最近私は、ツボの由来に興味があり、本ブログにも数回報告してきた。この次は前胸部のツボの由来に取り組もうという段になり、「胃の大絡」「脾の大絡」という単語が出てきた。かすかに鍼灸学校で勉強した覚えは残っていたが、内容については何も記憶してなかった。自分なりに調べてみると、胃の大絡は良いとして、脾の大絡について納得できる説明は見つからなかった。私だけでなく、多くの針灸師も脾の大絡について理解できていないのではなかろうか。そこで胃の大絡について一通り説明した後、脾の大絡について私独自の見解を記すことにした。
1.胃の大絡=左乳根
1)胃の大絡とは何か
胃の大絡の別名を虚里(こり)という。「虚」とはむなしい、うつろになっている状態、「里」とは距離を意味するので、虚里とは勢いの乏しい動きのこと示すと思えた。虚里の動とは左乳下三寸のにある心拍動をさす。虚里の動は、「胃の気」と「宗気」に関係していて、元気の衰えや残された生命力を測る反応になる。胃の大絡とは、胃から直接出る1本の大絡脈で、胃から上に行き、横隔膜を貫通して肺に連絡した後、外に向かって分かれ出て、左乳下の心尖拍動部する部に分布するとされる。
2)心尖拍動
心収縮期に心尖部(最も左外側で触知する心臓の左前方の尖端)が前胸壁に突き当たり、その部分が心臓の拍動とともに持ち上がる現象。心尖部が胸壁に衝突して起こる胸壁上の隆起。心臓の収縮期に正常では第5肋間、左乳線より1横指内側の心臓の外端より少し内側(乳根~歩廊穴だろう)にあたる位置で触診できる。心尖拍動の診察により左室拡大、左室肥大の有無などが分かる。
※乳根:胃経。第4肋間外方4寸の乳頭部に「乳中」をとり、その下1寸で第5肋間に「乳根」をとる。
歩廊:腎経。「乳根」の内方2寸。「中庭」の外方2寸。
3)虚里の動の自説
肌に触れている服の上からでも拍動を確認できる状況では、すでに臓腑の気が衰弱して、宗気が外に漏れ出ていることのあらわれで、生命を維持できない危うい状態を示しているとされる。
※私は三焦について三段蒸し器のイメージをもっている。下段には水が入っていて、下から加熱して沸騰し、蒸気を出している。中段には食べ物が入っていて、下段からの蒸気で蒸している。上段は蒸気が溢れている。蒸し器上段のフタに隙間があれば、そこから蒸気(蒸し器上段の気=宗気)が漏れ出るので、上手に食物を蒸すことはできない。蒸気の漏れは、心尖拍動として観察できるのではないだろうか。
2.脾の大絡=左大包
1)一般的な脾の大絡の説明
十二経絡には、経脈から分かれて働く細かい分枝1本づつあり、これを絡脈とよぶ。これに陽を束ねる督脈、陰を束ねる任脈、脾の大絡の三つを加えて「十五絡脈」とよぶ。脾だけは絡脈が2本あることになるが、この理由に「後天の気」を重要視しているからだとする意見がある。
脾の大絡は、脾から直接分かれ、側胸壁の「大包穴」から出て、胸脇部に散布する。
2)大包穴
全身に巡る気血を統括し、臓腑四肢、つまり全身にくまなく滋養をする働きがある。
大包の位置:中腋窩線上の第6肋間。「包」には、包む、包容力といった意味がある。
3)脾の大絡についての大胆な仮説
繰り返すが胃の大絡では虚里の動を診ている。虚里とは心尖拍動のことで、心臓の収縮具合を観察することで、疾病の状況を診察している。このような説明であれば十分に理解しやすい。一方、脾の大絡は、<気血を統括するとか全身を滋養する>などと説明はなされていても、脾の大絡ならではの必然性についての説明はない。
そうした状況なので、私は脾の大絡は横隔膜のことではないかと考えるようになった。横隔膜のすぐ左下には胃泡があり、これは左下肋部の聴打診により認知できる。このように考えると、胃の大絡と脾の大絡は次のように同列に考えることができるだろう。
例として気胸では、肺が縮小するので胃泡の位置が上がってくる。呑気症では胃泡が拡大する(鼓音領域が拡大)などが観察できる。
胃の大絡(左乳根)=心尖拍動を診る→心臓機能
脾の大絡(左大巨)=胃泡を診る→横隔膜の動き(肺機能)
4)食竇穴の名称について
食竇(脾)穴の位置は、乳根穴(胃)の外方2寸にある。食竇の名称由来を調べると、「竇」=通り穴。食竇は食べ物の通過道であり食道のこと」と説明されていることが多いが、おそらくこれは間違いだろう。もし食道を意味するとなれば、食竇穴の位置は前胸部胸骨あたりになくてはならない。私は「竇」の使われ方を調べてみると、中国では副鼻腔各洞の名前で、蝶形骨洞を蝶竇とよんでいる。つまり竇には洞穴、空洞といった意味もあったのだった。
これは何を意味していのだろうか。左大包と同様、左食竇も胃泡部を意味していると考えるに至った。確かに大包と食竇は近い位置にある。