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代田文誌の鍼灸姿勢 その2:沢田流太極療法 Ver.1.3

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代田文誌が沢田健の治療院を見学したのは、昭和2年のことで、沢田健50才、文誌27才の時だった。代田は神業的な治効を出すその姿をみて驚嘆し、鍼灸古道を学んでいく決意を新たにした。

その沢田流太極治療とは、どのような内容だろうか。筆者の手元には、通い弟子あった代田文誌著「沢田流聞書 鍼灸真髄」昭和16年発行と、内弟子であった山田国弼(くにすけ)著「鍼灸沢田流」昭和7年発行(昭和55年再版され現在再び絶版)のものがある。

前者は、まさしく治療見学で見聞きしたことが中心で、詳細で綿密なメモ風となっているのだが、澤田流に太極療法について、順序だてて書かれている訳ではく、初心者にとって難解だろう。その点、山田先生の「鍼灸沢田流」は、治療現場とは一歩離れた立場から、教科書的に整理されているので、最初に読むべき書として適切だと思う。本稿では、山国弼著「鍼灸沢田流」(絶版)の内容のポイントを整理しつつ、代田文誌の見解を交え紹介する。

1.沢田健の治療風景
沢田先生は灸を主として針はその補いとして使うことの方が多かった。使用針は金鍼ばかりで、多くは4~5番だった。長さは2寸~2寸5分。最初の頃は管を使わず、すべて捻針だった。多くは直刺だが斜刺もあった。手技は雀啄または回旋が、単刺も随分やった。刺針は徐々だったが、抜針は右手で一気に抜き去るというもの(刺針速抜)。昭和2年に代田文誌が見学した時は、沢田先生は体を診て腹と腰だけに灸すえ、あとは背部も手足も灸ツボをとって墨をつけて、城一格(内弟子)へ回していた。朝9時から昼飯抜きで、夜8時頃まで、1日40~50人みていた。

2.太極療法の語源
 「太極」とは元来「易」の用語で、万物の根源をさし、ここから陰陽の二元が分かれる。太極療法とは、沢田健の造語で、天地の究極原理に根ざした治療法という意味がある。これに反する治療を小極治療(≒対症治療)と呼び批判していた。
ただし澤田健自身は、自分の治療を「沢田流」と称せず、「普遍的な古典治療」とよんでいた。ただし澤田は、古典とは異なる位置を経穴として用いることがあり、通常の取穴位置と区別する意味で、例えば沢田流合谷などといった表現をすることがあった。このことが沢田流とよばれる下地になっていたのかもしれない。沢田流太極療法というのも、おそらく弟子たちが考えた造語だろう。

 

3.診療の第一段階:三原気論から太極治療へ 

1)三原気論

古法の一つに「三原気論」というのがあるらしい。先天の原気系は腎、後天の原気系は脾、原気の別使系は三焦であると考えた理論で、今日ではあまり有名とはいえない。これは三焦が五臓を巡っていると考える点で独自なものであった。血が回ると、手足が温かくなるとの素朴な観察から考えたものだろうか。

※稚拙ながらここで筆者独自の東洋医学観を述べるならば、三焦という蒸籠容器のに腎水を入れ、それを丹田の炎で熱することで水蒸気が生ずる。この水蒸気は後の世で蒸気機関にも利用されるように、非常に強い力が生ずる。この推動力は血を循環するエルギーでもあり、血を温めるエネルギーにも使われるということである。体温は丹田の炎(=命の炎)が熱源だが、丹田から生ずる熱が腎水を温め(=これを腎陽とよぶ)、熱い水蒸気となって蒸籠容器を温める。三焦とは、温まった蒸籠容器そのもののこと、あるいは生命活動する内部環境をさすと、筆者は考えている。その点、三原気論の立場には納得できないものがある。 

 


2)先天の原気の治療部位として、丹田と腎兪に施術

診療手順では、まず仰臥にて腹をみる。そして丹田(または気海)の虚実を診る。生命根本は先天の原気系をつかさどる腎が重要だからである。丹田に力が満ちてくれば、いかる病気も治る、とする考え方がベースになっている。腎の治療により患者個体の治癒力増進の心勢力に働きかける。次に伏臥位にした後、腎兪(ときに腎の募穴である沢田流京門=室)を施術。
※「腎間の動悸(=腹腔動脈の拍動)は人の生命、十二経脈の根なり」という

3)原気の別使系は三焦であることにより、陽池に施術
難經の66難には次のような記載がある「原穴の部位は三焦の気が運行して出たり入たり留止する場所でもある。故に五臓六腑に病があれば、所属する経脈の原穴を選穴すきである」。これを論拠とし治療穴として三焦経原穴である陽池を使う。人身の右を陰となし左を陽となるとの古典の説より、左陽池に施術する。
丹田は、体温の発生源であり、体温によって三焦は温められ、胸腹腔内臓は、本来の理機能の営みが可能となる。  

4)続いて後天の原気系である脾をみる。代表穴中カン
腹部診察では、上腹部より下腹部を重要視するのだが、下腹部に問題が少ない場合や、善した場合は、上腹部とくに中カンを施術。なお必要ならば水分や気海や大巨や滑肉門を使う。その狙いは栄養代謝の改善にある。 

 


4.第2段階:五臓六腑の調節

三原気論による施術は、匙加減はするとはいえ、どの患者に対しても同じようなターン取穴をすることになる。しかし第2段階になると個別治療の理論が必要である。 

患者ごとの個別治療の基本理念は、五臓六腑を調整することにあるが、患者の訴え、所等を五臓色体表に照合することで、いずれの臓腑に根本の問題があるかを決め、治療方針とした。

一例として肝の体質者を示せば「顔色青く、眼に異様な光があって、怒りっぽい性質で酸っぱい味を好み、病季は春に配す。すなわちヒステリーや怒発性の神経疾患(逆上)春に萌しがち」なことが裏書きされる。

その治療は、背部においては膀胱經の背部兪穴を、胸腹部においては募穴を選穴し、補的に手足の原穴を治療点として重視した(ときに五行穴中の兪穴・合穴を施術した)。三焦の病変で、と全身性急性病変など急激な病状の悪化に対処するためには、人の発生的見地から、臍傍の八穴(気海、大巨、天枢、滑肉門、水分)を以て、外邪と生命力の極の闘争の場としてこの部の治療を重視した。 

 

6.沢田流になかったもの

沢田健は五臓色体表を座右に置き、診療の指針とした。基本の治療穴は、障害のある五臓の兪募穴と原穴であり、難經66難(五臓六腑に病あれば、所属する経脈の原穴を選穴する)を中心に考えていて、經絡治療のように、一つの害ある臓腑にひきづられる形で関連する他臓腑も悪くなるといった波及作用は考慮しなった。

沢田の没後に經絡治療が誕生し、その派は相生相剋関係を治療に織り込んだ。すなわち經69難(虚すればその母を補い、実すればその子を瀉するべし)や難經75難(肝実虚に補水瀉火法を応用する原理)は治療に応用した訳だである。經絡治療を沢田の治療式の発展型として捉える見方もあれば、型に溺れて堕落したという見方もできると思う。脈診にしても、沢田の脈診も遅速虚実程度であって、三部九候の脈は治療に取り入れなかった。(代田文誌も、代田文彦も脈診は行わなかった)
 
沢田健の太極治療(沢田のいう「古典に基づく治療」)を文字として説明すると、そ理論は、いわゆる經絡治療派の治療理論に比べれば単純だといえよう。しかしながら、実際の効果という点で、やはり沢田健は名人であった。「生ける体を読んで治療するという識に基づき、長年の経験によって自得された特別な能力があった」と代田文誌は記してる。

おそらく幼少から鍛錬した武術や柔術の修業も、その能力形成に関係していたことだろうが、こうした能力は天才一代のみ可能であって、代々伝えるということは不可能なことである。このことが沢田流が現在さほど普及していない理由といえるかもしれない。代田文誌著「鍼灸治療基礎学」の序には「我が沢田流の如きは、教えても解らぬ。心眼で感得し得る者にのみ理解できる」と沢田健が話したという旨が書かれている。

 

7.沢田流基本穴について

沢田流太極療法をしようと思っても、知識不足・技術不足の者がいる。沢田流太極治療を行っていると、自ずとよく使うツボと、そう使わないツボが出てくるので、使う頻度の高いツボをリストアップすることはできる。こうした観点から、沢田流基本穴が選ばれた。

基本穴は、百会穴、身柱穴、肝兪穴、脾兪穴、腎兪穴、次髎穴、澤田流京門(志室穴)、中脘穴、気海穴、曲池穴、左陽池、足三里穴、澤田流太谿(照海穴)、風池穴、天枢穴などである。 (時代により多少変化あり)

どのような患者が来院しても、このようなツボに灸治を行えば、「当たらずといえども遠からず」の治療ができるというものだが、本来の沢田流太極治療と異なる。沢田流太極療法とは、どのような患者が来ようと、沢田流基本穴に施術する、との安直な考え方が一人歩きしてしまった。代田文彦先生は、それを嘆き、たとえ一穴治療であっても、太極治療といえる場合がある(例:小児疳の虫に対する身柱の灸)と語っていた。

9.お宝写真

十年前位に、代田泰彦先生(文彦先生の実弟)から、沢田健が代田文誌に贈ったという<五臓色体の図>を拝見させていただいた。縦20㎝、横100㎝くらいの巻物のようなものだった。紙は茶色く変色し、年代を感じさせる。余りに長いので、3回に分けてスキャンした。(本稿ではパソコン操作で2分割した)て残すことにした。代田文誌先生から代田文彦先生が譲り受けたのだが、文彦先生も亡くなったので、泰彦先生が保管していた。五臓色体表と五行穴のほかに、ここでも難經六十六難のことが記されている。

 

 

 

 


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