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虚血性心疾患に対する針灸治療の検討 Ver 1.4

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開業針灸にとって、虚血性心疾患に施術することは、十分な配慮を要するが、患者は現代医療の管理下にあるならば、針灸治療そのものは禁忌ではない。

1.虚血性心疾患の痛みの機序


1)交感神経による心臓の支配は、左T1~T5に関係があり、なかでも左T1~T3の関与が最も大きい。この範囲内で、交感神経性デルマトームと体性神経デルマトームの体壁に反応が出る。

2)左Th1分節に入る交感神経が強い場合には、腕神経叢を介して、とくにC8Th1支配領域である左上肢尺側に放散痛をもたらすことがある。

3)心臓に関係する最大の傍脊神経節は、星状神経節である。交感神経興奮の程度が強ければ、星状神経節(下頸神経節)や上・中頸神経節まで興奮し、頭顔面症状を呈する。

4)心臓は横隔膜隣接臓器なので、横隔膜神経を興奮させ、C3C4デルマトームやミオトーム上、すなわち頸肩のコリや痛みを生ずる。


2.心疾患の体壁反応

心疾患により生じた胸部や上背部の筋緊張を緩めることは、心臓への悪影響を減らす役割がある。
石川太刀雄著「内臓体壁反射」によれば、皮電点分布の統計では下記のようになるという。虚血部位による反応点の大きな違いはあまりないようだ。皮電点は、皮膚の交感神経興奮度を電気的に調べる器械である。撮診は、皮神経の疼痛過敏帯を調べる方法だが、交感神経興奮が交通枝を介して体性神経を興奮させた場合には同様の結果となると筆者は考えている。また撮診法に熟練すれば、軽度の皮下浮腫帯の存在も把握できるので、この場合には交感神経反応を捉えていることになるであろう。

3.体性神経を刺激すること

心疾患における体壁反応は、第一義的には交感神経興奮に由来するが、針灸治療では、圧痛や硬結反応を重視するので、二次的に生じた脊髄神経興奮による症状に重点をおくのが普通であろう。針灸の治効機序は、脊髄神経刺激→交通枝→交感神経へ影響ということで、交感神緊張の減少にあるという説が支持されている。
治療点の選択は、心疾患であるといっても、肋間神経痛の治療と同じように、とくに体性神経が深層から表層へ出る部の圧痛硬結に施術する。皮膚や筋の痛みを緩和することで、心臓に由来する痛みも改善できることがある。ただし針灸で症状が軽減したからといって、心臓神経症などの機能性の疾患だとみなす論法は通用しない。

3.筋や皮膚への刺激が心臓に与える影響 

1)TravelとRinzlerは狭心症や急性心筋梗塞の患者9名に対して、胸部の痛みを誘発 する部位の真上にあたる皮膚にプロカイン局麻剤を浸潤させたり、エチルクロライドで 表面を冷却させると、多くの場合痛みが長時間にわたって完全消失することを見いだした。(フェリックスマン著「鍼の科学」医歯薬出版)

2)一方、Pastinszkyらは、ネコの左側胸部皮膚に刺激性溶液を4週間塗布し続けることで、皮膚や皮下組織に紅斑や浮腫を生ぜしめ、潰瘍も生ぜしめるに至ったが、これにより大部分のネコでは陰性T波、房室ブロック、徐脈、不整脈、脚ブロックなどの心電図変化が生じた。心筋の毛細血管は拡張し、心筋の幾本かの繊維には微小壊死がみられたことを報告している。(フェリックスマン著「鍼の科学」医歯薬出版)

3)大胸筋トリガーポイント活性は、体性-内臓反射による心機能障害を引き起こす。
上室性頻拍の原因は胸骨と乳頭線の中央にある右第5第6肋間の左大胸筋のTPは心疾患患者の61%にみられる(トラベルとサイモンズ)。 
※上記部位は、歩廊穴に相当している。

4.その他の針灸治療の文献

1)内関刺針

中国では、内関穴に手技針を行うことが広く行われている。実際に内関穴に中国鍼の30号で手技針をすると、非常に強い響きになる。生きるか死ぬかという緊急時には試みられるだろうが、わが国の針灸の環境下では、このようなケースは針灸守備範囲外となる。
理論的には、T1交神経は頚部交感神経節→鎖骨下動脈→上肢動脈血管壁へと走行するので上肢の動脈血壁に影響を与える刺激が有力な手段となる。すなわち内関穴刺針は、星状神経節刺(加えて大椎一行深刺)とは同じ作用機序になる。 
    
虚血性心疾患患者3名の左内関に1番針を刺入し2分間雀啄し10分間置針を行ったところ、平均6%程度の冠拡張がみられたが、ニトログリセリン舌下錠5mgでは平均15%の冠拡張がみられた。つまり内関はニトロに及ばなかった。なおこの時、ニトロでは血圧、心拍数ともに増加するが、内関では変化ない。
しかし不安定狭心症1名(安静にしていても頻繁に発作出現)では内関刺針で狭心発作は消失し、運動負荷耐久も向上した。この患者は亜硝酸剤等の薬物療法でコトロール困難な患者であった。針治療は冠動脈拡張という直接効果と、治療中止後も良好な経過を得るという長期効果の2つに分けて考えた方がよい。不安定狭心においては自律神経の不均衡が症状発現に大きく関連していることを考えると、治療はこの不均衡を調整する働きがあると思われる。
(岡孝和ほか「狭心症の針治療」日本東洋医学雑誌 第38巻2号  1987)

2)少沢刺絡

急性の心臓症状に対しては、旧来から少沢や少衝からの井穴刺絡がよいとされている。これは中国より我が国で信じられているものだが、緊急事態の情況なので実際には実施することはもちろん、こうした場面に出会う機会はほとんどないと思われるなか、次の発表が参考になる。

急性心筋梗塞者に少沢穴刺絡(左右)を試みたところ、心電図、血圧、臨床症状がともに改善した。(萩原正識ほか「急性心筋梗塞と鍼灸治療とくに刺絡について」全日本鍼灸学会誌 33巻、4号)

代田文彦先生から聴いた話。玉川病院で先生が当直していた夜、鍼灸師の先生も見学にきていた。その晩、心筋梗塞だったかの患者が搬送された。するとやはり鍼灸の先生から、「小沢から刺絡したらどうか」という意見があり、代田先生は「やってみたらどうか」と答えた。話はそれで終わり。それで終わったのは、効果なかったからなのだろう。

 

6.筆者の行っている治療

かっては内臓体壁反射の中核部位である左C6~C7棘突起の傍点からの深刺を行っていた。これは「後頚部第6~7棘突起の外側で椎骨すれすれに直刺4㎝以上が最良」だとする郡山七二の見解を参考にしたものである。左Th1~Th3の高さの起立筋部、左乳根穴、左天池穴あたりに治療点を求めることもある。刺針すると、数分後から左胸部の苦しい感じがとれてくることが多い。

当院来院するのは非急性なので、現在では左右のTh1~Th5の短背筋筋膜まで刺入、5分程度の置鍼が中心となっている。短背筋筋膜のTP活性化すると、あたかも肋間神経痛のように痛みが回り込む(=放散痛)ということを根拠としている。


1)96才、男性(元開業医)

狭心症のたびたびの発作あり、冠状動脈狭窄もあることから、2年前に冠状動脈ステント手術をした。しかし左前胸部、左上背部に重圧感が時々生ずる。左前胸部全体と、左背部Th1~Th5の高さに撮痛を求める。これが心臓-体壁反射の反応だと解釈して、仰臥位・伏臥位にて反応点にそれぞれ5分間置針。すると直後から重苦しさが軽減。1週間後再来、以前の撮痛帯は大幅に軽減するも、今度は左C7~Th3の高さの上背部が凝るという。
この範囲に撮痛があり、同じ高さの棘突起直側に強い圧痛点があったので、棘突起直側刺を実施し、治療直後より症状軽減。
結局、上記症状は、出没を繰り返すが、鍼治療するたびに軽減する。患者自身も、心疾患発作の予兆を鍼灸で食い止められていると感じている。

 
2)46才、男性(会社員)

数年前から、時々動悸がする。ホルダー心電図をすると、1日数回期外収縮が生じているのが判明した。医師は心配しなくてもよいとうが、不安感が強いという。別の針灸院に通院したこともあったが効果が実感できなかったというので、片道2時間かけて来院した。
左前胸部胸骨~乳頭線の間第3~肋骨下縁に撮痛を認めたので、数カ所に寸6#2で1㎝程度の置針5分間実施。左Th2~Th7棘突起の高さにある起立筋部の撮痛もあったので、反応点数カ所に1ン㎝程度の置針5分。さらに反応点の最も顕著な数カ所を選んでせんねん灸を実施。同部に毎日のせんねん灸(自宅施灸)を指示。
以来、2週間に1回程度来院。動悸の回数は1週間に数回程度と、大幅に減少している。

 

3)90才、女性

以前から左を下にして寝ると左胸部の苦しさを感じていた。医師から狭心症だといわれ、ニトロ舌下錠やニトロ貼布薬を頓服的に使用している。こうした薬を使うと、苦しさは減るのだが、完全になくなる訳ではなく、漠然とした苦しさがあるという。本患者は、つらくなると時々当院の針治療を受け、その都度数日間は、狭心痛から開放されている。

 

 

 

 

 

 

 


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