今回の症例は、病態把握が二転三転したものである。こういうケースもたまに来院するのだが、症例報告レポートとして提示するには複雑になるのであまり好まれない。今回は、私の病態把握の迷いにも触れつつ、どう収束したがについて記録する。
1.第一診察
本患者は、思いあたる理由なく右手三里の違和感、手関節の背屈しづらさを訴えてたことから、まずバックハンドテニス肘を考えた。しかし上腕骨外側上顆に圧痛なく、テニス肘テストでも異常はみられなかったので、テニス肘診断は否定。右雲門の圧痛があり、右大胸筋の緊張強いことから、今度は過外転症候群を考えた。まず雲門から小胸筋に置鍼5分を行った。すると今度は右陽谿が痛むという。局所に撮痛あり、フィンケルステインテスト陽性なことから、ド・ケルバン病と判断し、陽谿に集中浅刺針も行った。
2.第二診(前回治療の1週間後)
前回の治療で、症状が少なくなってきたようだ。現在、最もつらいのは、右前腕心経ルートだということで、尺側手根屈筋収縮を考えた。手関節屈曲時に痛むという。ただし尺側手根屈筋痛というのはこれまであまり目にかかった記憶はなく、豆状骨あたりが痛むという割に、尺側手根屈筋の停止である豆状骨・有釘骨・第五中手骨底を触診したが圧痛は発見できず病態把握に確信がもてなかった。
治療は、手関節伸展位にした状態で尺側手根屈筋および腱の運動針を実施。これはⅠb抑制による筋弛緩を目的としたもの。また豆状骨の内縁には半米粒大灸3壮と円皮針を併用した。
3.第三診(前回治療の1週間後)
「両側の小指の曲げ伸ばしでカクカクする」という新しい症状を訴えた。診ると軽度のバネ現象を認めたので、小指バネ指と診断できた。
するとこの小指バネ指は尺側手根屈筋腱の痛みと関係するのだろうかという疑問が生じた。指の屈曲し過ぎ+手関節の屈曲し過ぎということで関連があるようにも思えるのだが、患者の痛みは尺側手根屈筋腱上になく、その内側なのでこの考察は成立しがたい。
尺側手根屈筋腱内側には何があるかを局所断面解剖図で調べてみると、手根管があり、この部から直刺深刺すると手根管縁に命中することを理解した。すなわち小指を屈曲する深・浅指屈筋腱を刺激できる部位であった。これまで尺側手根屈筋緊張症状と思っていたものが、実は深・浅手根屈筋の緊張症状だったと思われた。
4.小指バネ指の治療としての裏支正運動針
これまで私はgooブログに「バネ指の針灸治療 ver.3.3」2022年6月10日で発表した。その要旨を説明すると第2~第5指バネ指では、浅指屈筋腱と深指屈筋腱の緊張過多によるものだから、浅指屈筋・深指屈筋の筋緊張がゆるめば、それらの腱も自動的にゆるむとする考えであった。その治療ポイントは、前腕心経ルート上の中点(裏支正穴)に置鍼し、適度に第2~第5指の屈伸運動を行わせるというものである。
本症例も裏支正運動針を実施し、バネ指が相当軽くなっている。