殿部痛を訴える者はもちろんのこと、殿部に症状のない者であっても、触診すると中殿筋の緊張がある患者は少なくない。この原因についてはいくつか理由がある。1は上殿痛(上殿皮神経痛)に対してTh12一行刺針が効いた例、2は上殿痛に対して立位で患側に体重をかけた体位で中殿筋への鍼が効いた例、3は中殿筋部痛で立てない症状に、中殿筋を固定ゴムベルトを装着して歩行可能となった例である。
1.メイン Maigne 症候群(=胸腰椎接合部症候群)
Th12一行に圧痛があり、同時に志室にもが圧痛あれば、上殿部皮膚に過敏帯が出現する。これはTh12脊髄神経後枝支配領域で上殿皮神経との別称をもつ。Th12後枝は第12胸椎と第1腰椎の間から出る神経であるが、胸椎構造体と腰椎構造体の接合部なので脆弱性がある。胸椎は左右回旋の可動性があり、腰椎は屈曲回旋の可動性があるとされるので、この境界部分は力学的ストレスが加わる。治療はTh12一行刺針をすると速効できることが多い。これは鍼灸臨床で頻繁にみられるパターンなので、実用的な知識である。なおメインとは報告した研究者の名前。
※中殿筋の運動支配は、上殿神経であり、上殿神経の上流は仙骨神経叢である。座骨神経も同じく仙骨神経叢であって、中殿筋緊張症では殿部梨状筋刺針(=座骨神経刺針)が適応になることだろう。皮膚知覚支配と筋運動支配とでは異なることに留意されたい。
2.立位で体重をかけた際の上殿痛
中殿筋の機能は股関節外転と学校教育で習ったことと思うが、臨床ではそれとは別の知識が必要である。なお中殿筋の起始停止は次のようである。
起始:腸骨翼の殿筋面、腸骨稜の外唇、殿筋腱膜
停止:大腿骨大転子上縁
立位における中殿筋は、大腿骨と骨盤間を固定し、体幹を直立に保持する働きがある。
左右どちらかの股関節障害などで同側の中殿筋が筋力低下すれば、健側の骨盤を挙上できなくなる。これがよく知られるトレンデレンブルグ徴候である。
しかし鍼灸臨床でありがちなトレンデレンブルグ徴候が陽性化しない軽度の中殿筋筋力低下では、立位で患側に重心をかけると、患側の中殿筋の痛みが出現しやすいという現象がでてくる。
簡単にいうと、痛む側の中殿筋に重心をかけて立つと、その中殿筋が痛むことがあって、痛みを誘発した姿勢のまま、中殿筋部を触診して圧痛を発見し、シコリに刺針すると立位時の痛みがとれることの多いことを発見した。
最近、63歳男性の患者で、臀部外側が動作時に痛むという訴えて来院した。側臥位で触診し、中殿筋の圧痛を探ると、腸骨稜沿った反応点は現れず、中殿筋停止部付近に圧痛反応が出現した。そこで圧痛反応点に2寸#4で圧痛数カ所に5分間置鍼というパターンで5回ほど施術したが、意外にも改善しなかった。
そこで問診し直すと、「動いている時よりも立っている時の方が痛む」との返答をした。中殿筋は、前述したように体幹を直立に保持する働きもあるので、立たせて再び中殿筋の圧痛硬結反応を診た。
すると驚いたことに、いつもの腸骨稜沿った圧痛反応が出現したのだった。「悪い方に体重をかけると、よけい痛む」とも返答したので、上体を患側に傾け、中殿筋の圧痛点に刺針すると、さらに効果を増すことができた。
3.殿痛で歩行不能な高度老人性円背患者
8年ほど前の症例で、86歳女性で高度老人性円背患者に往診に出かけた。
(2012.3.24報告「中殿筋による歩行困難に対するリフォーマーベルトの適用」参照)
立つと中殿筋が痛く、歩くことができないという。かなりの肥満体だった。家の中では、手すりや壁をつかって、やっとの思いで伝わり歩きしている。排尿排便はポータブルトイレを使用。
本患者の主訴は歩行困難で、歩けるようにして欲しいとの要望だった。中殿筋筋力が低下していることはすぐに分かったが、中殿筋に刺針しても大した効果はなかった。
次回往診時には、股関節のぐらつきを抑える目的で、生ゴム性腰痛ベルト(商品名リフォーマーベルト)を上殿部~下腹を一周してきつく巻いてみた。するとぎこちないながら、治療直後から歩行可能ができるようになった。股関節のグラつきを減らそうと考えたからだが、効いたのかの考察は論理的ではなかった。現在ではなぜ効いたのか、次のように説明できる。
①円背姿勢では股関節伸展位にしづらい。(円背の代表的姿勢は股関節屈曲位)
②股関節伸展位にしないと、中殿筋は力を発揮できない。
③中殿筋の筋力低下では、股関節固定できないので歩行困難を生じやすい。
リフォーマーベルトは、普通は仙腸関節機能障害時に使用するが、上述したように中殿筋固定にも使える。