1.合谷刺針
合谷から教科書通りに刺入すると、まず第1背側骨間筋に入り、続いて母指内転筋に入る。この2筋は意外なことに、ともに尺骨神経支配である。ゆえに尺骨神経麻痺時に、骨間筋萎縮と母指内転筋萎縮によってフローマン徴候(+)が出現する。
手掌部・小指球部・手背部の筋は尺骨神経支配で、母指球は正中神経支配が主だが、例外的に母指内転筋のみが尺骨神経支配である。脳卒中後遺症で手指の痙縮が強く、指が伸びない患者に対し、合谷から小指方向に向けて深刺すると、速効的に指が伸びるようになることを経験するが、これは骨間筋の痙縮を解除した結果であろう。
なお合谷部周囲の皮膚は橈骨神経支配である。すなわち合谷施灸は橈骨神経刺激、合谷刺針は主として尺骨神経刺激となる。
合谷への皮膚刺激として有名なのは次の2つである。
かつて桜井戸の灸があった。面疔(顔面にできた桜井戸の灸は、 患側の合谷穴に100壮~200壮灸をすえた。50壮くらいで、面疔のズキズキする痛みが止まってくるが、そこで灸をやめると、また痛みだすので続けてすえる。すると再び痛みが泊まって、そのうち面疔部分から自然に排膿される。(深谷伊藤三郎「家伝灸物語」より)
柳谷素霊の喉の一本鍼というのは、正座させ、丸竹を握らせた状態で、腹に力を入れ腕にも力を入れ、寸3の2番で合谷部の硬結下縁に傾斜させて刺針、反復的に1分~3分刺針。抜針を皮膚が赤くなるまで繰り返すというものであった。ただしここでいう”喉”とは、咽のことらしく、とくに扁桃炎に効果ありと記載されている。
2.魚際刺針
魚際刺針は母指対立筋(文献によっては短母指屈筋)への刺針となり、正中神経支配である。皮膚も正中神経が支配する。母指内転筋は、魚際と合谷の中間点にあるので、魚際や合谷のいずれからでも第1中手骨縁に刺し、母指内転筋運動鍼をすれば母指内転筋症に効果を発揮できることが多い。