲骨関節窩は広く、この凹面上を、小さな凸面である上腕骨頭が上下にスライドする仕組みになっている。

②上腕骨頭を回転させて上腕を外転させるには、まず上腕骨頭の回転軸を定めなければならない。そのため肩腱板が緊張して上腕骨頭と肩甲骨関節窩を固定させる必要がある。

③回転軸を固定した後に、棘上筋だけでなく三角筋中部線維が収縮して上腕骨の外転運動が行われる。

④上腕外転運動は、三角筋中部線維と棘上筋の協調運動で行われる。

⑤上腕骨の外転90°までは、手掌を下にしても動かすことはできるが、それ以上外転すると上腕骨大結節が肩峰に衝突(=インピンジメント症候群)して、それ以上外転不能となる。

⑥上腕骨の大結節が肩峰にぶつからないようにするには、上腕骨を外旋し上腕骨大結節を肩峰に潜らす必要がある。そのためには手掌を上に向けた状態(外旋位)で外転させるのことで、外転180度はできるようになる。

⑦上腕挙上時の上腕骨の外旋運動は、肩関節肩腱板(棘上筋、棘下筋、小円筋)の筋収縮により起こる。肩腱板の障害では外転90°未満になることが多い。その代表疾患は肩腱板炎、肩腱板断裂(完全、部分とも)である。

 

 

3.棘上筋の退行変性の病態生理 

1)棘上筋障害を生ずる代表疾患

肩関節疾患のほとんどは上腕ROM制限と痛みを生ずる。上腕外転筋は、棘上筋と三角 筋中部線維である。両筋に障害を生ずるのは、肩腱板炎・肩腱板部分断裂・凍結肩など主要な肩疾患である。
 

2)肩外転における棘上筋と三角筋中部線維の協調作用

肩関節の外転運動は、骨頭を上方に引っぱる三角筋中部線維と、体幹側に引きつける棘上筋が協調して円滑に行うことが可能になる。三角筋も棘上筋も老化するが、棘上筋の老化スピードが速い。この場合、肩関節を外転させようとすると、上腕骨を体幹に引きつける力不足で、上腕骨頭を中心軸とした回転運動が起こらず、上腕骨頭は上方に辷る。この状態で上腕を外転させようとすると、上腕骨大結節は烏口肩峰アーチの下をくぐることができない。上腕外転90度前後までしか可動できなくなる。無理をして上腕を動かそうとするので、肩関節の外転・外旋筋である棘上筋・棘下筋の運動支配神経である肩甲上神経が過敏になる。 
 

3)脆弱な棘上筋腱部の肩腱板

肩腱板、とくに棘上筋につづく腱板部分は、肩峰下滑液包や肩甲棘に圧迫されたり、摩擦されたりするため虚血が生じやすく、変形・断裂・石灰沈着などを引き起こしやすい。この部をカリエは危険区域と称した。  
肩腱板のすぐ上には肩峰下滑液包があり、腱板の炎症は二次的に肩峰下滑液包炎を起こしやすい。そして肩峰下滑液包炎の程度が強ければ、夜間痛関節の腫脹・熱感など急性の関節炎症状を併発する。
なお肩腱板炎は肩腱板部分断裂と問診や理学検査のみからは鑑別がつきにくいが、高齢者ではほとんどが肩腱板部分断裂である。


 

4)腱板炎の炎症拡大
    
肩腱板に生じた炎症は、すぐ上方に接する肩峰下滑液包に波及し、摩擦を減らすために滑液量滑量が増えたり滑膜が肥厚してくる。この状態を肩峰下滑液包炎とよぶ。滑液包の体積が増すので、肩峰下との摩擦はさらに増加して痛みも増加する。筋の滑りが悪くなった結果、上腕をぐるぐる回すと、そのたびに肩峰の奥あたりがコキコキあるいはジャリジャリ音を発し、音がするというあたりに術者の手を当てると、震動を感じることができる。

 

4.肩関節外転制限の鍼灸治療技法
 
1)肩髃から棘上筋腱への刺針

肩腱板炎の多くは棘上腱に相当する腱板部位に限局して痛む。棘上筋腱は、大結節に付着するので、その経穴部位である圧痛ある肩髃に刺針し、針先を棘上筋腱に入れる。
 ※学校協会教科書では、肩髃は本テキストの肩前の位置に定めている。       
 
肩髃穴から肩甲上腕関節内に刺入するには、肩甲上腕関節の関節裂隙を拡げて行う。肩関節を外転すると、上腕骨大結節の隆起が烏口肩峰靱帯を通過する必要があるため、肩腱板の力で上腕骨下が下方に押し下げられることを利用する。しかし外転90°近くになると、上腕骨自体が肩髃刺針を邪魔するので、45°前後の外転姿勢に保持する。さらに肩関節内に刺入するためには肩関節部筋を弛緩させるのも重要なので、助手に前腕を保持してもらうか、前腕を机などに置いて肩部筋を脱力させる。この姿勢で床面に対して水平に刺入する。

2)肩髎から肩髃への透刺(柳谷素霊の方法)
       
柳谷素霊の棘上筋に連続した肩腱板部の痛みに対しては、2寸針を用いて、肩髎から肩髃へ刺針を得意としていた。講習会などで五十肩患者がいると大いに喜んだという。肩髎から肩髃への透刺は、カリエの述べた危険区域部への刺激として、適切であることがわかる。単に肩髃や肩髎から刺針する場合と異なり、刺激目標が明確になる。
 
3)巨骨から棘上筋部への刺針

巨骨から直刺深刺すると、僧帽筋→肩峰下滑液包→棘上筋→肩甲骨に入る。棘上筋の障害部は棘上筋の筋よりも腱部分なので、巨骨から肩峰方向に刺針して棘上筋腱に命中させる。
体位:側臥位でタオルを畳んでマクラにして頸を側屈位にさせる。
治療点:巨骨斜刺を行う。(刺入点は肩井)
刺針:3寸針を用い、肩井を刺入点として巨骨方向に斜刺し、針先を棘上筋腱部付近に到達させる。針に抵抗がなくなるまで置針。巨骨から棘上筋腹中に直刺しただけでは効果薄。
※治療者によっては3寸のような長針は使いたくないという者がいるだろう。3寸斜刺に比べて効果は劣るが、坐位にして寸6#3で巨骨から直刺して僧帽筋→肩峰下滑液包→棘上筋と入れ、痛くない範囲で上腕の外転運動を行わせてもよいだろう。

 

 

 

4)三角筋停止部刺針(臂臑)

頻度は少ないが、料理人やウエイトレスなど重量物を持つことの多い職業では、上腕骨の三角筋粗面(三角筋の上腕骨停止部)に骨付着部炎を生じ、上腕が上がらないことがある。この圧痛点の存在を患者は気づかないことが多く、本症のことを治療者が知らない場合は効果のある治療ができない。
三角筋停止部刺針(臂臑)の圧痛点に刺針しながら肩の自動外転運動を行わせると改善することが多い。なお臂臑は、腕の付け根と肘を結んだの中央にとるとされるが、実際には三角筋停止部に取穴した方がよい。

※使用した経穴の位置(現行の学校協会の方法とは異なっている)

肩前:新穴。上腕骨頭部前面、結節間溝部。この結節間溝に上腕二頭筋長頭腱が走る。
肩髃:教科書に「上腕90度外転時、肩関節付近にできる2つの穴のうち、前方の穴]と記載されている。本稿では中国の文献に従い、肩峰と大結節間にできる溝中を肩髃穴とした。
肩髎:教科書に「上腕90度外転時、肩関節付近にできる2つの穴のうち、後方の穴」とある。本稿では肩峰外端の後下際にとる。大結節を挟んで、前方が肩前穴、後方に肩髎。


5.上腕二頭筋長頭腱々炎について

肩関節痛を生じる有名な疾患の一つに上腕二頭筋長頭腱々炎がある。この疾患は一般的な肩関節疾患と比べて患部に独立性があってユニークなのだが、鍼灸治療に来院することはまれで、ヤーガソン、スピード、ストレッチテストも試みる機会も乏しく、上腕二頭筋長頭腱自体に並行にっすべく、結節間溝を刺入点として曲池方向に水平刺といった治療を行う治療の機会はまれであろう。私の40年間の臨床でも出会った記憶がない。
本症には独立疾患としての上腕二頭筋長頭腱々炎と上腕二頭筋長頭腱々炎を合併している五十肩がある。前者は、投球時のコックアップ(手首を過伸展させる動作)期から加速期の痛みで起こりやすい。後者は上腕二頭筋長頭腱部の炎症が、肩甲上腕関節にまで拡大し、癒着性関節包炎となって五十肩症状に移行するケースが多い。
臨床上前者であることは非常に少なく、後者でれば肩腱板炎の治療(肩髃から上腕骨大結節に向けた斜刺や肩髃からの肩甲上腕関節刺)に準ずる。


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