本原稿は約3年前に発表した「バネ指の針灸治療」を全面的に改定したものである。
1.手の指の腱・腱鞘・靭帯の構造
指に向かう深指屈筋腱と浅指屈筋腱は、運動量が大きく力も強大なので、他の組織との摩擦を 防ぎ、滑りをよくするため、遠位中手骨から指先までを腱鞘で覆われている。 さらに指の掌側には、腱の浮き上がり防止のため、滑車装置である輪状靱帯(靱帯性腱鞘)が 腱鞘を補強している。輪状靱帯は、示指~小指それぞれに5カ所(母指は2カ所)ある。
バネ指の原因として最も多いのがA1輪状靱帯によるもので、次いでA2輪状靱帯に多い。A3~A5輪状靱帯とC十字靱帯はバネ指を起こさない。
3.バネ指の概要
1)病態生理
指の屈曲動作は前腕部の指屈筋が収縮し、その筋から指の末節骨・中節骨に停止した腱が体幹側に引っ張られることで行われる。この腱と靱帯への機械的刺激が過度になっても、通常は一晩休めば炎症は鎮まる。しかし自然修復できる限度を超えた刺激が繰り返されれば、徐々に輪状靱帯は肥厚し、腱を締めつけるまでになる(これが狭窄性腱鞘炎状態)。 輪状靱帯に腱が繰り返し衝突することで腱の一部にシワが寄り、シワは次第に大きくなって結節に発展する。
2)分類・症状・所見
<第1期>
MP関節の手掌側に痛みや圧痛があり、指の運動時痛がある。バネ現象はなく関節の動きも正常。日常生活にほとんど支障がない。このまま自然治癒することもある。治療は安静。
<第2期>
腱鞘内への注射(局所にステロイド+局所麻酔剤)をした直後は効果を実感しないが、数週間でじんわりと効いてくる。この効果は9割の者が実感できるが、やがては元にもどることも多い。腱への注射は腱を傷つけることでになるので、2ヶ月に1回計2~3回注射して、それでも元にもどる場合は手術に踏み切る。
①バネ現象陽性
指が一定の角度に達すると、自動運動が障害され、これを自動的・他動的に強制屈曲させる時には、弾撥性に屈曲する。かろうじて指は屈伸できるが、曲げた指がスムースに伸びない現象。重度バネ指でなければ、無理に伸展させると、轢音を発し、完全伸展可能。
②モーニングアタック出現
夜間就寝中に、無意識に指を屈曲するせいか起床後に指を再伸展させる際に強く痛む。
③MP関節掌側部の圧痛・運動痛。腫瘤を触知
<第3期>
関節拘縮状態。 バネ現象は消失するが、指の完全屈伸はできなくなる。日常生活で非常に支障をきたす。A1輪状靱帯の開放手術以外に方法がない。 重症の場合、A1切開とともにA2手掌側の下半分を切開することもある。A1とA2両方を完全切開することは、指屈曲時に腱が浮き上がってくるので実施できない。
2.代田文誌先生の運動療法
代田先生は、得意とする針灸が非常に多い方だったが、バネ指を苦手とし、独自に考えた運動療法を行っていた。成書よりその方法を転記する。「障害指の屈筋を中心に、患者の手首を術者の片手で固く握りしめ、その状態で患者に全力で指を十回~数十回屈伸するよう命じる。すると今まで自力では屈伸できなかった指が、突然自力で屈伸できるようになる」
記方法を筆者は追試してみた。確かに効果はあるが満足する程度ではないこと。またやはり針での治療法を知りたいと思っていた。
以下は筆者の考えた方法である。代田文誌先生の運動療法よりも効果的であるようだ。
3.バネ指の針治療
バネ指にも軽症と重症がある。対する鍼灸の治療効果は、当然のことであるが、軽症の方に適応がある。具体的には他指で補助することなく、屈曲した指の再伸展できる者に効果的である。
1)母指バネ指の針灸
母指バネ指の症状は、母指IP関節の屈曲時にポキッとして自動的に折れ曲がる現象と、屈曲状態にあるIP関節を伸展した際のポキッとした自動伸展現象(重症の場合、自力では再伸展不能)となることである。
母指バネ指では、長母指屈筋腱上に結節ができる。長母指屈筋の走行は、は前腕骨間膜を起始とし、母指末節骨に停止している。仮にこの筋の筋トーヌスも筋長も生理的範囲内であれば、腱に加わる伸張力は弱くなり、再伸展の際に結節が存在したとしても、輪状靱帯にぶつからなくてすむのではないだろうかと考えてみることにした。
具体的には、前腕屈筋側中央に郄門をとり、同じ高さの肺経上に治療点を定める。そこから長母指屈筋に向けて斜し、母指屈筋の運動針を指示する。長母指屈筋中に刺入できていれば、母指の動きと同期して針柄が上下に動くことを観察できる。
母指バネ指治療に使う部位には正穴がなく不便なので、既存の正穴位置をヒントに、裏偏歴と名付けた。正穴の偏歴は前腕橈側、手関節横紋屈筋側の橈側(=陽谿)から曲池穴に向かい上3寸の大腸経なので、その裏側である肺経沿いにあるから、裏偏歴とよぶことにした。
2~5指治療に使う治療部にはで使うにも正穴名がなく不便なので、既存の正穴位置をヒントに、裏支正と名付けた。正穴の支正は前腕尺側、手関節横紋から尺側手根伸筋の上5寸の小腸経にある。その裏側である心経沿いにあるので裏支正と呼ぶことにした。
2)第2~第5指バネ指の針灸
親指以外の4本指でDIP関節屈曲は深指屈筋、PIP関節屈曲は浅指屈筋、MP関節屈曲は虫様筋というように役割分担されていて、比較的大きな物を握る時は深指屈筋が働き、握力計や比較的握りやすい物を握る時は浅指屈筋が働き、握りしめたり細い物を握る時は虫様筋が主に働く。ただし実際には独立して働く事はほとんど無く互いに協調して握力を生み出す。
バネ指は、浅・深指屈筋腱にできた結節が、腱共通の輪状靱帯を通過できなくなった状態である。もし浅・深指屈筋が弛緩・伸張した状態では結節が腱鞘に入らなくても指伸展が可能となると考え、前腕屈筋側中央に心包経の郄門をとり、その高さの心経ルート上を刺入点とし、浅指屈筋または深刺屈筋中に至る斜刺を行ない、置針した状態で、母指を除く4指の屈伸運動を行わせる。深指屈筋中に刺入できていれば、母指の動きと同期して針柄が上下に動くことを観察できる。(臨床上、浅指屈筋中に刺入しても治療効果はあがる)
4.バネ指腫瘤部への局所刺激と小鍼刀の検討
バネ指の運動障害の原因は、A1輪状靱帯部における腱の圧迫が最多なので、輪状靱帯を切開して腱の通りをスムーズにしてやればよい。輪状靱帯を切開しても、腱は安定した位置にあるので、指の曲げ伸ばしの動作に支障は起きないという。
かつて注射針によるばね指手術(局所麻酔注射後、腫瘤部に注射針をか刺して、鍼先を小刻みに動かすことで小分けして輪状靱帯を切断する)も行われてきた。この技法は、屈筋腱損傷などの合併症が報告されていて、現在では医療施設ではあまり行われないが、中国では小鍼刀(鍼先がマイナスドライバーのようになっている鍼)が考案され、輪状靱帯を突っついて押し切るばね指治療も行われているようだ。エコー装置を使えば針先と腱鞘の位置関係が確認できる。この方法は、法的に日本での鍼灸術の範疇に入るかどうかは微妙であし、」また無麻酔で施術することになるので患者にとってはかなり苦痛だろう。しかし通常の豪針で、輪状靱帯を鍼先で少々突いただけでは、輪状靱帯の圧迫は取り除くことは難しい。
腫瘤部に円皮針の貼り付けや施灸により効果があることもある。これは局所刺激としての限定的効果であろう。
小針刀を使ったバネ指(板機指)治療の動画
https://www.youtube.com/watch?v=w60t6_Ox3VA