先回、前胸部ツボ名の由来を調べ、当ブログで報告した。この作業は知的好奇心を刺激するものだった。そういう訳ならば同じ方式で腹部ツボの名称の由来を調べてみることにした。腹部のツボについて、中脘などの「脘」は腹直筋を示すこと。ブログ「鼠径部の経穴」と「天文学と経穴」において、天枢の「枢」は扉の回転軸であることを示した。ツボの五枢の「五」とは五方のことで、ここでは全方向を指し、「五枢」が股関節がいろいろな方向に可動性があることを示している。気衝の「衝」は脈拍ではなく、胃経走行の直角に折れ曲がる様を表現している。太乙の「乙」とは大腸が折れ曲がって走行する様であり、膏兪の「膏」は横隔膜ではなく、膏膜(現在の腸間膜)であることを指摘した。
1.腹部経穴の分布傾向
①上腹部は、予想通り胃に関係する経穴(赤)が多い。すぐ下層には胃と腸の境界を意味する経穴(オレンジ色)も多数あり、両者は分離されてる。
②臍の横のライン、恥骨上のラインは、鼠径溝は取穴する上で基準となるものである。
これらの穴名には、解剖学的特性の名前が優先されてつけられている(黄緑色)。
③臍下2寸ラインにある石門、四満は腸を示す名称になる(黄色)。
④腸に関係するツボの下には、腎・膀胱を示す経穴がある(紺色)。
⑤さらにその下には婦人科の妊娠関連を示す大赫や帰来がある(紫色)。
2.腹部経穴の由来
※印は独自の解釈
1)臍上6寸
①巨闕(任) 「闕」は宮殿入口にある大きな門のこと。肋骨弓基部の陥凹部。
②幽門(腎) 「幽」は幽閉の幽で、隠すとの意味。胃の上部が肋骨弓で隠される。解剖学の胃の下口である幽門とは無関係。
③不容(胃) 胃の噴門に相当。胃の受納能力の限界が、このあたりになる。
2)臍上5寸
①上脘(任) a.胃の上部
※b.「脘」には平たくのばした肉の意味があり、腹直筋を意味する。腹直筋の上部のこと。
②腹通谷(腎) 内経には<谷の道は脾を通ず>とある。水穀(飲食物)を上から下へ流す所。
③承満(胃) 「承」は受納。「満」は充満。不容穴の下にあり、水穀で満タンという意味。
3)臍上4寸
①中脘(任)
a.胃の中央、小湾部
※b.腹直筋の中央のこと(「上脘」の説明を参照)。
②陰都(腎)
a. 腎経の流注が、胃の両側にある胃経と交わる。その様子が、村から都に上がる者のように晴れがましい気持。
b.胃の近くにあるので、胃を整える作用がある。別名「食宮」」「食府」。
③梁門(胃) 「梁」=柱のハリ。上腹部に現れる横梁のような硬いもの。心下痞満(心窩部がつかえた感じ)すなわち、胃のつかえ、消化不良、胃の脹満)治療の門戸。
4)臍上3寸
①建里(任) 「建」=建ておく、位置する。「里」=居住地で、ここでは胃をさす。胃の通り道の途中にあるツボ。
②石関(腎) 石が邪魔しているように物が通らないこと。胃や腸の通過障害。
③関門(胃) 「関」は関所、「門」の開閉を管理すること。胃と腸の境目で、閉門時には食を受けつけず、開門時には下痢が止まらない状況になる。
④腹哀(脾) 悲しげな泣き声(この場合は腹鳴)を哀鳴という。腹痛、腹鳴の愁訴を治す。
5)臍上2寸
①下脘(任)
a.胃の下部。
※b.腹直筋の下部のこと(「上脘」の説明を参照)。
②商曲(腎) このツボの内部は大腸の横行結腸が下に垂れ下がり弯曲しているところ。商」は五行では五音の金に属し、肺・大腸に関係する。
③太乙(胃)
a.中国の古代思想で、天地・万物の生じる根源。北極星のこと。
古代中国では北極星という星は限定されなかった。北極星は二等星に過ぎないので、特別な星とみなさなかたためだろう。
※b.「乙」=二番目という意味の他に、つかえて曲がって止まるとの意味がある。
道なりに歩いていて途中で急に曲がる。すなわち腸の形を示しているのではないだろうか? 「太」は腸の中での太い部分すなわ大腸のことだろう。 「乙字湯」は江戸時代からつくられた痔疾の和製漢方薬。
6)臍上1寸
①水分(任) 臍上1寸にあって水分が分かれ出る部。飲食物のうち水液は腎臓→膀胱に入る。この下にある小腸には清を吸収し、濁(植物残渣)は
大腸 に入る
②滑肉門(胃)
a.「滑」=骨(関節)+水(さんずい)で、骨端が関節にはまって滑らかに動くこと。関節(腎)と筋肉(脾)に関わりがある。
b.舌は滑利の門とよばれ、ここを治療すると舌が滑らかに動くようになる。吐舌、舌の強ばりに対して使用。
7)臍部
①神闕(任) 「神」は生命、「闕」は宮中の門。臍からへその緒を伝って胎児は滋養される。
②肓兪(腎) 腎の流注は、この部から深く潜り肓膜(=腸間膜)に向かい入っていく。腹痛、泄瀉、便秘などを主治とする。
③天枢(胃)
a.北斗七星の一番星(北極星に最も近い星)
b.「枢」とは回転扉の軸構造をいう。金属製のちょうつがいが発明される以前、木の棒を丸ほぞ(凸構造)と丸ほぞ受け(凹構造)の2通り加工し、組み合わせて扉を開閉する仕組みをつくった。体を折り曲げるところで、ここを境に上半身と下半身を区分する。
④大横(脾) 神闕から大きく離れた部位。
⑤帯脈(胆) 腰に巻く帯の位置。
8)臍下1寸
①陰交(任) 「交」=交わる。任脈・衝脈・腎経の陰経の三脈が交わる穴
②中注(腎) 深部には 腎気が集まる胞宮や精巣があり、ここから胞中(子宮)へと腎気が注がれる。
③外陵(胃) 「外」は傍ら、「陵」は突起したところ。
体に力を入れると、腹部に気が集まり、外側にある腹筋が盛り上がる様子が陵(=豪族の墓)のように見えることから。
9)臍下1寸5分
①気海(任) 先天の気が広く集まるところ。腎の精気が集まるところ。
②腹結(脾) 腹気すなわち腸の蠕動を調整する。腹の脹満を治する。
10)臍下2寸
①石門(任) この部が石のように詰まって固い状態。大便秘訣、尿閉、この部が固く不妊女性のことを石女とよんだ。
②四満(腎) 臍~腸の瘀血による、切られるような劇痛に対して、瘀を散らし脹を消す効能がある。
③大巨(胃) 腹部で最も高く、大きく隆起した場所
11)臍下3寸
①関元(任) 「関」は要の場所。田=これを産する土地。不老不死を得るための修行を練丹術とよんだ。丹とは火の燃えているような朱色のこと。
道教では人体の要所は下丹田(関元)、中丹田(膻中)、上丹田(印堂)の3カ所あり、中でも重要視したのは下丹田だった。
※朱の原材料は硫化水銀で、西洋では賢者の石とよばれた。熱すると硫黄と水銀に分離できた。水銀は猛毒なのだが、当時は不老不死に なる霊薬とされ珍重された。非常に高価で服用できたのは王貴族に限られた。ただし、この霊薬を飲んだ者は水銀中毒死したのだった。
②気穴(腎) 腎気が集まるところ。腎は納気を主どる。これは深く息を吸い込んで、大気を下腹までもっていく道教での呼吸法。
③水道(胃) 「道」は道路のこと、本穴は膀胱の上部にあり治水をする役目がある。
12)臍下4寸
①中極(任) 本穴は全身のほぼ中心にあたる。一方、腹部任脈の端なので「極」と名づけた。極とは南極北極、月極駐車場の「極」である。
深部に膀胱があるので、膀胱の募穴でもある。
②大赫(腎) 「赫」=赤々という他にはっきりと現れるとの意味がある。本穴の内部には子宮があり、妊娠すると、この部が脹らみ突出する。
③帰来(胃) a.帰来とは、還って戻るの意味。呼吸法で、息を吐き出した後、再び息を吸って、この場所に気が戻ること。
b.帰来=帰ってくること 病弱で子供ができず、実家に帰された女性が、このツボ刺激で元気になり夫の元へ帰れた。
④府舎(脾) 「府」=腑と同じ、「舎」=住居する場所。腹部には六腑が集まることを示す。
13)臍下5寸
①曲骨(任) かつては恥骨のことを横骨とよんだ。本穴は恥骨上縁で弯曲した処なので曲骨とした。
※骨度法では横骨幅6.5寸としているが、これを恥骨結節両端間の距離と解釈するのは無理がある。恥骨上枝の、左右外端の間の長さのことだろう。
②横骨(腎) 恥骨の旧名を横骨という。
③気衝(胃) ※鼠径部で、上行した胃経が衝突するように折れ曲がる部位。本穴の「衝」は脈拍とは無関係。
④衝門(脾) 「衝」は脈拍部で、突き上げる様をいう。大腿動脈拍動部。
14)その他の部位
①五枢(胆) ※「枢」には枢要という意味の他に、扉の回転軸との意味がある。「五」は五方(東西南北と中央)のこと。
本穴は腹部と大腿部の境にある鼠径部近くにあって股関節部にあり、広い関節可動域をもつことを示す。
②維道(胆) 「維」とはつなぎとめること。本穴は体幹側面を下行する胆経(縦糸)と臍周りを一周する帯脈(横糸)をつなぎとめる交会穴になる。
引用文献
①森和監修:王暁明ほか著「経穴マップ」医歯薬
②周春才著:土屋憲明訳「まんが経穴入門」医道の日本社
③ネット:翁鍼灸治療院 HP
④ネット:経穴デジタル辞典 ALL FOR ONE
⑤漢和辞典「漢字源」学研