これまで古代九鍼についてはあまり関心がなかったが、勉強し直してみると結構興味深いものがあった。古代九鍼のうち刀をもつタイプは、西洋医学のメスなどに改良進化したが、切ることは医行為とされているので、今日の鍼灸師は毫鍼以外は使う機会がなくなった。擦ったり押圧したりするタイプ(鑱鍼・圓鍼・鍉針)は、現代医学では興味対象外らしいが、針灸師の創意工夫により、今日には小児鍼として使われるに至った。
現在、古代九鍼について知るには柳谷素霊著「図説鍼灸実技」があり、近年では石原克己氏代表の「東京九鍼実技研究会」の活動がある。なお同会の著書として緑書房刊「ビジュアルでわかる九鍼実技解説」がある。それ以外にほとんど知識は得られない。まあ国家試験の出題範囲なので、ある程度の学習は必須となっている。
はり師きゅう師の国家試験の要点プリントは、次のように整理している。誰が考えついたのか、語呂が実に巧みである。
①破る鍼:鈹鍼(ひしん)、鋒鍼(ほうしん)、鑱鍼(ざんしん) 語呂「秘(鈹)宝(鋒)山(鑱)を踏破(破)」
※鑱鍼には刺さないタイプもあり、これが今日の小児鍼の原型。
②刺入する鍼:毫鍼、圓利鍼、長鍼、大鍼 語呂「強(毫)引(圓)に刺入してちょう(長)だい(大)」
③刺入しない鍼:鍉鍼、圓鍼 語呂「庭(鍉)園(圓)に侵入せず」
1.古代九鍼の形状と用途
1)鑱鍼(ざんしん)
①形状
「鑱」とは先が細く尖っているという意味で、ノミのこと。確かに上右図写真「古今医統」に載っている形は、長さ1.6寸で矢尻のような形をしており、押しつけて内出血を出すのに適している。
しかしながら「類経図翼」で示されているのは左図の方で、今日鑱針といえばこちらの方を指していることが多い。洋裁に用いる筋立てヘラのような平らな金属片で鋭利な尖端部分を皮膚に押しつけるようにして刺激する。これは今日の小児針の原型といえる。下の写真もヘラ様の形の鑱針で、意外に大きいものであることが理解できる。
②用途
もともとは外科的用法として、打ち傷での内出血を出す際に使われた。この用途としては鋭利な尖端部分を軽く迅速に連続的に皮膚に押しつけたり血絡上に打ち付けたりして皮膚を切開する。皮膚病や浮腫状態の治療に用いた。
補法としての使い方が、現代小児鍼の原型になり、皮膚を摩擦したりする。
補法:虚弱体質、小児消化不良。小児神経衰弱、異 嗜症、青便、遺尿症、発育不良、不眠等。
瀉法:夜泣き、夜驚症、神経異常興奮、赤眼、上衝、頭痛、歯痛、肩癖、炎症、鬱血、充血、神経痛等
2)圓鍼(円鍼)
①形状
「円」はもとは「圓」と表記し、どちらも”えん”と発音する。書いた。圓は「口」+「員」からなる。員は口の丸い鼎(古代の三つ脚の青銅器)の意味だが、とくに丸いとの意味を示すため、圓と表記することにした。圓は丸いという意味で使用頻度の高い漢字だったので、もっと簡単に表記したいという要望から口(くにがまえ)の中に|(たてぼう)を書くことにした。しかしこれでは類似の漢字と区別しづらくなり、「円」に変化したという。なお円の対義語は「方」で四角いものをいう。長さ1.6寸。尖端は卵型。
※圓鍼(上写真)のことを員利針と誤って表記して販売する業者がいるので注意。
②用途
分肉(皮下組織と表層筋との間。皮下組織を白肉、筋肉を赤肉と区別した際のその中間層)を按じたり擦ったりする。現代のマッサージとしての用途。現在あまり用いられないが、經絡治療家は使う。補的に使うには、鍼体や鍼柄頭を使う。
瀉的には擬宝珠(「ぎぼし」手すりや欄干部につけたネギの花の形をした伝統的装飾)の尖端で、こすりったり触れたりして刺激を与える。
3)鍉鍼
①形状
「鍉」は「金」+「是」の合成で、是とはまっすぐの意。すなわち、まっすぐな金属棒のこと。長さ3.5寸。尖端は直径1.5㎜の球形。分肉を按ずる。
写真右は、柄の中にバネが入っており、押圧で針先が後退する。
②用途
今日の銀粒のような使い方をする。經絡治療家の中には、經絡を鍉鍼で押さえて補瀉手技を行う者がいる。
4)鋒鍼(三稜鍼)
①形状
「鋒」とは、△に尖った矛(ほこ)のこと。転じて三角形の切断面をもつ刺絡鍼を意味する。矛は刺すと斬るの両法を目的とした武器で今日では「矛盾」の故事として広く知られている。矛がやがて槍(やり)や長刀(なぎなた)に分化した。長さ1.6寸。
②用途
江戸時代頃まで、鍼医は、現代のような毫鍼での刺針よりも、鋒鍼で皮膚にできた腫物をの切開排膿するのを主な仕事としていたらしい。熱を帯びた腫れ物の場合、熱を瀉し、血を出し、癰(「よう」はれもの)熱を主どり、經絡痼(「こ」長病や持病)痺を治するに用いたという。水腫の水を抜くのにも用いた。
近世まで、一般西洋医師においても瀉血鍼として使わていた。
中国や朝鮮では、熱症ことに小児の原因不明な熱症に対して爪端穴および十井穴に取穴した。邪気発散泄瀉を目標に刺して著効することがしばしばある。
瀉法をするには經絡の迎隨を考え迎にして鋒鍼の身体を刺手につまみ迎源跳鍼する。
乳幼児の瘀血を刺絡するのに用いた鋒鍼が起源だと考えられている。江戸時代の小児科針医で小児針をやっている処は限られていた。もともとは乳幼児に対し、磁器の破片を用いて細絡から刺絡するような強刺激が普通に行われていた。しかし1912 年に施行した法律で、鋒鍼のような刃物による刺絡が禁止されたことや、藤井秀二(医師)の実家が今日行われているような軽刺激の小児針をやっていたことが発表されたことなどで、江戸中期には現在普及している小児按摩のような鍼法に変化し、大阪を中心に鍼灸家に広く普及するに至った。
5)鈹鍼
①形状
長さ2.5寸。刀型の刺絡鍼ないしやり型の鍼。
②用途
膿を出す用途。ねぶとや膿瘍の切開に用いる。刺すのではなく、切る目的。今日の外科刀に相当。鋒鍼に比べ、多量の膿を出す必要がある場合に使用された。
6)員利鍼(円利鍼)
①形状
1.6寸長。鋭くて丸い鍼、尖端の直径がやや厚くなっている。「員」の意味は上記の員鍼の項目を参照。「利」は「禾」+「刀」の合成したもので、稲束を鋭い刀でサッと切る意味がある。即ち「利」とは、すらりと刃が通って鋭いさまのこと。
時代とともに員利鍼の形状は二つあって、徳川時代以降の鍼柄は珠(球状)であって鍼体の中身部がやや太めになり、鍼尖が鋭利に磨かれている。毫鍼と比べ、鍼柄と鍼体が太い。
②用途
昔は暴気に対して用いられるとされ、別の文献では痺症に対して用いられるともされる。痛みが激しいときにリウマチ様症状に用いる。脳血管障害による片麻痺、言語障害、気滞血瘀などにも用いられた。要するに緊急時の激しい症状に適応があった。
7)毫鍼:毛のように細い鍼。現在の鍼治療で用いられている鍼。(詳細省略)
8)長鍼
①形状
「とじ針」のように長い鍼。とじ針とは、編み物用の先の丸い針のことで、縫い始めや縫い終わりの際、毛糸を布片の中にしまい込むために用いられる。普通は長さ2寸~3寸くらいの鍼を使うことが多いが、時には5寸7寸9寸あるいは1尺の鍼を刺すこともある。一般に4寸位から長鍼とみて差し支えない。
②用途
筋肉や間質組織に深く刺す、あるいは結合組中を水平に刺す。 坂井梅軒(=豊作)の横刺で刺す時は、押手の母指示指で皮下組織をつまみ、その持ち上がった中を鍼が進む。
肩井部の僧帽筋をつまんで背面から前面へと透刺する。五十肩時、肩髃から刺入して肩峰下をくぐらせる。上腕外側痛時は肩髃から曲池方向に刺入、大腿外側痛時は、風市から陽陵泉方向に水平刺し、下腿外側痛時は陽陵泉から懸鐘方向に水平刺する。
9)大鍼
①形状
太鍼ともいう。長さ4寸、太さは20~100番と太いのが特徴。多くは銀製。日本では鉄鍼が多い。
②用途
母指や示指の爪でグッと押さえ爪の晋第により鍼が盛り上がるように刺入する。夢分流打鍼法のように、小槌で叩打して切皮する方法もある。数呼吸後に抜針。関節に近い浮腫組織に用いる。
③火鍼としての使用
馬啣鉄(馬の口にくわえさせて手綱をつける金具。耐熱性がある)を使って製造したものを使う。不導体で鍼柄を包み、真紅になるほどゴマ灯油の中で焼く。その直後に一気に刺入する。熱いので押手は使えない。
わが国においてはもっぱら腫瘍潰瘍に用いる。排膿目的(膿をもっている部の皮膚は痛みをに鈍感になっているので火鍼ができる)。灸頭鍼も火鍼に類する。
現在の#30程度のステンレス製中国鍼を火鍼用として使ってみると、1~2回の使用で脆く使えなくなってしまう。火鍼にはタングステン・マンガンの合金の鍼が適しているといことである。タングステンは電球のフィラメント(赤く光って発熱する部分)に使われていることもあり耐熱性がある。
2.当時の九鍼使用時の医療感染問題
現代ではほぼ毫鍼、長鍼、大鍼3種の形式の鍼だけが残り、今日でも使われている。他の鍼は、やや洗練さた形とはいえない。
鋒鍼・鈹鍼・鑱鍼は今日の皮下注射程度ないしそれよりも太い。この鍼の太さにも関係するが、鍼治療の初期の時代、医療感染の問題に言及されねばならない。感染症が起きたことを疑わせる状況であっても、当時は間違った鍼を刺したとか、正しくない場所に刺したとか、間違った診察の結果にそうなったとかのせいにされている。(ニーダム著「中国のランセット」)